第30話 祝勝会

 三日後、仕事を始める前、ウィッチ・ガーデンでささやかながら祝勝会を開いた。


「それじゃあ、魅羅のがんばりに感謝をこめて、かんぱーい!」


 エリカさんの発声とともに、みんなはお互いのグラスをぶつけ合った。


「しかし毎度のことながら驚かされる。魅羅、どうやってあんな写真を入手したんだ?」


 マキナさんの質問に対して、魅羅さんは唇に指を当てると、首を横に振った。その仕草だけで、言いたいことはわかる。


「やはりそう来るか。まあいい。私としては、結果さえ出してくれれば問題ない」


 テーブルの上に置いてある新聞を、マキナさんが広げた。


 佐々間鼎造のその後に関する記事が載っている。佐々間鼎造を囲む会で起こった写真事件をきっかけに、一気に、彼の暗部は暴露されていった。


 その中でも最大のスキャンダルが、公費を暴力団に回していた、というものだった。いまの地位に上がるための票固めに、堂坂組という暴力団に協力してもらっていたらしい。その後も持ちつ持たれつの関係でいる中で、堂坂組への借金を抱えてしまったそうだ。


 他にも色々と不正が明らかになっているから、もう間もなく、辞職まで追いこまれると思う。ほとぼりが冷めるまで、あるいはもう二度と、政治活動はできないだろう。


「佐々間鼎造は、もともと地主で、不動産売買でのし上がった。県議まで行けたのなら御の字だというのに、さらに自分の器を超えた欲をかいてしまった。これはその報いだな」


 ワインをあおるように飲み干し、マキナさんは小さな笑みを浮かべた。


「翼さんのほうはどうなってるんですか??」

「優秀な弁護士は紹介した。店に来ている常連客の一人だ。佐々間親子の心証も悪くなっている中、なんとか刑を軽くしてくれるだろう。それに、翼にとっては、佐々間親子が悪さをする力を失ったことが、何よりも嬉しいんじゃないか?」


 そうだ。翼さんが一番恐れていたものは、もう排除された。人を刺したという罪は償うとして、それ以外のことで心悩ませる必要はない。


「ひとまずは一件落着だ」


 マキナさんの言葉に、みんな、静かにうなずいた。



 開店直前になり、ロッカールームで着替えていると、気がつけば魅羅さんと二人きりになった。


 何かの歌をハミングしながら機嫌良くしている魅羅さんに、思わず質問した。


「どうして、あんな力を持ってるのに、ウィッチ・パーティにいるんですか?」

「んー?」


 ふんわりした笑みとともに、魅羅さんは私のほうを向いてきた。


「殺し屋相手でも勝てちゃう、あれだけの能力があれば、もっとお金になる仕事に就けそうなのに。それこそパーティやガーデンで稼げる額の比じゃないと思う」

「お金があればええ、ってゆうのは、佐々間鼎造みたいな人間の考えることやろ」


 そのひと言に、ハッとなった。


 大事なのはいくら稼げるか、じゃない。この人にとっては、そこは問題じゃない。いくら、ではなくて――どうやって、が重要。


「ちーちゃんがおる。エリカがおる。マキナさんがおる。で、なっちゃんもおる。こんな楽しい仲間に囲まれて仕事ができるんやよ。これ以上幸せなことはないがいね」


 ドレスに着替え終わった魅羅さんは、コロコロと笑いながら、ロッカールームから出ていった。


 その、心の底から楽しそうな笑い声は、いつまでも、私の耳の奥に残っていた。

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