第18話 ビジュのプロポーズ
山内治五郎は今日も神殿にいた。町外れの家よりは神殿の方がガイヤにとっても都合がいい。
「ほう、ガイヤたちは火星脱出はするけど、地球に向かいたいと言うんだね、全員かい」
ライラたちは治五郎さんの正面に並んで座った。ガイヤたちのおそろいのブルーのユニホームがガイヤの決意のように団結を思わせた。
「火星を捨てるしかないなら、地球を救い文明を継続させようと言うのがガイヤの考えです」
治五郎さんは眉間を押さえて少し言葉に詰まった様子だった。
「シリウス系宇宙人は我々より遥かに優れている。宇宙にとっては地球は秩序を乱す、暴走する危険をはらんでいるんだ。火器兵器を下等な人類が持つことが危険なんだよ。そうならないために長い間監視されているんだ」
ボルクが顔を真っ赤染めて、ソファーの上で正座した。
「シリウス系の宇宙人が優れているって言うのは嘘なんだ。地球は文明が発展して、火器兵器にたどり着くと滅ぼされてしまったんだよね」
「そうだとも、地球が火器兵器を持てば、宇宙も滅ぼしかねないからな」
「僕に今わかっていることは、日本の文明は滅ぼされていないんだ」
「君たちは、もうそんなことまで辿りついたんだな。さすがガイヤだ」
これまでのボルクなら治五郎さんに褒められたら、あからさまに嬉しい顔をした。しかしボルクは真顔のままだ。
「治五郎さん、卑弥呼が使っていた銅鏡なんだけど、ヘンジョの鏡の情報はあるの」
「おや、ボルクらしいなあ。つまり、継承者らしい質問じゃ、いや、私は知らない」
「古文書にヘンジョの鏡で、幽体の妖怪退治をしたと書かれている。数千の幽体が魂が尾を引くようになびき消えてしまうんだ。複数の古文書に似たようなことが書かれているよ」
「ボルク、複数だって? 日本では古文書と認められているのは四種類だ」
「それは皇室や、政府の意向なんだ。真実じゃない」
「ボルクの頭脳で考えたなら、そうだろな」
治五郎さんのボルクへの信頼は厚い。
「思い切って言うけど、ガイヤたちは地球に行く。シリウスたちの手から地球を守りたいと決めたんだ。協力して貰えないだろうか?」
「ライラ、私の一存では決められない。火星脱出だって、時間をかけて話し合ってきたんだ。あと一週間で決行することになってる」
「なんだって! 電柱シティーの住人はどうするんだ? あたしたちはそれも考えたんだよ」
「慌てなさんな、ガイヤの意見だ、聴く耳はある。だが暇がないんだ。文書にして届けてくれ。読んでおくよ。あとひとつ、これじゃ」
飛田組の若い衆が、美しい細工をしてある木箱を持って来た。牧草地の小屋には入らないほどのサイズだ。
「開けてごらん」
「棺桶かなあ」
「こら、そらまめ冗談が過ぎるぞ」
カストルが箱の蓋を持ち上げた。
「これは紙幣か?」
「ライラ、これはガイヤたちへの補償金で、負担は宇宙開発省、つまり世界が君たちへのお詫びだ。火星開発が完全に失敗に終わったのは、地球に原因がある。君たちは被害者だ。賠償金もある。十人分と、そらまめの分もせしめておいた。半分がドル、半分は円で、日本の銀行にガイヤ名義で預けてある。君らは通貨では考えられないが、小さい国の国家予算に匹敵する」
「こ、国家予算!」
「あたり前じゃ、代わりにガイヤはもう宇宙開発プロジェクトから抜けて貰う」
国家予算とは、とんでもない額に違いない。治五郎さんが言う通り、まったく想像がつかない。だけど、ないと思っていたお金だ、ありがたく頂戴した。預金の額面は三百六十億円、そして木箱の現金は、一億円。
「そらまめたちの資料は今日じゅうにできるよね」
ライラはお金の計算は諦めた。治五郎さんに従うしかないのだ。
「ライラ文書は手渡しで、カストルに頼もう。夜持って来てくれ。私は神殿にいるから」
「治五郎さんに従っても間違いはないかも知れないけど、僕はシリウスには従いたくないんだ。人類の一部が次元上昇して高度生命体になるなんて、まっぴらだ」
「ボルク、高度生命体をずいぶん嫌うね」
「ヒジュの寿命はわからないけど、人類は長く生きたって百年だろ、高度生命体は意識だけ乗り換えれば、いつまでも生きられる。他の生物の頂点に立てるんだ。君たちはそうなりたい?」
「ボルク、僕は結婚して家庭を持ち、子孫が増えることを望んでいるだろ。僕もボルクと同じ考えだ」
ライラはヒジュの氷の彫像のような横顔を覗いた。不思議な呪文を唱えたように錯覚した。呪文は真っ直ぐライラに向かって発せられた。
ヒジュのストレートな言い方は求婚と受け止めていいのだろうか? 感情が欠落しているのが、ガイヤの欠点だとしても、この唐突な言い方にどう答えればいいのか。
「ヒジュ、子孫繁栄は人類の基本じゃからな。ましてガイヤはまだ始まったばかりだ、だけど機械じゃない、それには愛情が必要だな」
「もちろんわかってますよ。僕は子供が欲しいし、子供が遊べる大地が必要なんだ。確かに宇宙で生まれたけど、電柱シティーみたいに牧草地があったり、川が流れているようなところに行きたいんだ」
「それなら、ケンタウルスの惑星なら、火星よりもなんぼかしのぎやすいぞ」
「治五郎さん、僕たちは、卑弥呼の鏡になる鉱物を探すんだ。飛田組だって木が手に入らない土地は困るでしょ、継承してゆくなら、地球の、うーん日本がいいよ。地球への宇宙人の介入を阻止して文明を継承するんだ」
ボルクの意思は治五郎さんに伝わったと思った。
「地球への帰還か……」
治五郎さんが呟くのが聞こえていた。
「治五郎さんは、ボルクを守る八咫烏のメンバーだと言ったけど、ボルクは誰の遺伝子を受け継いでいるの」
「天皇の直系じゃ、今の陛下と並ぶ。そもそも、天皇家の家系図はそんなに単純じゃない。神代の時代から伏線が張られていて、いつでも取って代われる」
「それなら、ボルクも皇族なんだ」
「今の天皇が継承できない場合には、ボルクの身分が明かされる」
「だけど、ボルクもガイヤだよね」
「ボルク、いいかい、君の親は私が火星に持ち込んだ一片の細胞じゃよ。八咫烏が守って来たんじゃ。もし地球が破壊されても、神の血筋を残さなきゃならない」
みなふんふんと聞いていた。
「僕らにはどうでもいい。ガイヤだからね。みんな一片の細胞から生まれたんだ」
ビジュが治五郎さんの前で軽く頭を下げた。
「皆んな、帰ろう」
ガイヤたちはそれを合図に神殿を出た。
「八咫烏だって、頭が混乱するよ」
「まあまあ、ボルク、君は君だ、だれでもない、気楽に行こうよ」
ボルクがへへっと笑った。
夜になって、カストルはそらまめの資料を持ってひとり神殿に向かった。
「なんだってカストル一人人呼んだんだ?」
そらまめが不安な顔で明かりを落とした外を眺めている。
「見てよ、あいつ自転車に乗ってる」
「カストルが一番体力があるんだよ。手伝わせたいことでもあるんじゃない?」
ボルクは鼻歌交じりでバラバラに切り取った楔文字を並べたり崩したり遊んでいる。ゆずときんときはモニターの前で次々に山を映して、立体画像を分析しているようだ。
「ヒジュ、結婚して子供が欲しいって、相手はあたしってこと?」
ライラは周囲にガイヤたちがいないわずかな時間に早口で言った。
「あたり前だよ、他に誰がいる? ガイヤの子孫を残すならリンダとミーシャ、チップスと君だけだ。誰だって君を選ぶよ」
なんだって? 心も氷ついているのか?
「あたしの気持ちって考えた?」
「君は小さい頃から僕が好きだったよね、僕だってそれくらい知っていたさ」
なんだろう、ビジュの冷たい顔に、ちょっと違うんじゃないかと違和感がある。
「僕たちは、ずっと一緒に育って来たんだ。誰よりも互いを理解している。地球に着いたら、大地の上で子育てしよう」
「そうね、そうしましょう」
「うん」
な、なんだ、喜んでいる。はっきり見てとれるほど、表情が緩んだ。ヒジュが笑っている? 相手がヒジュなんだから、リンダみたいにぐいぐい問い詰めないと分からないよね。ライラは言葉に詰まってしまった。
ヒジュはポケットからリングを出して「上げるよ」と言ってライラの手に握らせた。
「火星の鉱物だよ。サイズはピッタリなんだ」
「ならあたしの指にはめて」
ヒジュはリングを受け取りライラの指にはめた。
これがヒジュにできる精一杯の感情表現なのか?
「ヒジュ、やったわね、ほんとはらはらしたわ」
リンダが駆け寄りヒジュの頭を抱きしめた。ヒジュは固まってしまった。体半分が半透明になっている。精神を集中した証だ。
「ライラ、おめでとう。あんたたちがカップルだって皆んな知ってるわ。知らないのは本人たちだけよ」
チップスもミーシャも「良かったね」とやって来た。ボルクは「なんでヒジュなんだ? まあいいか」と拗ねている。
「これでカストルはあたしのものだわ」
ミーシャとチップスは「どーぞ遠慮なく」とリンダにジュースのグラスを渡して、乾杯した。
「カップルが二組成立したってこと? 」
そらまめときんとき、ゆずが顔を見合わせている。
「まだ、カストルは承知してないんじゃない?」
「そらまめ、カストルはあたしと結婚する。あたしが決めたんだから、あたり前でしょ」
「違うよ、カストルの相手は君じゃないさ、リンダはガイヤとは結ばれない」
「何ですって、ボルク許さないわよ」
ボルクはリンダに捕まらないように、牧草地に逃げて行った。
「あはははは」
笑い声は、ヒジュ?
「ヒジュの笑い声って初めて聞いたよね」
きんときとゆずが身を寄せた。ライラも目を見開いてヒジュを眺めている。
あたしたちはカップルになったらしい、とは言っても、ライラの指に赤茶色の鉱物リングがつけられているだけだ。距離感も変わらない。だけど、リンダを監視する必要がなくなった、リンダがヒジュのそばにいても気にならなくなったのは、大きな進歩だ。
カストルを待ち切れずに、皆んなベッドに入ってしまった。深夜になってもカストルは戻らない。ボルクもログハウスの戸を開けて、外に出て行ったきりだ。ライラは宇宙船のなかで手動方法が分からずに焦りまくっている夢を見た。
ガイヤたちの意思は地球に向かっている。
治五郎さんはカストルの到着を待ち侘びていた。そらまめの資料を持ったカストルが来たのは深夜になってからだ。
治五郎さんが資料に目を通すあいだ、カストルはソファーに寝転がって仮眠を取っているように見えた。カストルはそらまめから流し込まれたデータの処理をしていたのだ。治五郎さんの質問にガイヤとして答えられるか、ガイヤたちの期待に応えたいと目を閉じて作業をしていたのだ。
「カストル、分かったよ。電柱シティーを貸そう。失敗したらすぐにケフェウスに向かう。地球には火星を離れると伝えておく。奴らにも、火星を放棄すると決めた負い目があるからな」
「電柱シティーは地球の大気圏突入には耐えられるのか?」
「最初から宇宙船を建設したんだから、もちろんだ。ただし、起動実験さえしていない。命がけだよ」
「どうせ、消される運命だったんだ。命なら幾らでもかけるさ」
「ボルクの資料は面白い。私の古文書とも推理は合致する。シリウスから離れるのによいチャンスだ」
「ガイヤたちはきっと喜ぶよ」
「君たちは、アダムとイヴになる。カストル、早く子供を作りなさい」
「それもガイヤに伝えておくよ」
カストルは仮眠をとり、治五郎さんと向かい合って朝食をごちそうになった。パンもベーコンもない。シンプルな和食をはじめて食べた。治五郎さんも、地球に帰れるものなら、誰よりも帰りたいのだ。
「なあ、ボルク、治五郎さんから妙な情報を仕入れて来たんだ。『日本は世界の雛形』だって説があって、メディアもこぞって取り上げたんだって」
「あれは、それらしく物語を作り上げた人がいるんだよ。ただ、そうなったのは天皇以前の歴史や遺跡、古文書を隠してしまったことが原因だよ」
「ボルクも知っていたんだね」
「治五郎さんが地球にいたころにはその説もブームになっていたんだ。だけどあの国では、みんな陰謀説のように密かに語られるから、騙されちゃう」
「日本に行くんだろ、いろいろな場所を検討したんだけど、長崎県の五島列島の離島に絞ってみたんだ」
そらまめがモニターに地図を映した。
「無人島もいくつかあるんだけど、この一番大きな島に火山がある。有史以来活動していないんだ。火口のサイズがちょうどいいし、近くの無人島を拠点にして、地下都市が作れそうなんだ。日本は巨大地震が頻発している。このエリアはほぼ心配ないんだ。ただ、極秘作業は難しい。飛行場がある」
「五島列島面白いんじゃない、昨日話したヘンジョの鏡なんだけど、鉱物の記述を見つけたんだ『ヒイロカネ』と言って、融点が恐ろしく低いのに、ダイヤモンドより硬いらしい、まあかなりオーバーに伝わるからね」
「五島列島と関係あるの? 」
「もしかしたらね、可能性はあるんだ」
「カストル、いいんじゃない? 五島列島のここ、鬼岳」
「飛田組が行くならね、俺たちは地球に連れてってもらえればいいのさ、楽観視しようぜ。宇宙飛行士でも技術者でもないんだから、それにアリゾナだってナスカだって、シリウスと戦うことはできる。オリハルコンを見つければいいのさ」
「もう、カストルったら、こっちが真剣に話しているのに、架空の鉱物を持ち出すなんて」
地球からの緊急ニュースが飛び込んで来た。皆んながモニターの前に集まった。
ーー地球を周回する隕石群のひとつが軌道からそれたと伝えていた。直径は約二km。
「どうなるの? 」
「落下するまでに削られて、二mくらいのクレーターができるよ」
次のニュースで、地球連合群のミサイルで粉々に砕けたと伝えた。
「今夜は壮大な流星雨が見られるかもね」
リンダが興味ない様子で牧草地に出て行った。
ライラはカストルと電柱シティーの様子を見に出かけた。
「ついでに飛田組のエリアの様子も見て来る」
「僕らも行く」
「ボルクはいいけど、ヒジュはログハウスにいて! シリウスを刺激したくないよ」
「カストル、僕を刺激するのか?」
「ヒジュ、リンダと遊んでてくれ」
「僕たち、本当に地球に行くんだね。ドキドキするよ」
四人がログハウスの外に出たとたんに電柱シティーに非常ブザーが鳴り響いた。すぐその後で、外部スピーカーから『ガイヤ諸君非常召集』と、合成音声が流れた。
「わざわざ外部スピーカーって」
ヒジュが出て来た。
「全員召集だね、荷物をカバンに詰めてから行こう」
「そうね、治五郎さんはなんでもショートカットするから、とにかく急いで行くって連絡だわ」
リンダも作業着を脱ぎながら駆けて来た。
「皆んな荷物少ないね」
「リンダの化粧カバンが一番でかいよ、電柱シティーごと移動するんだから、何もいらないくらいだ。ライラは何を持ったんだ?」
「パジャマと洗面道具と、フォーク」
「僕は飛田組から借りた古文書だけ、カストルは?」
「お泊まりセットだ、ボルクのチュパチュパとクマさんリュック」
「カストル怒るぞ」
ガイヤたちはまるで遠足に出かけるように、笑い合っていた。チップスだけが羊の小屋の前で泣いている。
「チップス、ばかね、彼らも連れて行くから」
「そうなの? リンダ本当に動物たちも移動できるの?」
「当たり前だ。食糧は貴重だからね」
「ヒジュ、やめて!」
ミーシャまで泣き出した。
「ペットじゃないんだ、食糧だろ。まったく君たちはわからないよ」
カストルが笑いながら、二人の頭を交互に撫でて羊たちから引き離した。
なんと、木箱は部屋の隅に残されていた。
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