第24話 バニーガールクラブDAO

 千秋さんと会った二日後の夜、ようやく、魅羅さんから連絡があった。


「えっ、いまからですか」


 夜一〇時だ。家族もまだ起きてる。私の部屋は二階だから、外へ出るのもひと苦労だ。


『うんいまから。あと一〇分で来て』


 人当たりはいいのに、要求の無茶苦茶さ、強引さはエリカさんを超えている。優しい声で言われるから、余計に怖い。


 部屋の窓を開けて、外壁に据えつけられている排水管を掴むと、音を立てないように注意しながら、二階からゆっくりと滑り下りた。


 家からこっそり自転車を出し、あとは全力疾走させ、なんとか魅羅さんに指定された時間ピッタリに、金沢駅に到着した。もう汗だくだくだった。


 駐輪場に入れている余裕はないから、とりあえず目立たないところに自転車を置いて、東口バスターミナルのベンチに向かう。


 キャミソール姿の魅羅さんが、ぼんやりと宙を見つめて、座っている。私が近寄ると、特に挨拶もなく、「ではしゅっぱーつ」と呑気な声を出して、スタスタと歩き始めた。私はハンカチで汗をぬぐいながら、フラフラと後を追った。


「あの。私は、何をすればいいんでしょうか」

「とりあえず、うちと一緒に来てくれればええよ」

「えっと、どこへ行くんでしょうか」

「はいこれ」


 と、魅羅さんはプリントを渡してきた。あるインターネットのページを印刷したものだった。私たちのウィッチ・ガーデンと同じ、夜のお店のようだ。


 名前は「クラブDAO」。ロゴにはバニーガールのシルエットがあしらわれている。


「クラブ・ダオ……?」

「ダオ、やなくて、タオ。もともと東京の銀座にあるクラブで、北陸新幹線が開通してから、金沢にもお店を出したんよ。女の子みんなバニーガールの格好しとるのが特徴やね。これからここへ行こうと思っとる」

「バ、バニーガール、ですか!?」


 リアルにそんな格好をしている女性を見たことがないから、そんなお店にいまから向かうのだと知って、急にドキドキしてきた。


 お店は、駅から歩いてすぐのところにあった。


「生まれたときから金沢に住んでるのに、全然知らなかった……こういう夜の店って、片町だけじゃないんですね」

「新幹線効果で、新しい店がどんどん駅近くにできとるんよ。観光客にとっても、女の子と飲むのに、片町よりも駅前のほうが都合ええしね」

「あの……それで、本当に入るんですか?」

「うん」

「女二人だけでも入れてもらえるんでしょうか」

「問題ないやろ」


 魅羅さんは躊躇なく、ドアを開いた。


 エントランスの奥にまた新しいドアがある。開けると、ボーイさんが立っており、「いらっしゃいませ」と出迎えてきた。


「お二人様ですか?」


 女性だけ二人の来店であっても関係なく、自然に聞いてくる。このあたり、さすが東京から進出してきただけあって洗練されている。狂介さんだったら絶対に、「女二人で何しに来たんだ?」とか余計なことを言い出しそうだ。


「そ、二人。今日はあやめさんって出勤しとる?」


 魅羅さんはキャストの名前を淀みなく出してきた。どういうことだろう。初めて寄ったお店ではないのだろうか。


「ええ。今日は来ておりますが、ところで……」


 ボーイさんは私のほうを見て、眉をひそめた。もしかして、未成年って気がついたんだろうか。お客さんからキャストまで、多くの人間を見てきているから、ひと目で年齢を見抜いたとしても、おかしくない。


「どうしたん? 何か問題でもあるんけ?」


 笑いながらの魅羅さんの言葉には、強い力がこもっている。余計な詮索をするな、という気持ちが感じられた。


「いえ、失礼しました」


 ボーイさんは頭を下げて、席まで案内してくれた。


 色とりどりのバニーガールがフロア内のあちこちにいる。切れ込みの深いハイレグのバニースーツを身にまとい、お尻も、胸の谷間も、惜しげもなく見せている。


 席に着くと、最初に大柄で肉感的な女性と、眼鏡をかけた知的な風貌の女性がやって来た。それぞれ赤色のバニーと、緑色のバニー。目のやり場に困りつつも、なんとかガールズトークで応対しているうちに、魅羅さんが指名したキャストがやって来た。


「あやめです」


 彫りが深くて、目鼻立ちの整った、品のよい容姿をしている。長い黒髪をポニーテールに束ね、着ているバニースーツは白。うっすらと施されているレース風の装飾が、まるで下着を彷彿とさせて、女の私でもドギマギしてしまうような色香が漂っている。


「なっちゃん、この人、クラブDAO金沢店のナンバーワンキャストやよ」

「よくご存知ですね」


 良家のお嬢様なのだろうか。物腰は丁寧で、佇まいもしとやか。とても夜のお店で働くような人には見えない。そんな麗しい人が、白いバニーガールの格好をしているというギャップが、底知れぬ女の魅力を感じさせた。


「蛇の道は蛇、ゆうやろ」

「なるほど、同業者ね」


 急にあやめさんの口調が変わった。口元は笑みが浮かんでいるけど、目は笑っていない。


「スパイ行為? 堂々としてるのは感心するけど、こういうルール違反な振る舞いはやめてほしいわ。うちも一線だけは越えないように気をつかってるんだから」

「こっちはこっちで、色々と振り回されとるんやけどね。翼ちゃんは、いまはうちのキャストやさけ、連絡一本入れてもらわんと困るわ」

「なんの話かしら。全然わからない」

「シラ切るならええよ。警察呼んで、調べてもらう」

「穏便じゃないわね。他人様の店に乗りこんできて、ケンカを売ってるの?」

「買う? いまやったら安値やよ」


 相変わらず魅羅さんはふんわりとした調子で喋っているけど、内容はかなり強烈だ。いったい二人が何を話しているのか、どんな駆け引きが展開されているのか、状況が飲みこめていない私は、ただオロオロするだけだ。


「……まあいいわ。今日のところはお客さんとして扱ってあげる」

「ほやね。他のお客さんにも迷惑かかるし」


 一触即発の状態から、なんとか平常へと戻った。けど、いつまた殺伐とした空気に戻るのかと私は気が気じゃなくて、落ち着いて話をする余裕もなかった。

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