第9話 ガイヤの集合と飛田組
「遅くなってごめん、気になることがあって治五郎さんに会っていたんだ」
ヒジュは、挨拶がてらに少しだけ言い訳した。リンダはお構いなしに、ミーシャとチップスに抱きついている。リゲルは真っ直ぐに部屋に入り、空いているソファーに座った。
「皆んな、元気そうだね」
「リゲルも、ポータをしていたんだろ? 」
リゲルは金色の髪をリーゼントにまとめている。ソバカスがより濃くなっているように見えるのは、明かりのせいなのか?
「僕には火星の紫外線が強すぎて、肌を防御するのが大変さ、いつも防止クリームが欠かせないよ」
「ドームの中でもかい? 」
カストルがリゲルの肌の観察をしている。本当にカストルときたら世話焼きの婆さんみたいだ。
「あのさぁ、ポーターをしていてわかったんだけど、あの事故の前日、民間機が着陸したんだ。サマダ王国の密輸船の事故だよ」
「あああれね、ちょっとした騒ぎだったわね」
リンダが割り込んできた。
「名前は偽名だったんだ。到着したのは、ロシアとアメリカ、インド、中国のトップたちだった」
「そんなばかな、地球からトップが四人も火星に来るなんてあり得ないよ」
カストルがリゲルの話を遮った。
「そうなんだ、だけど僕にははっきり人物の特定ができた」
「でも火星でも地球でもサマダ王国密輸船だって一回流れたきりじゃない。前日の船のニュースは初耳だわ」
「リゲルが見たんだから確かだろ、だとしたら、なぜ地球を極秘に脱出したんだ」
「いや、すぐ翌日全員死亡3百人の事故だよ。陰謀かなあ、家族や友人、おそらく関係者ばかり秘密で逃げ出したなら、地球の危機だろ」
リゲルは話したい事が山ほどある。カストルは察して、ボルクのミルクを差し出した。沈静効果があるんだ。
「だとすれば、やっぱりサマダの密輸船絡みだな、まてまて慌てるなって、リゲルまずはひと休みしなよ」
暖かい湯気がリゲルの心を溶かしてゆく。
「リンダ、モデルになったんだね」
ボルクが眩しそうにリンダを見上げた。
「やっぱり辞めたのよ、あたしって魅力的すぎて、いきなり火星のイメージガールにされそうになったの。自由が拘束されるから、逃げてきたわ」
ライラは『リンダらしい』と笑った。リンダは女性のライラから見ても、素敵だ。褐色の肌に黒い髪、西洋人の輪郭とアフリカ系のボディ、ハーフなのか、クォーターなのか、人形みたいだ。
「外の人間と接触がなかったから、わからなかったけど、リンダほど綺麗な人にはまだ会ってないよ」
「まあ、ボルクったら、おませさんね」
ボルクはおでこを突かれて、気分を悪くしたようだ。
ぷいと顔を背けた。
「ボルクはすごく成長したんだ、子供扱いは禁止だよ」ライラがリンダにウィンクした。
「まあ、ボルクそんなつもりじゃないわ」
ボディにピッタリフィットした銀色のラミネートスーツの足を組み変えた。
「リンダ、僕たちは君のオムツ姿も知ってるんだから、ポーズなんかとっても無駄だよ」
ボルクがリンダをからかった。
「まったく、積もる話しは後でたっぷりしようよ」
ライラが立ち上がった。
「今夜は自由にくつろいで、明日朝にログハウスに来て、ここは飛田組の家だから詳しい話しはログハウスで」
「盗聴されてるかもな」
「ヒジュまさにその通りさ、明日待ってるからね」
ライラはさっさと、切り上げた。カストルとボルクもライラに従って屋敷を出た。
「皆んな揃ったね」
「ボルク、嬉しそうだね」
「前よりもっと好きになったんだ。ガイヤならなんでも話せるから」
これは意外な答えだ。
ボルクはちょっと距離を空けてると思っていた。
ライラとカストルに挟まれて、ボルクは天井を見上げた。
「毎晩天井を開くのかなあ、外気は入らないのか? ねえ、僕は緊急用のスーツ持ってないよ」
「問題ないよ、心配するな。だってこの前飛田組の奴ら法被姿だったよな、あの穴は見せかけだけの穴かもな」
「カストル、疑り出したら正しいものがなくなるよ」
「まったくだな」
電柱シティの赤黒い夜道は、胸が締め付けられるようだ。電柱の落とした影が生き物のように揺らいでいる。
なぜなんだ、懐かしいような気がする。三人とも不思議な感情を探りながら歩いた。
ロッジに戻った三人は、ひどい疲労感に襲われた。それぞれが顔も洗わずにベッドに潜り込んで泥のように眠った。
翌朝、ボルクはすでにシャワーも浴びて、動物たちを放牧に出した。カストルは皆んなを迎えに自転車で出かけた。ライラは火星の秘密を暴こうと、皆んなに相談する段取りを考えていた。
ボルクが朝食用のパンを切り分けているときに、ライラはハムを大量に皿に乗せている。支給品の箱が十一箱送られてきた。
「ボルクこれから毎日こんな生活になるから、皆んなでやらなきゃ、ボルクは動物の世話だけでいいんだ」
ライラが言う通り、みんながログハウスに来たらあっと言う間にテーブルに朝食が並んだ。カストルがコーヒーを淹れている。
「地球は火星の移住計画を事実上中止したようなんだ。治五郎さんはなんらかの方法で火星脱出を図っている。僕たちは火星に残るか、治五郎さんたちと火星を棄てるか決断しなけりゃならない」
ログハウスでは、それぞれが思い思いのスタイルで、朝食をモリモリとすごい勢いで食べている。
「皆んな、火星の地下があやしいことは知ってるよね」
「カストル、あたしは南極の地下に湖があることくらいしか知らないけど」
リンダが気怠そうに言った。
「本部では、火星には水もないし、大気は希薄だとの見解だ、ただ二酸化炭素の濃度には疑問があるとされているが、十年間はその話題には触れていない」
そらまめが本部の見解を示した。
「火星はまだ表面しか調査していないが、飛田組はシールドマシンを持っていた。多分温泉を掘り当てたのも、シールドマシンを使ったからだ」
ヒジュは、密入国船の捜査に行った経緯を話した。
「めんどくさいわ、皆んなでデータを交換しましょう。朝食の時間に済ませるわ」
皆んな静かになった。それぞれの脳は活発に動いている。ときどき、燻製の羊のスペアリブの匂いや、甘いスイーツの味が通り過ぎてゆく。
「僕はもう大丈夫だ、みんなもそろそろ読み込みが完了したよね」
皆んなの目が一斉にボルクに向いた。
「ボルク、まさか君は失われた種族の末裔なのか?」
ヒジュがボルクに強い視線を送った。
「遺伝子の配列が君たちと違う、僕は失われた種族ってことかな、よくわからないんだよ」
「いや、ヒジュ、君の遺伝子の配列もどこにも属さない」
そらまめがまんまるに見開いた目をビジュに向けた。
「ガイヤの親は誰かわからないだろ、すでに第二世代に未知の生物が紛れ込んでいた可能性があるね」
ゆずが慎重に言葉を選びながら話した。
「法隆寺の仏像に、三体も説明がつかない僧侶がいるだろ、ボルクのデータのやつだよ」
皆んなはすぐにボルクのデータと照合する。
「つまり、地球の、いや日本の奈良時代にはすでに地球外生命体がいた証拠だ。あの指を見てみれば、想像の産物じゃないよ」
「法隆寺の仏像とボルクに何の関係があるんだ」
カストルがボルクを引き寄せた。
「ボルクは古代語が読めるんだ。もちろん、俺たちも読めるようなった」
ゆずが古代語をモニターに表示した。
石板と、神社の柱、土に埋もれていた石碑。
「今日集まったのは、ルーツ探しじゃないんだ。火星に人類は住めるかどうかだ」
「古代に一度だけ文明を築いた形跡があるよ」
きんときは実験棟に残って研究を続けていた。
「本部のデータにはたくさんの証拠品が納められている。地球では相手にされていないけどね、僕は有力な証拠だと思っている」
「南極の下の湖だって、酸素を送ればある種の植物は育つんだ」
「だったら、なんだって移住計画を中止するんだ。これからじゃないか」
「地球からトップが逃げ出したとなると、地球滅亡はもう時間がない。飛田組がもっとヤバイものを発見したのかも知れないと、昨日治五郎さんと話してわかったんだ。しきりにガイヤに協力を要請している」
「ライラ、返事をする前に僕らで火星を調べてみようか? 地球には知られないように」
きんときがそれぞれの意思を確認している。
「消されるのは耐えがたいもの、それよりも秘密を握るのが先ね。ガイヤの誕生にも秘密や陰謀の匂いがするしね」
リンダはスパイ映画のレディみたいにいちいちポーズを決めている。ボルクは口を閉じるのに必死だ。
「今朝火星のテレビにアメリカのトップが写っていたよ。リゲル、君が見た奴らはダミーじゃないか、トップに見せかけて宇宙船の乗船券を手に入れたとかさ」
「僕、わからなくなってきた」
リゲルは簡単に意見を覆した。
ガイヤたちは火星の移住計画が中止されれば、やがて『なかったこと』として処理されるとわかっている。ガイヤたちは本能で自分たちの危険を察知した。
「どっちみち、急ぐんだな!」
ヒジュの声に、全員が同意した。
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