第25話 白刃の殺し屋
時間が来たので、会計を済ませて、外に出た。
「ふわあ、バニーさん、可愛かったなぁ」
お店を出てから、魅羅さんは感嘆のため息をついた。
「えっと……状況が全然わかってないんですけど、一体、どういうことなんですか?」
「おそらく翼ちゃんはあのクラブの中におる」
「はい!?」
肝心な情報は伏せられたまま、次から次へと新しい話を出されるので、私はすっかり混乱してる。なんで魅羅さんがその結論に至ったのか、全然読めていない。
「あのクラブDAO、実は、翼ちゃんが前に勤めとったお店なんよ」
「翼さん、バニーガールだったんですか……!」
「そ。ほんで、お店のスタッフやキャストとも仲良くやっとったみたい。ほやから、今回の一件でも、なんとか助けてもらっとるんやろうね」
「どうして、クラブの中にいる、って思ったんですか? さっきのあやめさんって人との話でも、そんなこと感じ取れるような内容、一度も出なかったのに」
「うちらが外に出るとき、店の奥を、あやめさんはチラッと見た。最後で油断したんやろうね。あの反応は、匿っとる誰かを気にしてのものと、うちは感じた」
そんなの気がつかなかった。事前に教えてもらっていたとしても、些細な動きすぎて、わかったかどうか。もしも本当にクラブDAOが翼さんを匿っているんだとしたら、魅羅さんの観察力はすごすぎる。
「だけど、前に勤めていたお店だっていうのなら、警察だってそのうち辿り着くはずですし、翼さんを隠していたことがわかったら、大問題じゃないですか。それなのに、助けたりするんでしょうか」
「さあ。何か策があるのか、うちにはわからんわ。とにかくいまは、可能性の高いところから潰してくしかないやろ。時間も残り少ないし」
私たちは、建物の裏手に回りこんだ。従業員用の通用口なのか、簡素なドアがある。魅羅さんはノブに手をかけてから、小さくうなずいた。
「やっぱ鍵かかっとるか」
それからおもむろにバッグの中から工具のようなものを取り出し、鍵穴に突っこんだ。どう見ても犯罪だ。そもそも何をしようとしてるのか。私はわけもわからぬまま、慌てて止めようとしたけど、すぐにドアは開いてしまった。
「なっちゃん。正面の入り口のほう、見張っといて」
「ど、どうするつもりですか」
「もちろん、翼ちゃんを連れ出すんよ。けど、先手を打たれて、正面のほうから逃がされたらかなわんから、そっちはなっちゃんに見ててもらいたいの」
「さすがにまずいですよ、魅羅さん! 不法侵入で警察呼ばれちゃいます!」
「先にやばいことしたのは、クラブDAOのほうやん。傷害事件の犯人を警察から隠しとるんやから、文句は言わせんよ」
筋が通ってるのか、通ってないのか、判断に困ることを言ってのけた後、魅羅さんはスッとドアの向こうへと入っていってしまった。
私は急いで建物の正面に戻った。
(あれ、でも、もしも翼さんが正面から逃げ出してきたら、どうしたらいいんだろ)
逃走を止めないといけないのだろうか。翼さん一人なら、それも可能だと思う。だけど用心棒のような人が付き添っていたら? クラブDAOにだって、うちの狂介さんのような、怖い感じのボーイさんがいるかもしれない。そんな人を相手しないといけなくなるの?
心臓をバクバクさせながら、電柱の陰で、様子を見守り続けた。
まだ魅羅さんは中にいるんだろうか。ドアを開けたときみたいに、チャチャッと済ませて、早く翼さんと一緒に出てきてほしい。早く……。
いやな汗をかきながら待機していると、足音が聞こえてきた。
誰か来た。怪しまれないようにしないと――と思い、電柱に寄りかかりながら、スマホをいじり始めた。「帰り道の途中で、友達からの連絡に返信するため、ちょっと立ち止まっている」風を装って。
足音の主は、私の前で、立ち止まった。
まさか警察……? ますます鼓動が激しくなる。ゆっくりと顔を上げると、角刈りの男が杖をついて立っていた。鋭い目を私に向けて、ニタリと笑いかけてくる。
「さっき、この建物の裏から、出てきただろ?」
男からの突然の質問に、私の体は小さく震えた。その動揺を悟られないように、努めてふつうの様子を装って、
「えっと、なんでしょう?」
と逆に問い返した。
男の表情が、強張った気がした。
「気に入らねえなあ。そういう態度の女は、よお」
クラブDAOの関係者? いや違う。男はアロハシャツを、下品な感じに、胸元をはだけて着ている。全体から漂う暴力的な気配は、あのクラブの雰囲気からは大きくかけ離れている。いったいこの人は、何者?
「疑わしきは斬る、がモットーなんでよ。俺の姿を見ちまったことを悔やむんだな」
男は、杖を胸前まで持ち上げると、横倒しにして、ズズッと左右に開き始めた。
あれは……仕込み杖!
白刃が露わになった。映画でしか見たことのない、殺し屋用の武器。その本物が、いま、目の前にあって――持ち主は、私に殺意を向けてきている。
頭の中が真っ白になる。思考が全部すっ飛んだ。ナイフどころじゃない。あんな物に刺されるか、斬られたりすれば、確実に死んでしまう。
ピリ、とこめかみに電流のようなものを感じた。
直感で、私はその場でしゃがんだ。
間一髪だった。さっきまで私の頭があったあたりを、男は横一文字に刃で斬りつけた。電柱に刃がぶつかって火花が飛び散る。あのまま立っていたら、いまごろ、私の頭は真っ二つになってた。
私は急いで間合いを離した。男はどんよりした目でこちらを睨んでくる。
「ちょこまか動くんじゃねえ。刃こぼれするだろうが」
動悸が止まらない。頭の中では、ひたすら、どうしようどうしようどうしよう……と堂々巡りの思考が繰り返されている。
男は刃を上段に構えると、ジリジリと間合いを詰めてきた。あの緊迫感、へたに背を向けて逃げ出したりしたら、後ろからバッサリ斬られてしまいそうだ。
間の悪いことに、周囲には、他に誰もいない。
魅羅さんの助けも待っていられない。
私だけでなんとかするしかない。
一度、深呼吸した。やるべきことは変わらない。あれが刀だと思うから怖いんだ。ただの木刀だったら、対処の仕方は思いつく。大丈夫、私なら、やれる。
(でも、怖いのは、怖いよ!)
木刀なら腕で受け止めても、骨が折れる程度だ。けれども、あれは刃だ。
脳味噌が痺れたようになり、頭の中がフワフワなまま、私はズボンからベルトを外すと、バックル部分が拳に当たるようにして、手にグルグルと巻きつけた。即席のグローブの完成だ。どうしても恐怖心が拭い去れないなら、少しでも工夫するしかない。
「しゃらくせえ」
男は間合いを詰めてきた。
攻撃が来る。
逃げ出したくなるのを必死でこらえて、脚にグッと力を入れると、私は前に飛び出した。むしろ前へ。武器を持った相手との戦い方は、拳法部で、一度だけ先生に教わったことがある。長い武器は特に、懐に潜りこまれると弱い。
けど、一歩出遅れた。相手の懐へと入るよりも先に、斬撃が私に向かって飛んできた。
「あああああ!」
悲鳴だか気合だかわからない大声を張り上げて、右拳を打ち上げる。ちょうどベルトのバックルに刃がぶつかった。金属音が響き、相手の刀は弾かれた。
「な、に!?」
防がれるとは思っていなかったんだろう。男に隙ができた。
今度は私の拳が届く間合いだ。体勢を沈め、十分に力を溜めてから、渾身の中段突きをドンッと男の脇腹に叩きつける。ミシミシと肉の軋む感触が、ベルトを巻きつけた右手に伝わってきた。
「が、あ!」
男は身をくの字に折りながら、横に吹っ飛び、地面に転がった。
いまのうちに取り押さえないと! と駆け寄ろうとした私は、踏み出しかけた足を止めた。男はすぐにはね起き、もう武器を構えている。
私の拳打では倒しきれなかった。
(だめ……もう……)
あんな風に、斬られるのを防いで、さらに反撃を加える動きなんて、二度もできない。次同じ攻撃を受けたら、まずやられてしまう。
「もう容赦しねえぞ」
憤怒の表情で、男は静かに凄んでくる。
私は涙が出そうになるのを我慢しながら、唇を噛んで、拳法の構えを取った。拳法部で教わってきた、基本の構え。こんな実戦に向いているのかどうか、知らない。だけど、自分がいままで学んできたことを、信じてあげたかった。
何が何でも、生き延びてやる。
その覚悟を決めたところで――横から、優しい声が聞こえてきた。
「もうええよ、なっちゃん。あとはうちに任せて」
スッと目の前に割りこんできた姿を見て、私は歓喜の声を上げそうになった。魅羅さんが戻ってきてくれた! 急に安心した私は、一気に力が抜け、へたりこみそうになった。
腰から崩れ落ちそうになるのを、誰かが後ろから支えてくれた。
振り返ってみると、翼さんだった。
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