ブランムースはお好き? ~ 元令嬢は、若い令息にするか、おじさん男爵にするか、それが問題だ ~

甘い秋空

一話完結 ブランムースは、王宮が抱える音楽家で、甘い恋のイメージの曲を妖艶に奏でることで



「会食があるんだ。今日は会えない」

 あ……黒髪でガッシリした体形の彼は、私の目を見ないまま、背を向け、どこかに消えていきました。


 王宮での仕事を終えた帰り道です。



 私は、男爵家の元令嬢のアンヌです。もう28歳になりました。自慢の銀髪は、手入れが行き届かず、ブルーグレー色にくすんでいます。


 消えた彼は、男爵のダンで、同じ28歳です。

 私も彼も離婚歴があり、二人とも子供はいません。


 私の離婚理由は、夫の浮気です。結婚生活は1年もありませんでした。


 ダンの離婚理由は、彼の浮気です。よく4年間もバレなかったものです。



「ダンと再会して、もう5年ですね」

 私は一人で、家への帰り道を歩きます。


 彼とは、5年前、偶然に再会しました。学園の卒業式以来でした。


 同じ離婚歴のある独身同士、意気投合して、お互いに深入りしない約束で、キスもしない、今の恋人関係へと至っています。



「何回目の浮気かしら」


 彼の浮気性は直らず、何回か別れようと考えた時もありましたが、ダラダラと付き合いが続いています。



 私の仕事は、伯爵の侍女で、王宮で働いています。

 もう8年になり、ベテラン侍女として、つつがなく働いています。



「そろそろ身の振り方を考えないと……」

 あと数カ月で、夫と別れてから、10年の節目が来ます。


 再婚の話は、22歳まで来たのですが、今ではサッパリです。


 女一人ですが、そこそこの安定した生活をおくっています。


 時々、おばさんと呼ばれる28歳です。



     ◇



「アンヌさん、僕と結婚してください」


 仕事終わり、建物の出口で、待ち伏せされていました。


 驚いたことに、美少年と言われている令息が、私に求婚してきたのです。



 この令息は、私が侍女として仕える伯爵の令息で、金髪のイケメン、少し細身で、王立学園に通う17歳です。


 そういえば、私が夫に求婚されたのも、こんな17歳の時でした。



「どうしてでしょうか?」


 ゲームに負けた罰か何かの冗談だと思いますが、一応、令息に尋ねます。



「妖艶なアンヌさんに、僕は恋をした」

 彼の目は真剣です。困りました。



「同級生の、どの令嬢よりも貴女は美しい」

 ほめられるのは嬉しいです。


 でも、勤め先のご主人と恋仲になった話は聞きますが、令息と恋仲になっても、良いのでしょうか?



「僕は、もう子供なんか卒業する」

 私の10歳ほど下、17歳ですよね。


 でも、この令息と結婚すれば、将来は伯爵夫人になれますよね。



 おじさん男爵との関係は、この際、考えないことにしましょう。



「令息様、まずは友達からお願いします」



    ◇



「あれは、ダン」


 仕事終わり、建物の出口で、ダンが、新しい恋人らしき金髪の女性と腕を組んでいます。


 また浮気したのですね。


 これまでは、お店の中だけのお付き合いで、外で一緒に腕を組むことはありませんでした。


 けど、今回は、本気なの?


 私も、新しい恋人を作って、腕でも組もうかな。




 ━━━━




 私の学園時代を思い出します。



 卒業前、17歳になると、私も同級生も、婚約者を探すことで、頭がいっぱいでした。


 私は、銀髪が珍しいと、幸いにも、たくさんの令息から声をかけられました。


 その中に、別れた夫もいました。


 そして、ダンも、いました。あの頃の彼は、女性に対してシャイでした。



 男の子たちの流行の誘いの決め言葉は「ブランムースはお好きですか」でしたね。


 夫も、流行の誘いの決め言葉でした。



 ブランムースは、王宮が抱える音楽家で、甘い恋のイメージの曲を妖艶に奏でることで、男の子にとても人気がありました。もちろん、今でも、街の裏道で微かに聞こえてくる程度の人気があります。




 ━━━━




「仕事が忙しいので、今日は会えない」


 朝、王宮へ向かう道で、ダンが言ってきました。


 遠くに、彼の新しい恋人が見えます。



 彼は、私を置いて、小走りに彼女の所へ行って、何かチケットを渡しています。


「なんだ、仕事ではないのですね」


 このまま、あの二人は、大人の恋に発展していくのでしょうか。


 ダンとは、お互いに深入りしない約束なので、邪魔することはしません。けど……



    ◇



「アンヌさん、突然だけど、今夜、空いていないか? 観劇のチケットを用意してきたんだ」


 仕事終わり、建物の出口で、美少年の令息が、私を待ち伏せして、デートに誘って来ました。


 この若い行動力が、今の私には眩しいです。



「今夜は、予定が無くなりましたので、空いています」


 私は、越えてはいけない一線を、今……



「良かった、僕はアンヌさんと、大人の恋をしたい。ブランムースは好きかい?」


 美少年の令息からの、誘いの決め言葉は、昔の男の子たちと同じ……



    ◇



「アンヌ、一人で帰るのか?」


 王宮での仕事を終えた帰り道です。後ろから、ダンの声がして、私は驚いて振り向きました。


「どうしたの、ダン。新しい恋人と、観劇に向かわないと、開演の時間に、間に合わないですよ?」


 朝、新しい恋人にチケットを渡していたのに、どうしたのでしょう?



「アンヌを見つけたら、急にお腹が痛くなった。それに、俺はブランムースなんか好きじゃない事を思い出したんだ」


 日が傾き、彼の顔を、薄い赤色に染めます。


「あら奇遇ですね、私もブランムースは、子供っぽくて好きじゃありません」


 微笑みを、返します。なんだか、幸せな気分です。



「今夜、俺の屋敷に泊まっていかないか」


「嫌です」


 目を細めて彼を睨んで、私は、いたずらっぽく背を向けます。



 遠くに、ダンの新しい恋人と、美少年の令息が、腕を組んで、街の裏道へと消えていくのが見えました。



「では、この俺は、いつどこで、アンヌにプロポーズすればいいんだ?」


 ダンが、私の前に回り込み、困ったフリをして、いたずらっぽく笑います。



「今、ここでです」


 彼の目を見つめることで、私は本気だと、語ります。



 近づくダンの唇を、私は、今やっと受け止めることができました。




 ━━ fin ━━





【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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ブランムースはお好き? ~ 元令嬢は、若い令息にするか、おじさん男爵にするか、それが問題だ ~ 甘い秋空 @Amai-Akisora

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