第40話 パーティはまだまだ続く

 今回の決着は、千秋さんの独断によるものだった。


 竜虎道拳法本山に敵視されることとなり、さぞかしマキナさんはご立腹だろうと思っていたら、案外あっけらかんとしていた。


 それよりも、ジュンさんがパーティに戻ってきたことが、何よりも嬉しいようだ。


「久々の仕事で慣れないとは思うが、活躍を期待しているぞ」


 マキナさんの激励の言葉から、いかにジュンさんがガーデンやパーティにとって優秀な人だったのかを感じさせられた。


 実際に、ガーデンでも、復帰初日であるにもかかわらず、ジュンさんはお客さんたちの心を次々と掴んでいた。さすがにお店では自分のことを「オレ」とは言わないけれど、ざっくばらんな言葉づかいは、会話しやすい空気感を作り出していて、お客さんたちは心の底から飲みの時間を楽しんでいる様子だった。


 でも、時おり、ジュンさんは寂しそうな目をしている。


 その胸中を思うと、他人事ながら、私まで切なくなってきた。


(大好きな人に、裏切られちゃったんだもんね……)


 いつか戻ってくると信じていた初真さんが、何も連絡せず、離れた地で別の女と結婚してしまった。その人に頼まれて道場を守っていたというのに、あんまりな話だ。


 初真さんが結婚した相手は、同じ拳法関係者とのことだった。もっと細かい話を聞こうとしたけど、調べてくれた魅羅さんは、なぜか口を濁していた。ひょっとすると、ジュンさんや千秋さんもよく知っている人なのかもしれない。だから、私もそれ以上聞くことはしないようにした。必要があれば、そのうち教えてくれるだろうと思った。



 ガーデンでの仕事が終わった後、珍しく、私は千秋さんと一緒に帰った。


「大変なこと、引き受けちゃいましたね」

「道場の話?」

「ええ。ガーデンやパーティのこともあるし、オーバーワークじゃないですか」

「平気よ。ジュンと二人体制なら、なんとか切り盛りできるもの。それに、あの道場なら生活費を稼ぐこともできる。私にとっては一石二鳥ね」


 深夜の片町を歩いていく。


 暗い路地の向こうに、きらびやかな明かりが見える。もうすぐ日付が変わろうとしている中、まだ町は眠ろうとしていない。


 みんな、いまの時間を精いっぱい楽しんでいる。誰かを愛して、誰かを信じて、誰かに傷つけられて。それでも仲間がいれば、怖いことは何もない。夜の繁華街に集まる人々は、誰もが仲間を求めている。ガーデンに来る人たちも、根っこは同じ。


 独りで生きられるほど、人は強くない。


 きっと千秋さんは、孤独に戦っているジュンさんを、放っておけなかったんだと思う。そのために、最善の道を考えに考えた末、あの選択をした。


 本当に、素敵な人だと思う。


「いいわよ。ここから先は、なっちゃんの好きにしても」

「え?」

「あなたをウィッチ・パーティに引きこんだのは、半分はジュンの欠員を埋めるためだった。でも、そのジュンは戻ってきたから、もしなっちゃんが望むんだったら、これで終わりにしてもいい。私は別に引き止めはしないわ」

「なんで、そういうこと、言うんですか!」


 ついカッとなって、私は声を荒らげてしまった。


 急な千秋さんの言葉に、動揺を抑えられない。優しく言ってくれてるけど、実のところ、私がもう必要じゃなくなった、ということではないだろうか。そんなの、ひどすぎる。


「わかってるの? 刀で襲われたこともあったでしょ。ああいう危険なこともあるのよ」

「知ってます! そりゃ、あんな目にあうのは怖いです! でも、ここまで巻きこんでおいて、いまさら放り出すなんて、あんまりです!」


 涙がこぼれてきた。安西先輩に浮気をされていたと知ったときよりも、ずっと深いショックが、私のことを苦しめる。


「私は千秋さんのそばにいたいんです! ずっとパーティにいたいんです!」

「なっちゃん……」


 ついに嗚咽を漏らし始めた私を、千秋さんはしばらく、黙って見守っていた。遠くの救急車のサイレンの音が聞こえるほど、私たち二人の空間は、シンと静かになった。


「私が、なっちゃんをパーティに招いた、半分の理由。なんだかわかる?」

「わかりません。なんですか」


 泣くのをこらえて、涙を拭くと、私はキッと千秋さんを睨んだ。


「初めて会った夜、ナイフを持った男を相手に、なっちゃんは立ち向かっていた。あんな勇気は、私がなっちゃんぐらいの歳のころは、まったく持ってなかった。純粋に、すごいな、って思ったの。これで大人になったら、どんな女性に育つんだろう、って」


 だからね――と千秋さんはほほ笑む。


「あれ以来、私はなっちゃんのファンなの。いつまでも成長を見届けたいほどに」


 その告白に、胸の奥が、キュッと締められるような感覚が走った。顔が赤くなる。千秋さんほどの人に認められたという、その一事が、嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。


「パーティにいてくれる?」


 千秋さんの問いかけに対して、私の答えはひとつしかなかった。


「私のほうこそ、よろしくお願いします!」



 常人を上回る力を持った魔女たちが集まる、ウィッチ・パーティ。


 私も、この夜、正式にパーティの一員となった。


 いままでよりも危ない目にあうかもしれない。大怪我を負うかもしれない。学校にバレるかもしれない。親から見放されるかもしれない。人生が狂ってしまうかもしれない。


 だけど、リスク上等だ。


 誰かが助けを求めている。暴力、権力、財力……様々な力で悪事を働く連中を前に、ただ怯えて、泣き寝入りするしかない人々が、どこかにいる。そんな人たちに、希望をもたらせるのなら、多少の危険なんて、どうってことない。


 一人の力ではこの世は変わらない。でも、身近な人たちの世界を変えることはできる。それを千秋さんたちは証明し続けている。


 だから、私も信じて、戦い続けようと思う。



 魔女のキックが世界を変える、と。

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魔女のキックが世界を変える~私たちキャバ嬢だけど仕事人もやっています!~ 逢巳花堂 @oumikado

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