第10話 外部活動


 「二〇〇一年アメリカの衛星パーサヴィランスが火星に来て活動している。サンプルデータは二〇三〇年に地球に送られたが、多分何も見つからない。火星の起源を証明する地中データは回収されていない筈だからね」

「サンプルデータは地表近くってことね」

 チップスが顔をタオルで覆っていた。

「見ないで、すっぴんなんだから」

「チップス子供の時の顔だよ、そんなのいつも見てたんだから気にしないで」

 きんときが下からチップスの顔を観察している。チップスの目元の化粧はもはや芸術品だ。ひと回りも目が大きく見える。素顔のチップスは両目が少し離れていて、愛らしいよく動く瞳だ。


「しかも矢継ぎ早に打ち上げた人工衛星の回収はしていない、火星には無人のローバーが六台活動しているけど、すべてやりっぱなしの放置だった。今では、飛田組が回収して何かの調査に使っている」


 カストルはモニターを見ながらトーストにかぶりついた。

「ローバー貸して貰えるかなあ、地球の許可がいらない放置車でいいよね」

 ボルクよ、外に行くつもりなのか?

ライラはボルクがただをこねると手に負えなくなることを思い出した。

「ボルク、火星に水を満たす方法はないだろか? もう一度水の惑星にならないかな」

 それとなく話題の矛先を変えてみた。

「僕? それならそらまめたちが専門だろ? 火星の地下の水ってどれくらいあるの?」

「水は少しはある程度で、運河さえ満たされない」 

 そらまめがすぐさま答えた。

「地球が火星の開発を完全に諦める前に、なんとか移住可能だと証明して、プロジェクトの続行を進めて行かないと。僕らは何が出来るんだろう」


「昨夜データを読み直したんだけど、火星の起源は幾つかの話がある。パンスペルミア説は古代ギリシャの哲学から始まったんだけど、惑星が衝突して、その破片が地球になり、その時に生物の種が付着していた。アリストテレスは自然発生したと唱えていた。その後はダーウィンの進化論が世に出てきたんだ」

「ダーウィンの進化論って一八〇〇年代だよね」

「比較新しいんだな、四十億年前に地球ができて、酸素が満たされるまでに二十億年かかった。二十一世紀に入り、カナダのオンタリオ州に落ちた隕石には、数十万年前の有機物が付着していた。インドに降った赤い雨には地球で未確認の生物の痕跡が見つかった。南極の八〇〇一アランヒルズ隕石からは火星が誕生した頃の有機化合物が発見された。四十億年前の火星には海があったと考えられている」

 これまで冷たい感情のない横顔を見せていたヒジュが情報をまとめて吐き出した。


「バクテリアの一種の生物は宇宙空間に晒されてても生き残るとの研究結果があることから、40億年前に地球に降り注いだ隕石に生物の起源が付着していたと考えるのが、自然だよね」

「そらまめ、君が専門だよ、だったらなぜバクテリアさえ存在しないんだ? 」

「だから、火星にはバクテリアどころか、もっと進化した生物がいて当然なんだ。地球は独占する権利はない」


「それなら決まったね。地下の探索をしてみよう」

「あたしが行く、あとヒジュも行くわよね」

 自信家のリンダは自分が行くのが当然だと言っているが、外での活動は皆んな経験がない、ビジュが移民船の調査に参加しただけだ。

「ローバーを飛田組に借りるってこと? 」

「ボルク、地表に走っているローバーに乗ればいいのよ。借りるならシールドマシンだけど、まず痕跡を見つけないと」

ボルクが外部作業用のスーツを出して来た。三人分の非常用スーツだ。

「皆んなそれぞれ持ってるよね。僕たちの分は電柱シティオリジナルだよ。少し旧式だけどね」


 それぞれが持参したバックから、コンパクトに畳まれた非常用スーツを取り出した。

「あーそれが非常用スーツなの? まったく緊急事態を連想しないなあ、電柱シティのはどれも可愛いよね」

「今日は全員で探索しないか? 目的は放置ローバーの回収と、オリンポス山の周辺散策、どうかな? 」

「ヒジュ、全員行くよ」

 ボルクは皆んなと目を合わせた。全員が同意している。


「カストル、なんて格好をしているんだい?」

「ゆず、君もつけてみな」

 カストルはヘルメットのなかに鬼の面を被っている。

「ヒジュが昨日治五郎さんから貰った鬼のお面をつけたんだ。すごくリアルだよね。地球に送られる映像に映り込んでやるんだ、ほら、ゆず」

「カストル外は危険なんだ、あまりはしゃぐなよ。ビジュカストルにお面返してもらえよ」

 ヒジュはいつもの無表情な顔をカストルに向けた。

「ヒジュ笑ってみな」

カストルが面の上からフルフェイスのメットを付けた顔で、両手を上に上げておどけて見せた。ヒジュの眉毛が少し動いたのを、皆んなが目撃した。

「ヒジュそれが笑顔かい? お面のほうがよく喋る感じだ」

「ヒジュ気にしないで、ライラはヒジュが好きなんだって、嬉しいだろ笑ってみて」

「ボルク!」

 ボルクはライラの手から逃れて、カストルの背後に隠れた。


 全員が外部スーツに身を包むと、牧草地の壁まで歩いた。動物の脱出用の非常用ハッチを開いて、外部に通じるパイプに入った。

 

 それぞれがスーツごと被膜に包まれて、ボール状になったまま、パイプをエアーで移動して、外に吐き出された。被膜は外気に触れて『シュー』という音とともに消失した。


「外部マイクのテストをする、僕の声が聞こえているかい」

 電柱シティの三人組は両手でバツ印を作った。

「僕の声は分かる? 」

 ヒジュと、きんとき、カストル、ライラが驚いてボルクを見た。

「君たちとは脳内で会話ができるみたいだ」

 ボルクが跳ねている。カストルがボルクの手を取った。

「電柱シティの三人とヒジュは会話できる。後のメンバーは外部スピーカーで会話可能だね。じゃあ行こう。ローバーを探すんだ。外部作業は1時間、今日は無理しないで見える範囲を探す」

 

 見渡す限り砂漠だ。でかい石がゴロゴロしている。向こうに灰色のオリンポス山が美しい円錐形でそびえている。


 ローバーは遥か東に一台見えている、距離は300Kmと想定された。ライラはクレーターの外側を探るつもりか、高台に向かって歩き出した。

それぞれが違う方向を調べ始めた。


「あった、皆んな来てくれ! 」

「ライラのところに集まって! 」

 カストルとボルクはすぐに反応した。他のメンバーもライラのところにやってきた。空の色は濃い藍色で、視界は開けている。クレーターの壁十mほどのところにライラが立っている。

 振り返ると、百個以上のドームが一望できる。なるほど、電柱シティはそれぞれのドームと距離があった。


 ライラは壁の真ん中辺りで周囲を見回している。壁から突き出した岩の影にローバーが一台引っかかっている。

「カストル手伝って」

 カストルがローバーの周囲を調べている。

「簡単に外れそうだ、その岩をどかせば動く筈だ。アメリカの国旗がついている。ボルク、後で機種名を判別して!」

 先に到着したメンバー六人の手で、ローバーは軽々移動できた。

 ほんの少しの修理で稼働しそうだ。皆んなで担いで電柱シティのパイプに収納した。パイプでは、外部からの汚れを洗浄し、放射線物質を取り除く作業が自動で行われるはずだ。


「ヒジュ、ライラまだ体力あるだろ、崖を登りクレーターの外を見て来ないか?」

 一時間と言う時間は短か過ぎる、作業を進めるために三人だけ残り、崖を登った。


 大きな建造物が何もない大地は果てしない。

「ローバーをこっち側に下ろして、表面を調べながら、地下に降りる穴を探す。あそこが干上がっている運河だ、あっ、飛田組の旗がある」

 ライラの声が直接脳に響く。

「ライラ出力を弱めて、声が響き過ぎる。多分あそこが源泉の掘り出し口だよ。ほら、地表に緑が見える、あれは生物じゃないか? 苔か藻の一種だろ」

「飛田組は何を隠しているんだ、生物はいないんだろ。あれはあきらかに生物、温泉も見つけて利用可能な状態に中和した。慌てて脱出する必要は無いよ」

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