第5話:吉岡藩上屋敷。

「これで下手人を絞れるな・・・」

「今夜から、夜中に町の見回りだ・・・」

「でもよ・・・いったいどこでまた辻斬りがあるか分かんないってのがな・・・」


「たぶん大丈夫と思うけど、まだそのお侍の後を辿って行けばどこのお

屋敷に入ったか分かると思うけど・・・」


「そんな便利なことも出きるのか?」

「それって・・・もう下手人挙げたようなもんじゃねえか」


「暗くなったら出かけましょ」


「今からじゃいけねえのか?」


「暗いほうが残像はよく見えるんだよ」


「そうか・・・不思議な子だな、小春は・・・」

「いったいそんな神通力どこで覚えたんだよ」


「生まれつき・・・生れた時からあったみたい」


「おめえが岡っ引きになったほうがいいんじぇねえか?」


「私は一平太さんが手柄を立ててくれたらそれでいいの」


夕方になって一平太と小春は見回りにでかけた。

晩ご飯は外で屋台のそばを食べてから暗くなるのを持った。


六ツ半「午後7時」くらいに小春は辻斬りがあった橋から残像を追って行った。

一平太は小春の後を黙って金魚のフンみたいについていった。


どんどん進んで行くと武家屋敷が並ぶ場所へとやってきた。

半里ほど行ったか、とあるお屋敷の前で小春が止まった。


「影はこのお屋敷に入ってるね・・・」


「この屋敷?」

「まちげえねーかい?」


「間違いないよ・・・影はこのお屋敷の勝手口から中に入ってるもん」


「この屋敷って吉岡藩の若年寄 立花 種次(たちばな たねつぐ)の上屋敷

じゃねえか・・・」


「吉岡藩のお偉いさんが夜中に辻斬りか?」

「にわかには信じがてえな・・・」


「私に残像が見えるだけで、人にはなんのことか分かんないから信じられない

でしょうけど・・・間違いないからね」


「下手人の居所が分かったんだからひとまず長屋に帰って出直すか・・・」


一平太はこのことを中山新兵衛に報告しようかと思ったが、小春の神通力を

説明しても分かってもらえないと思ったのと、まだ状況証拠だけで信憑性に

かけると思って知らせなかった。


小春を信じてなかったわけじゃないが一平太は自分が見たものしか信じない

性格の男だから、まず幽霊、お化けとか妖怪、魑魅魍魎のたぐいは信んじて

なかった。

当然、タヌキが娘に化けてるなんて思いつきもしない。


でも小春が残像を自分の頭の中に魅せられたからには、小春の神通力を

信じざるを得なかった。


夜中まですることがなかった一平太と小春はいつの間には寝てしまっていた。

八ツ半刻「夜中の3時」小春が起きて一平太を起こした。


「小春・・・相手は辻斬りだ、おめえは危ねえから家にいろ・・・」


「私もついて行きます」

「なにか役に立てるかもしれないし・・・」


一平太は小春を止めたが、小春はどうしても行くと言って聞かない。


「しゃ〜ね〜な・・・じゃ〜行くか?」


このまま問答してても時間の無駄だと思った一平太は小春を連れていくことにした。

屋敷の向かいの木の影でふたりは固まって下屋敷を見張っていた。


「一平太さん・・・あれ・・・」


退屈を持て余していた一平太は小春に促されて屋敷の勝手口を見ると

屋敷の勝手口から誰か出てきた。


頭巾をかぶっていたので顔ははっきり見えない。

その男・・・侍であろう人は右の腰に刀を差していた。

小春が残像で見たっていう身なりとそっくりだった。


「小春はここにいろよ」


そう言って一平太は屋敷から出てきた男に声をかけた。


すると男は驚いたように刀の柄に手をかけた。


「旦那・・・こんな夜中にどこへ出かけようってんです?」


「なんだお前は?」


「あっしですか?・・・あっしは南町奉行の岡っ引きで一平太ってんで」


「岡っ引きだと?」

「わしがどこへ行こうが岡っ引き風情の知ったことか・・・」


「ちなみに旦那、三河町の橋の上で人殺しがあったのご存知で?」


「知らん」


「実は目撃者がいるんですよ」


「なんだと?」


「それに下手人は旦那と同じで左利きときてる・・・」

「話、聞かせてくれやせんかね」


つづく。

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