第16話 言い争い

「それで、大騒ぎした挙げ句、結局は瞬一郎を取り逃がしたわけか」


 VIPルームにマキナさんの冷たい声が響く。


 私とエリカさんはうなだれて、その言葉をひたすら聞いている。


 全てが終わったあと、肩を落としてウィッチ・ガーデンにやって来た私たちに対して、待っていたのは厳しい叱責だった。


「真っ向勝負を得意とするのは、千秋くらいのものだ。でなければ魅羅に任せるべきだった。それを承知で、あえてお前に任せた。だというのに、このザマだ」


「私、まだやれる」


「今回の件で、大勢が瞬一郎の顔を見てしまった。そのうち警察にも情報が行くだろう。もうこの案件は失敗だ。森も我々を信頼しなくなる。失ったものは大きい」


 エリカさんは唇を噛んだ。相当悔しそうにしてる。


「本件に関わるのは、我々ウィッチ・パーティにとって益がないと判断する。ここから先は私的行為となるが、エリカ、それでもお前はやつを捕まえたいか」


「捕まえたい、じゃなくて、倒したい」


 拳を握り締め、エリカさんは想いを吐き出した。


「私はあいつを乗り越えたいの」


「時間をかけられても困る。どれだけの猶予があれば、解決できる?」


「一日あれば十分よ。ただ、狂介が動く分は、別にしてちょうだい」


「いいだろう」


 そこでボーイの狂介さんが呼ばれた。私が初めてウィッチ・ガーデンに来たとき、千秋さんの席まで案内してくれた、あの不良上がりっぽいボーイさんだ。


「なんだよ、急に」


 ぶっきら棒に聞いてくる狂介さんに、エリカさんは両手を合わせて、ウィンクした。


「狂介。ちょっと調べてきてほしいことがあるの」


「またか!? 俺の休みがなくなんだろーが!」


「文句言わない。その分の手当はもらってるでしょ」


「金の問題じゃねえよ! 俺の健康の問題だよ!」


 と文句を言いつつも、狂介さんは、話を聞き始めた。あれこれ細かく指示を受けるのを、全部メモに取っていく。依頼事項を確認し終わったところで、不機嫌そうな顔つきで何も言わず、部屋から出ていった。


「今回は特別な対応だ。くれぐれもそのことを忘れるな」


「……はい」


 エリカさんはふてくされた表情だったが、返事は素直だった。マキナさんを前にしては、さすがにいつもの乱暴な物言いはなりを潜めるようだ。


 今日は、シフトの日ではないので、私はそのまま家に帰ることとなった。


 まだお客さんも一般のキャストも来ていないので、お店を出る前に、入り口のところで、エリカさんに頭を下げた。


「ごめんなさい。私が勝手なことしちゃったから……」


 あのとき、瞬一郎のスリを止めるにしても、もっと方法はあったかもしれない。エリカさんの指示を待たないで、勝手に動いたのは私だ。任務の失敗は、私に責任がある。


 それなのに、エリカさんは、ひと言も私のことを話さなかった。説明では、ただ簡単に、瞬一郎を見つけたので追いかけたら逃げられた、ということしか言わなかった。私が口を開こうとすると、「あんたは黙ってて」と厳しく制してきた。


「ほんと勘弁してよ。だから足手まといを連れてくのはいやだったの」


 容赦はしてくれない。遠慮なく私のミスをなじってくる。だけど、ここで「いいよ気にしないで」と言われるほうがよほど辛い。


「次は私一人でやる。あんたはもうちょっかいを出さないで」


「はい……本当に、ご迷惑おかけしました……」



 お店から出た私は、すぐに家へと帰らず、カラオケボックスに向かった。一時間くらい歌って帰ろう。明るくて力強い感じの歌を思いきり歌おう。


 とにかく、今日、自分がしでかしてしまったことを、一時的に忘れたかった。


 二〇分ほど歌ってから、トイレに行くために、部屋から出た。


 そこで、まさかのエリカさんと、ばったり会ってしまった。偶然にも、同じ店を選んだようだ。向こうはいま着いたばかりみたいで、伝票のバインダを手に持っている。サッと自分の血の気が引くのを感じた。


 この人も、気晴らしと言ったらカラオケなんだろうか。


「なんなの? あんたまで歌いに来てるわけ?」


「えっと、その、ごめんなさい」


「は? 謝ってる意味がわかんないんだけど」


「やー、あの、なんとなく」


 気まずくて半笑いを浮かべながら目線をそらすと、聞こえよがしに、エリカさんはチッと舌打ちした。


「ほんっと、イライラする……ちょっと来い!」


 乱暴に腕を引っ張られた。何をされるんだろうと怖くなったけど、逆らうのはもっと怖かったので、おとなしく連れていかれる。


 エリカさんは、お店にあてがわれた部屋へ行くと、その中に私を放りこんだ。勢いよくソファにぶつかり、そのまま座る形になった。


 そこへ覆いかぶさるようにして、壁にドンッと手をついたエリカさんは、私の鼻先まで顔を近づけて、睨みつけてきた。


「最初にあんたがうちに来たときから、ずっとムカついてんの。なんでかわかる?」


 返答に困り、私は黙ったままでいる。


「被害者面してる、その態度が気に食わないの。自分は苦労してます、不幸な目にあってます、って雰囲気出して。たかだかカレシに五股かけられていたくらいで、泣きついてきて、さ。そんなことでメソメソしないでほしいんだよね」


「そんなこと、って……! 私、本当につらかったんですよ!」


「バーカ。そんなことで悲劇のヒロインぶるな、つーの。世の中、もっと大変な思いをしてる子はいっぱいいるんだからね。あんたの苦しみなんてちっぽけなもんなの」


「人の苦しみって、相対評価できるものではないと思いますけど!」


「めんどくさいやつ。難しい言葉を使ってかっこつけんなっての。でも、あんたに合わせてアンサーしてやるわ。いい? 人の幸福も、不幸も、行き着くところは相対評価よ。結局は、他人と比べてどうか、だもの」


 私の反論は、エリカさんの冷たい言葉で一蹴された。

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