第23話 今は信じて待つしかない
三日後、お店が休みの日、千秋さんに電話で呼び出された。
『もう頃合いだと思うから、教えてあげる』
それは、千秋さんによる武術指導のことだった。
「よし!」
電話が終わった後、部屋でガッツポーズを取った。すごく嬉しい。もともとキャバクラに勤めるためにウィッチ・ガーデンに通ってるわけじゃない。千秋さんに武術の手ほどきを受けられるかもしれないからこそ、夜の店の仕事もこなしていただけ。
やっと念願の時が来た。
場所は、駅の西側にある公園だった。
空は曇っていて、清々しい天気ではないけれど、ここのところ暑い日が続いてたから、ちょうどいい。それほど水分補給も必要なく、快適に鍛錬できる。何よりも、千秋さんに技を教えてもらえるのが最高に幸せで、曇天とは裏腹に、心はずっと晴れ模様だった。
時間は一時間だけだったけど、基本の突き蹴りから、体構え、足さばき、体さばき、受身など、ひととおりのことは教わった。こんなに充実した稽古は初めてだった。
「最後に何か質問はある?」
そう聞かれたので、せっかくだから、ナイフを持った相手との戦い方について聞いてみた。千秋さんと初めて出会ったときも、翼さんが襲われたときも、相手はナイフを持っていた。どうやって戦えばいいのかを知りたかった。
「考え方はシンプルなんだけどね」
と言いながら、千秋さんはバッグから、木製の短刀を取り出した。
「ナイフに対する技って、学校の拳法部では習ったことはある?」
「一応、あります」
「じゃあ、こうやって突かれたら?」
千秋さんが突き出してきた短刀を、私は体をさばいてかわして、受け流した。
「そう。そうやって回避する。理論上は、簡単な話。なっちゃんなら難しくない。だけど、いざ本番となると、素人相手でもうまく戦えなかったでしょ。それはなんでだと思う?」
「怖かったから」
「まさにそれ。恐怖で身がすくむ、っていうやつ。ふだん練習している通りの動きが引き出せない。この木製の短刀なら怖くなくても、いざ本物の刃となると、何もできなくなる。どっちも、形状は変わらないから、戦い方は同じはずなのにね」
「どうやったら、恐怖心って、取れるんですか?」
「自分の技量に対する絶対の自信。あるいは、『死』を忘れること」
「私、どっちも難しいです」
「当たり前よ。なっちゃんはふつうの女子高校生なんだから」
千秋さんは朗らかに笑った。
「ただ、本当に一対一で、自分の身を守らないといけないっていう状況を経験すれば、少しは変わるかもしれないわね」
「いままではそうじゃなかった、ってことですか?」
「そうは言わないけど、数の問題ね。一回や二回だけじゃない。なっちゃん自身が、自分の身をなんとか守らないといけない場面を、もっと経験する必要はあると思う」
なるほど、本物の戦いの中で学べば、劇的に上達するのかも。だけど、その前に失敗して死んでしまうような気もする。生き延びられる自信がない。
「そういえば、雑談ついでに。昨日の夜、変な男がウィッチ・ガーデンに現れたわ」
「変な男?」
「自分のことをサトウと名乗っていた。本名じゃないと思う。名刺も出さなかったし、細かいことは話さなかった。四〇代くらいの中年男性、ということしかわからない」
「その人が、どうかしたんですか?」
「サトウは、ウィッチ・パーティに用事があった。依頼内容は、翼ちゃんの居場所を探してほしい、というもの。そして彼女を見つけたら、警察には一切伝えず、まず自分に連絡をするように、って」
「え……?」
どうして、サトウという男は、翼さんのことを探しているのだろう。しかも、なぜ警察に任せず、ウィッチ・パーティを頼ってきたのか。
「マキナさんは依頼を断った。そうしたら、サトウは去り際に脅し文句をぶつけてきた」
――魔女狩りに遭っても知りませんぞ――
「魔女狩り、ですか?」
「つまり『ウィッチ・パーティによからぬことが起きるぞ』ってことね」
「もしかして、翼さんが刺した男の絡みで?」
「間違いないと思う。こんなあからさまなタイミングで私たちに接触してきている、ということは、向こうは隠す気ないようね」
「ひょっとして、相手はヤクザとか、そういう……」
「もっと厄介よ」
千秋さんはバッグの中から、一枚のチラシを出してきた。
今年春に行われた選挙のチラシだ。そこに写っている男の顔には、見覚えがある。テレビのニュースでもよく登場していた。
県議、佐々間鼎造。春の選挙で何度目かの再選を果たして、議会の議長も務めている。次の石川県知事候補とも言われている、かなりの有名人だ。
「翼ちゃんを襲って、返り討ちに遭った男は、この県議の息子、佐々間玉雄よ」
「う――そ」
翼さんが刺したのは、議員の息子。たしかに、ヤクザよりも厄介な相手だ。
「狂介が、佐々間玉雄の病室まで行って、表札を確認してきてくれたの。でも、現時点でわかっているのは、それだけ。なんで翼ちゃんが狙われたのかはわかってない」
「男女の関係のもつれとか……そういうやつでしょうか?」
「ありうるわ。翼ちゃんは、ウィッチ・ガーデンの前にも、違うキャバクラに勤めていた。うちでも人気のある子だから、前のお店でも彼女に入れこんでた客がいたとしてもおかしくない。その客の一人が、佐々間玉雄だったのかも。翼ちゃんにのぼせ上がって大金を注ぎこんだ玉雄が、何かのきっかけで逆上して、襲いかかった可能性はある」
「そっか。お父さんの佐々間鼎造としては、息子のスキャンダルは、自分のイメージダウンにもなる。だからサトウって人を通して、ウィッチ・パーティに依頼した……」
「まあ、全部憶測だから。あまりその気にならないで」
「だけど、それが真実だったら、大変じゃないですか!」
佐々間サイドに翼さんを見つけられたら、彼女が何をされるかわからない。
「千秋さん、私たち、急がなくていいんですか? こうしている間にも、翼さんが」
「大丈夫。魅羅に任せていれば、なんとかなるわ」
「その魅羅さんから、全然、連絡来ないんです。もう三日もたってるのに……」
進展があれば、私に電話してくれることになっていたけれど、まだかかってこない。
「私、まだよくわかってないんですけど、どうして今度の件、魅羅さんに一任してるんですか? あの人がどんな人なのか、全然知らないんで」
「そうね。その答えは、実際に彼女のことを見てれば、わかると思うわ」
「言葉で説明するより……ですか?」
「ええ。きっと仕事ぶりを見たら、びっくりすると思うわよ」
思わせぶりな千秋さんの言葉に、私はモヤモヤさせられた。でも、千秋さんが信じている人なんだから、私も信じるしかない。
信じて、待つしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます