第17話 ガイヤの決意

 ボルクはすでに牧草地を走り回っている。チップスとミーシャもボルクと同じオレンジ色のツナギを着て、羊に絡みついている。すごい順応性だ。いつ作ったのか、背中にはミルクポットを真ん中に羊と牛とヤギのイラストが描かれている。ボルクの絵なんだろうなぁ、動物たちは丸っこい体型だ。


 ヒジュが牧草地を眺めながら、シチューとパンを食べている。ライラはゆっくりとヒジュッの後ろから横に回り、並んで腰を下ろした。

「ヒジュ、昨夜はよく眠れた?」

「やっぱりガイヤたちといるほうが安心するよ、昨日幽体になっただろ、すごく疲れたんだ」

「半透明になると疲れるの?」

「あれは、精神統一して意識を集中するんだ。そして、普段動いていない脳の一部に接続する。頭だけじゃなくて体力も消耗する」

「ヒジュ、急に年取ったみたい」

「嘘だろライラ。君と話すのが久しぶりみたいだ」

「リンダがいつも一緒だから、なんか近づき難かったのよ」

 ヒジュはため息をついた。

「リンダは姉さん気取りで僕の世話を焼いてる。母性本能を刺激するなんて生意気なことを言いやがるんだ」

「リンダは大人になるのが早かったみたいね。ミーシャやチップスより落ち着いてる」

そして、グラマスな褐色のボディーとショッキングピンクのルージュが似合っている。言葉にはしないけど。

「えー? まあそうだな、みんなのママだもんな」

「じゃあ、カストルが父さんでリンダがママだったら、あとは子供たちだね。ヒジュは?」 

「僕はライラを嫁さんにしようかな。リンダはお姑さんてどう?」

 ヒジュが笑ってる。どさくさに紛れて言ったみたいだ。ライラは思わず顔を背けてしまった。


「ヒジュ、今日は四人で治五郎さんにガイヤの意見を伝えに行くよ

「いや、まず電柱シティーをどうやって地球に持って行くか、治五郎さんを説得するだけの材料が必要だよ」


「ヒジュおはよー、そらまめも起きたよ」

きんときがコーヒーカップを手に窓辺に座った。

「昨日はくたびれたよね。朝の地球のニュース見るかい」

 久しぶりにヒジュと話せたような気がする。ライラの気分もすっかり晴れた。

きんときがモニターを付けたとたんに『太陽の紫外線が強いときには、サングラスマークを天気図に付け加える』と話している。


 ヒジュッとライラが小屋に入ると、そらまめが入って来た。

「おはよう。昨日の計算できてるよ」

「そらまめはやっぱり天才だ」

「ポールシフトはすでに始まっているんだ。七千年かけて、ゆっくり磁場が反転する。地球の火山活動が活発になってきたとして、一気にくるりとひっくり返ることはないし、今の文明なら、いや、文明がこのまま発展すれば磁気移動は止められるかも知れない」

「ねえ、そらまめ、ポールシフトをストップさせるってことなの」

「地球に行こうよ。行く方法を考えよう」

 ヒジュがガイヤに戻って来たと感じた。よそよそしい距離感はなかった。ライラは気持ちがうんと軽くなった。


「それなら僕とライラが治五郎さんに会ってガイヤの意見を伝えてくる。それには、少しは具体的な作戦を考えて、実行可能だと思わせないと」

「ヒジュ、朝めしを食べたら一緒に考えよう」

カストルが荷物の仕分けを終わり戻って来た。


 ボルクの話をどう扱うべきか。奇想天外だ。

「僕は古史古伝と呼ばれる文書や、ヲシテ文字、カタカムナ文字の文章を読んでみたんだ。だいたいが近代に作られたとされたり、原本がないので偽書とされている。こう言ったたぐいの歴史書なんて、ずいぶん後から真実と解明されて学者が慌てるんだ」

「ボルクは真実が見えてるってことね」

「ううん、古代の地球には超文明があって、異星人が導いていたとされる説は事実だと思う。日本の古事記以前に書かれた文字があちこちで発見されている。ヒエログリフには、聖域と定めた禁足地があることも示されている。それは真実だ。僕は古史古伝よりヒエログリフを読み解きたい。まだちょっと齧っただけだけど、天皇以前の日本には超古代文明が存在したんだ。シリウスたちみたいな、体の高次元の宇宙人に対抗する手段があり、それは、真実じゃないかと思っている。幽体に勝つのには、超古代に作られたヘンジョの鏡が必要なんだ。その元となる鉱物は日本のどこかから掘り出された。歪みが不規則で、シリウスたちはその鏡の反射で組織が壊れるか、なんらかの異変があり消滅するんだ」

「ヒジュ、ボルクと敵対しそうだね」

チップスは楽しんでいる。語尾が上がるのはハイテンションの時だ。

「いや、敵対はしないよ。僕はシリウスじゃないし、言うなればシリウス亜種だね。少し僕の方が優秀らしい」

 シリウスたちより上を行く高度生命体のヒジュと、古代の血を引くボルク、どちらも自称だけど。


「さあ、治五郎さんが納得する計画を作ろう。火星脱出は電柱シティーを起動させて、地球に向かうんだよね。住人の承諾は得るのかな」

そらまめのお役所的尋問が始まった。

すぐにミーシャとチップスとリンダが抜けた。牧草地に逃れたのだ。


 ライラはそらまめの後ろで窓の外を見ているゆずに気がついた。いつ起きて来たんだろ。ゆずは気配を消している。

「もちろん、一週間前にドーム修復のために移転を進める。残るなら四六時中外部作業スーツを着用する条件をだすんだ、そしたら大多数は他のドームに移転するよ」

「すごいね、カストル、まさにいいやり方だ。一日中外部作業スーツなんて拷問だよ。火星を離れたらすぐに自動操縦に切り替えて地球まで行く」

「それで?」

「俺は、南極か、アリゾナ、ゴビ砂漠あたりがいいと思う」

「カストル理由は?」

「活火山がない場所、海が遠く、岩盤が硬くない」

「それで?」

「火星を離れたら、防御シールドを張って、地球から察知されないようにする。可能だよね」

「可能だ」

ヒジュが頷いた。


そらまめはふっとゆずを振り返った。ゆずは会話を聴きながら記録を取っていたのだ。彼らもなかなかいいコンビなんだ。ヒジュの口元が綻んだ。


「電柱シティーは大気圏に突入できるのだろうか?」

カストルは初期ドームの電柱シティーの強度を心配していた。

「たぶん飛田組はこのドームを相当頑丈に作っている。可能だとしておかない?」

「ライラ、地球のどこか砂漠に降り立つ。それで俺たちは何をする?」

「シールドマシンで存在を隠しながら地下を掘る。十万人くらい住める都市を作る。一方でボルクが言ったヘンジョの鏡を、つまり、鉱物を探すんだ。ボルク、だいたいどこら辺を探すんだい」

「僕の仮説だけど、古代の古墳が入り口になっているか、禁足地で開かれてない場所、あとは沖縄と宮古島の海底神殿にヒエログリフで何か示されているんじゃないかと思っている」

「海底神殿ならゆずが詳しいんじゃないの」

そらまめがゆずを振り返った。

「海底神殿に棲む魚や海藻にはかなり詳しいけど、僕の知識は論外だよ。でも、的外れじゃないな、僕はヒジュの研究を手伝ってやる。だけど電柱シティーは日本に降りるんじゃないの?」

そうだ! アリゾナやゴビ砂漠じゃ的外れもいいとこだ。ライラはモニターに日本近海の地図を映した。


「日本なら、離島を探すしかないな。瀬戸内海か、五島列島、沖縄あたりの無人島で降りられるところを探ってみよう」

 カストルがペンライトで日本地図を丸で囲った。


「じゃあ治五郎さんには、正義をテーマに話して、協力を仰ごう。日本の聖域の情報は治五郎さんの専門分野だよ」

「だったら、ヒジュとライラだけじゃなく、カストルと僕も行くよ」

 ボルクは立ち上がったり、座ったりじたばたと落ち着きがなくなっている。カストルがボルクの肩に手を置いて、ボルクを落ち着かせた。


「僕たちは、資料を作って待つよ。リンダたちには、また今日もパーティ料理をお願いしておく。いいよね」

 ゆずがサポートに回ると申し出た。

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