第4話:小春の神通力。

で、ヒマな一平太は南町奉行所に顔を出し、川向こうの博打場に顔を

出して、微々たる袖の下をもらってその帰りに居酒屋によって一杯

引っ掛けて長屋に帰ってくるという毎日の繰り返しだった。


博打場は日銭が乏しくなった時だけ顔を出すようにしていた。

いわゆるお目こぼし料と言うわけだ。

それに博打場や飲み屋は町人同士のコミュニケーションの場。

そういうところに出入りしているといろんな情報が耳に入ってくるのだ。


岡っ引きの一平太にとってはいい情報源なのだ。


その間も小春は飯に洗濯に井戸端会議にと甲斐甲斐しくやっていた。

だから小春の神通力は役に立たないままだった。


それでも一平太といればそれで楽しい小春だった。


戦国時代が終わって、徳川さんの時代になると世の中平和になっていった。

侍も刀を抜くこともなく腰にぶら下げてるだけの飾り物。


みんな、親方日の丸で毎日を生きていた。


だが、ようやく小春の神通力が必要な事件が起こった。


三河町の橋の上で、小吉って男が殺されたらしい、とそういう知らせだった。

今朝方、橋を渡っていた豆腐屋が橋の真ん中で小吉の屍体を発見して

奉行所に届けたらしい。


どうやら、辻斬りのようだった。

さっそく一平太も殺人現場にかけつけた。

一平太の他に、一平太の上司、南町奉行所の与力、中山新兵衛が来ていた。

歳の頃なら50過ぎの渋い侍。

一平太は新兵衛に昔、世話になったことがあった。

身寄りのない一平太を岡っ引きにしてくれたのも新兵衛だった。

一平太にとっては恩人なのだ。


小吉は向かって左肩から右腰に向かって袈裟懸けにすっぱり切られていて、

どうやら下手人は左ききのようだと分かった。

切り口から見てけっこうな手練れだということも分かった。

まあ、侍以外に下手人はいないだろうと言うことになった。


おそらく夜中の出来事だろう。

だが、目撃者もおらず手がかりは左利きと言うことだけで証拠はなかった。


さっそく一平太は小春を三河町の橋のたもとまで連れてきた。

「小春の神通力とやらを見せてくんねえか?」

とは言ったものの一平太はまだ半信半疑だった。


「あの橋の真ん中あたりだ・・・何か見えるかい?」


「ちょっと待ってね」


そういうと小春は小吉の屍体があったあたりに集中した。

小春には小吉が殺された時の残像がぼ〜っと見えてきた。


「切った人はお侍みたいだけど頭巾被ってるから顔までは分からないね」

「あと着物の柄が豪華だから身分の高いお侍さんだね」

「あ、それとその人、左利きみたい」

「右の腰に刀を差してるもん」


「そうか、そこは当たってるよ・・・」

「切り方から見ても左利きらしいからな・・・」


「本当の見えるんだな」


「一平太さん、おでこ貸して」


「え、何しようってんだ?」


「私が見た残像を一平太さんの頭に転送するから」


「そんなこともできるのか?」


「自分で見ればもっと分かりやすいでしょ」


そう言うと小春は一平太のデコに自分のデコをあてて念じた。


「顔がちけえよ・・・顔が・・・」


「黙って・・・」


「お、はい・・・」


一平太はそのまま唇をとんがらがして前に出そうかと思った。

小春の可愛い鼻が一平太の鼻に当たっていた。


一平太がよからぬことを考えていると・・・


「はい、終わり・・・もう見れるよ」


小春が見た残像が一平太も頭の中でも見ることができた。


「なるほどな・・・こりゃ・・・」


「こんなの見せられた日にゃ・・・信じるしかねえよな」

「すげえな、小春・・・」


つづく。

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