第29話 魔女が怒ると吹雪が舞う

 破陣太鼓が始まった。大太鼓の左右に立った二人の鬼が、「ぐおおお!」と荒々しく怒声を上げながら、激しい動きで太鼓を叩きまくる。その二人を取り巻くようにして、周囲に一〇人ほどの鬼たちが、首からぶら下げた小さな太鼓を叩く。


 会場の人々は、お酒と興奮で頬を紅潮させながら、野性的な演奏を観賞している。


 やがて、周囲でどよめきが湧き起こった。舞台の袖から、鬼の面をかぶった女性が現れたからだ。腰深くまでスリットの入った艶やかな格好の女鬼は、中央まで進み出ると、二人の男鬼と一緒になって太鼓を叩き始めた。


「方法はいくつかあった」


 太鼓が鳴り響く中、マキナさんは私の耳元に口を近づけ、語りかけてきた。


「佐々間鼎造に関わるスキャンダルを見つけたとして、そのネタをどうするか。マスコミにリークする方法もあれば、本人に叩きつけて脅しをかける方法もあった。クラブDAOでの一件がなければ、マスコミへ流すだけで十分か、とも考えていた」


 話を聞きながら、私の目は、壇上に釘付けになっていた。


 様子がおかしい。最初から大太鼓を叩いていた二人の鬼が、ずっと、乱入してきた女鬼のほうを向いている。なんとなく、動きも鈍くなってきている。


 あの女鬼は、もしかして、予定外の存在?


「だが、やつは道を外れた。ゆえに我々も、手段は選ばない」


 ついに二人の鬼は手を止めた。黙って、女鬼が太鼓を乱打している様を、困惑気味に見守り続けている。


「魔女を怒らせるとどうなるか、教えてやれ――魅羅」


 そのマキナさんの言葉で、あの女鬼が魅羅さんであると、やっと私は気がついた。


 ドンッ! と女鬼が両手で思いきりバチを叩きつけた、その瞬間、どういう仕掛けが施してあったのか、各所のテーブルに置かれている花瓶が、次々と砕け散った。会場内の客があちこちで悲鳴を上げる。


 直後、砕けた花瓶のところから、ブワッと無数の紙片が舞い上がった。


 会場内を花吹雪のように飛び交う紙片は、よく見ると、写真だった。みんな、呆然と、その光景を眺めている。


 絶叫が聞こえた。


 佐々間鼎造だ。髪を振り乱し、汗を流しながら、ワアワアと喚いている。


「パーティは中止だ! 全員、帰らせるんだ! 早く!」


 近くにいるスタッフたちに声をかけて、客の追い出しにかかる。何事かとざわついている客たちは、床に落ちた写真を拾い上げると、そこに写っているものを見て、一様にギョッとした顔になった。


 私も一枚拾ってみた。


「これ……って!」


 決定的な一枚だった。


 強面の人たちが揃っていて、明らかにヤクザの宴席を写したのだとわかる写真。


 その上座に、佐々間鼎造が座っている。誰がいつどうやって撮ったのかはともかく、言い逃れのしようがないほど、黒い関係が露わになったものだった。


「やめろ! よせ! 拾うな!」


 狂乱気味の佐々間鼎造は、横に立っていた男から、写真を奪い取った。しかしその相手は、乾杯の挨拶をしてくれた国会議員だった。「ひっ」と取り乱す佐々間を、その国会議員は冷ややかな目で見ている。


 床やテーブルに散らばっている写真は、ヤクザ関連だけじゃなかった。どこかの会社の重役みたいな人や、外国人と会っているものもある。それらはヤクザの宴席のものと違って、隠し撮りされたもののようだった。


 私には、それらの写真にどんな意味があるのかわからないけど、きっと、見る人が見たらわかる、危ないものなのだろう。


「おのれえ! どういうことだ! なぜ、こんな――」


 もはや手遅れなのに、必死で写真をかき集めていた佐々間は、ハッとした表情を浮かべて、後ろを振り返った。


 女鬼がそこに立っていた。


「わああああ!」


 佐々間はテーブルからフォークを掴むと、鬼女に襲いかかった。


 が、女鬼はそのフォークを避けつつ、ローキックを放ち、佐々間を転ばせた。相手が仰向けにズデンと倒れたところで、女鬼は両手に持っている二本のバチをクルンと回すと、力いっぱい床に向かって突きこんだ。バチは、ギリギリ、佐々間の首をかすめていた。


「あ、あ、あ……」


 恐怖のあまりブルブルと震えて、佐々間は身動きが取れない。


 その隙に、女鬼は、会場から悠然と去っていった。会場内にボディガードを置いていないような状況だったので、誰も、彼女を止められる人間はいなかった。


 しばらく、会場は静まり返っていた。想像もしなかったような事件が勃発し、どう振る舞えばいいのか、困り果てている様子だった。


 そんな中で、ただ一人マキナさんだけは、笑みを浮かべながら、音を立てずに拍手し続けていた。


「なかなか面白い余興だった。さ、帰ろうか、夏海」


 サッときびすを返して、マキナさんは会場を後にする。その後を、私は慌てて追いかけた。


 魔女を怒らせるとどうなるか。その、あまりにも鮮烈な報復の仕方に、私の心臓はバクバク鳴っていた。それが恐怖なのか、興奮なのか、自分でもよくわかっていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る