第11話 ようこそ、ウィッチ・パーティへ

 外に出ると、まだ日は落ちきっていなかった。


 時計を見れば、道場に入ってから五分しか経っていない。たったの、五分。それだけの時間で、千秋さんは一人で、二〇人もいた道場を壊滅させてしまった。


 私と安西先輩のやり取りで、あの道場の人たちは、何があったのか理解したことだろう。先輩の交際相手の一人は、ゴールデンウィークの晩に会った、綾子さんという元門下生でもある。先輩と綾子さんの関係を知ってる人たちもいるはずだ。


 安西先輩は明らかに失態を重ねていた。騒動の火種が先輩自身にあったというのに、千秋さんが暴れている間、戦いもせずに震えていた。今後、あの道場の人たちが安西先輩を見る目は、少しばかり冷たくなるだろう。


 私たちは、彼から居場所を奪った。


「だけど、千秋さん、ひどくないですか? 道場の人たちには罪はないのに……」


「いいのよ。仲間に不始末があればケジメをつける。それが武道をやる者の心構え。それに、竜虎道拳法はクズの養成機関ではないんだから、そのあたりを自覚してもらわないと」


 やけに竜虎道拳法のことに詳しそうな口ぶりだ。


 そういえば一度も開けることのなかった巾着袋には何が入っているのか、気になった私は、中身を見せてもらった。


 あっ、と声が出そうになった。


 黒帯と、竜虎道拳法の道着が入っている。後襟に刺繍されている「八上」とは、千秋さんの名字だろうか。


 千秋さんは、私と同じ拳法の人間だった。


「高校卒業後は道場に行ってないし、実戦ばかりだから、ほぼ引退しているようなものだけどね。一応初段までは取ったわ」


「あの、もしかして、通っていた高校って」


「向卯山高校。部活動は拳法部だったわ」


 にっこりと千秋さんは笑みを浮かべた。


 朱に染まる住宅街で、私は呆然と立ち尽くしていた。


 なぜ彼女が私のことを信じて、依頼を引き受けてくれたのか、ようやくその心情を理解することができた。


 興奮がやまない。


 二〇人もの屈強な男たちを相手に、後れを取ることなく立ち回っていた千秋さん。パワーの違いなんてものともせず、まるで魔法のように次々と敵を倒していった。


 そんな戦う魔女は、私の大先輩だったのだ。


(私もあんな風になりたい……!)


 もう、溢れ出る想いを抑えきれなくなっていた。


「千秋さん! お願いします!」


「なに?」


「八月になったら、私、一八歳です! 深夜でも働けるようになります! だから――」


「気持ちは嬉しいけど、ご両親にはなんて説明するの? 帰りは遅くなるわよ」


 最後まで言い切る前に、千秋さんが私の言葉に割りこんできた。


「片町に、叔父さんがやってる、インド料理屋があるんです。そこででバイトする、ってウソつきます。常連客がいると、二三時を超えることもあるから、たぶん大丈夫です」


「それでも、夜遅くまで働くことを心配するんじゃない?」


「拳法やってるから大丈夫ですし、途中まで叔父さんとは帰り道が同じですから」


「巻きこまれる叔父さんもかわいそうね」


「私のこと可愛がってくれてるから、きっと大丈夫です。それより――お願いします! 私を仲間に入れてください! ウィッチ・パーティに入れてください!」


 急に千秋さんは黙りこんだ。口元に手を当てて、じっと私を見つめてくる。


 なんで何も言わなくなったのか、不安になってきた。


 私のことを仲間に引き入れようとしていたのは、ほかならない、千秋さんだ。それなのに、どうして即決してくれないのだろう。


(お願い……!)


 心の中で、強く祈った。


 ここまで強烈に夢中になれるものを、逃したくなかった。


 もう安西先輩のことなんてどうでもよかった。いまの私には、目指すべき憧れの人がいる。どんな男にも屈しない、自立した強さを持つ、まさに理想の女性。


 千秋さんのそばにいたい。


 戦う術を教えてほしい。


 そんな私の願いは、すべてお見通しだと言わんばかりに、千秋さんは優しい笑みを浮かべた。


「怖い顔しないで。あなたが本気かどうか、目を見て確かめていたの。中途半端な気持ちで私たちの仕事は務まらないから。でも、問題なさそうね」


「え、そうしたら」


「歓迎するわ。ようこそ、ウィッチ・パーティへ」


 握手のために差し出されてきた、千秋さんの手を握り返すことも忘れ、私は喜びの声を上げた。


 千秋さんに認めてもらえた。いまこの瞬間は、何よりも、そのことが嬉しくて仕方がなかった。



 こうして、普通の高校生だった私は、魔女への第一歩を踏み出したのだった。

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