第3話:訪ねてきた吉右衛門狸。
小春を連れて長屋に帰ると、案の定、隣のカミさんとばったり出会って
一平太が言ってた通り、隣のカミさんは小春を見つけて言った。
「あんた・・・誰?その子(娘)」
「ほらな・・・食いついてきただろ」
一平太は小春に小声で言った。
「ああ、俺の兄貴の娘・・・従兄弟だ・・・小春っていうんだ」
「今日から俺んちで暮らすから・・・よろしくな」
「従兄弟?・・・怪しいもんだね」
「まあでも甲斐性なしのあんただから、女を連れ込むなんてそんな器用な
ことできないわよね 」
「悪かったな・・・俺だってモテるんだからな」
一平太はよほど神社でのことを、しゃべってやろうかと思った。
「小春です・・・よろしくお願いします」
「あんたの従兄弟にしちゃ、なんだけど可愛い子だね」
「もういいだろ・・・小春、家に入るぞ」
小春の噂はあっという間に長屋の連中に知れ渡った。
だから、時々近所のやつらが小春を一目見ようと 一平太の家を覗いて行った。
さしずめ小春は掃き溜めに鶴と言ったところだろうか。
ここにいるかぎり小春は狸に戻ることはできなかった。
もっとも一平太にバレることを恐れて狸に戻る気もなかった。
小春は次の日からさっそく朝早く起きて朝ごはんの支度をした。
昼間は洗濯と掃除が終わったらすることがないので近所のカミさんたちと
井戸端会議をして情報収集していた。
そして一平太が町の見回りが終わって夕方帰ってくるくらいに晩御飯を
作って待っていた。
一平太も小春がいてくれるおかげで助かっていた。
そして不思議なことは、時々小春が一平太の家の入りぐちで誰もいない
のにお辞儀をしていたことがあったりやはり誰もいないのに誰かに
話しかけてることがあった。
一平太は、そういうことをちょくちょく見かけた。
小春は誰に挨拶してるんだろうって一平太は不思議に思っていた。
人間には見えないもの、小春にしか見えないものがこの界隈や町じゅうに
徘徊していたのだ。
そう言うのは一般的に妖怪とかもののけと呼ばれていた。
人間には、おいそれとは見えないやからだった。
そのことを小春に聞いても、首をかしげるだけだった。
そんな折、一平太が仕事にでかけている間に一平太の家にひとりの
侍が訪ねてきた。
「ごめん」
「はい・・・どなたですか?」
訪ねてきた侍に覚えのない小春はいぶかしく思った。
「小春・・・おれだよ・・・おれ吉左衛門だ」
「お兄ちゃん?」
「おまえが人間の男の家の居候になってるってカラスの巳之吉に聞いてな・・・」
「様子を見に来た」
「お兄ちゃん元気?、太一郎兄さんも元気にしてる?」
「ああ、みんな元気だよ」
「おまえは?大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ・・・一平太さんは優しいしね」
「楽しくやってるから」
「そうか、それはよかった」
「困ったことがあったら言えよ・・・いつでも駆け付けるからな」
「それじゃーな小春」
「もう帰るの?」
「おめえがどうしてるか様子を見に来ただけだからな・・・」
「ほんじゃ〜な」
そう言って侍、吉左衛門は帰って行った。
たづねてきたのは長男の吉左衛門狸だった。
小春狸が心配で訪ねて来たのだ。
兄がたづねて来たこと以外は一平太と小春には平和が続いていた。
一平太と一緒に晩御飯を食べてた小春が一平太に尋ねた。
「事件とか起きないんですね」
「まあ、そうだな、喧嘩とか万引きとかそんなせこい事件ばかりだな」
「殺人事件なんか滅多に起きるもんじゃねえぜ」
「そのうち、あっちからやってくら〜な」
岡っ引きなんかやってる一平太だったが、事件がない時はプ〜太郎
みたいなもんだった。
つづく。
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