第6話 もう一人の被害者

 とりあえずレジャー施設を出て、近くのファミレスに入った。


 安西先輩の、年上のカノジョさん――いったい何人目のカノジョかわからないけど――は、名前を綾子さんといった。年齢は二八歳。年相応に落ち着いている、きれいな肌の女性だ。こういう大人になりたい、と思わせる外見。でも、安西先輩に騙されているあたり、どこか抜けてる部分があるのだろう。


 綾子さんが語り出した、昔の男の遍歴を聞く限り、男を見る目はないようだ。私も人のことは言えないけど。


「ずっと男運は悪くって。そこで出会ったのが彼だったから、つい信じちゃって……」


「どこで安西先輩と知り合ったんですか?」


「道場よ。竜虎道拳法の道場。しっかりした自分にならないと、と思って、強くなるために通い始めたの。一年前だったかな。しばらく彼が私の担当をして、技とか教えてくれて。練習後に、何度かご飯を一緒にしてるうちに、だんだん好きになっていって……それで、私のほうから告白して、付き合い始めたの」


 一年前といったら、まさに私と安西先輩が交際開始した直後のころだ。


 付き合い出してから大して時間もたっていないのに、なんで浮気をされるないといけないのか。理不尽にもほどがある。


 安西先輩が、町道場に通っているのは知っていた。私は一度も行ったことがない。行きたいと言ったら、先輩に止められたからだ。当時は、恥ずかしがってるのかな、としか思っていなかったけど、真実は、綾子さんとの関係がバレるのを恐れたのだろう。


「かなり年下だし、厳しいかな、とは思ってたけど、真面目でイケメンで強くって、こんなにいい男にはまず巡り会えない、って考えると、逃したくない気持ちが出てきて」


 綾子さんにとってみれば、私以上に、必死だったのだろう。二八歳なら、結婚のことを真剣に考えている年頃だと思う。それだけに、かなり悔しかったと思う。


 ひとしきり綾子さんと愚痴を言い合って、一時間ほどたったところで、私たちはファミレスを出た。帰り道は別方向なので、出たところで、綾子さんとは別れた。


 人の少ない夜道、自転車を引きながら、果穂と並んで歩いていく。


「あんな人だと思わなかった」


 私はぽつりとつぶやいた。


「ナナ、どうするの? このままでいいの?」


「もういい。私が何か言っても、安西先輩は反省しないと思うから」


「でも、放ってたら、どんどん被害が広がってくよ」


 果穂の言うとおりだと思う。けど、それは私に関係のあることだろうか。私が責任を感じることなんだろうか。


「関わりたくないの。あの人には、二度と」


 心がクタクタに疲れていた。安西先輩のことは、早く忘れたかった。



 だけど、事態は私が思っているよりも、ずっと取り返しのつかないところまで来ていた。

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