第11話 神域の記号

  ヒジュは岩の裂け目から中を覗いている。

「ヒジュ、通信を遮断するね。飛田組が見ているかも知れない」

 ヒジュが頭を上げた。

「岩に記号がデザインされてるの」

「リンダ、これは記号なんかじゃない、ボルクのデータでは、文字として認識されている。神の領域ってことらしい。日本の神社ではたくさん残されていて、おそらく飛田組も、神社の建設のときには、この印をつけた柱をどこかに使っている」

「飛田組の領域ってこと?」

「リンダ、こらこらしっかりしてよ、ヒジュが固まっちゃったわ。文字は風化してるじゃない、昔に刻まれたのよ」


「つまりこの下に古代の神域があるってことか」

「現在もあるかも知れない。行こう!」

「待って、危ないわ! 行きたいなら行ってもいいけどあたしは外で待つ」

「ならリゲル、チップス、ゆず、そらまめで行くよ」

 地上にはリンダときんとき、ミーシャが残った。


 裂け目の中は岩が削られ階段になっていたが、数段降りたところで、木の美しい階段に変わった。明らかに飛田組の仕事だ。階段を十段ほど下ると、岩肌に張り付くように通路が作られていた。通路を進むと、二百mほどのところにハッチがある。


「ヒジュ、帰ろうよ、皆んなで相談しよう」

きんときの提案に、ヒジュは『わかった』と確かに返事をした。


 三人が地上に戻って来たが、ヒジュはしばらく待っても来なかった。リゲルとリンダが引き返して見に行ったが、ハッチのところにヒジュはいなかった。ヒジュは一人でハッチの向こうに消えてしまった。


「ここからなら、昼間なら歩いて戻れる、これ以上は危険だよ」

 リゲルが皆んなを説得して、牧草地に戻ることにした。


「ハッチのドアの上にも飛田組の印があったよ」

 ライラは『治五郎さんに連絡する』と言い、無線を繋いだ。

「おや、ガイヤたち、早いじゃないか! もう地下ドームに行ったのかい?」

「ヒジュだけだ」

「あれは飛田組のドームだから、ヒジュなら心配ない。私からも連絡しておくよ。さっき侵入者を確保したらしい」


 みんなでボルクのカレーにありついた。

「まったくボルクは大したものだね、あたしは緊張で何も出来なかった」

「僕は役に立たないから、せめて食事の手伝いくらいしないとね」

「ボルクが一番仕事してるよ」

 カストルが骨から肉を外してボルクの皿に入れた。

「あんたたち、本当の家族のようだわ」

 リンダが指を舐めながら、ボルクに笑いかけた。

「リンダも昔より優しくなったね」

「外に出てわかったのよ、ガイヤたちは頭が良くて、優しい。ガイヤと言った途端に、モデルの仕事は入らなくなったし、だれもがよそよそしいのよ」

「やっぱりそうか! ガイヤは怪物あつかいだね。ここは牧草地で誰も来ないから、あたしたちはまだ外の世界は知らないんだ」

 ライラがコーヒーを配っている間、カストルがモニターの前に座った。


「ライラ、ヒジュが映ったよ」

 飛田組の無線ラインからヒジュの画像が送られてきた。

『みんなごめん、ドアに触れたらドームに入っちゃったんだ。ここは二千人が暮らす飛田組独自のドームで、異星人も二十人ほどいる。シリウス星人とトールグレイだ。明日帰ってから説明するよ』


「無線切れたぜ、ヒジュはコミニュケーション能力が極端に劣るからな」

「カストル、ヒジュも必要なことは話すだろ」

「ボルクはヒジュが苦手だったよな」

「違うよ、話しにくいだけだよ。表情がないだろ、いつ話しかけたらいい? 隙がないんだよ」

「私にはヒジュがすごく楽なんだ。ヒジュが黙っているときは、ずっと話してる。ヒジュはちゃんと聞いてるよ、時々頷いたり、嫌な時には目の前から消える」

「リンダみたいな子だったらヒジュも気楽かもね」

 ボルクが小さいため息をついた。


「やっぱり、迎えに行こうよ。ヒジュが心配だ。君たちは、火星に人類がいることは完全にスルーしてる」

 カストルはすでに作業用のスーツを着ている。

「行くしかないよ、カストルが落ち着かない。治五郎さんには言わないと」


 ライラは無線ラインで治五郎さんを呼び出した。

「地下ドームにヒジュが行っているけど、私たちも行っていい?」

「いいとも、ガイヤたちは地球の開発センターより賢いなあ、さすがだ」

 治五郎さんは予想していたんだ。隠すつもりもない。

「つまり、危険はないって事だよね」

そらまめが拍子抜けしたとばかりにため息をついた。


 地下の裂け目は、リンダが普通に立って入れるほどだ。階段を降りて、ハッチを開ける。

「セキュリティはないのかな?」

「考えられるとしたら、すでにガイヤは登録されているってことだな」

 カストルが先頭に立った、ボルクはカストルの肩に座っている。

「あんたたち、本当に親子みたいね」

「生意気だぞ、ミーシャ、君だって小さいだろ」

「ボルク、ミーシャは親子みたいって言っただけだぞ、違うのか?」

 カストルが朗らかな様子でボルクを担ぎ直した。

「歩くか?」

「ううん、僕はこの方が楽ちんだ」

 ハッチを抜けると、電柱シティと同じ、放射線除去装置があるパイプを徒歩で通過した。ドームが一望できるテラスに出た。エレベーターホールになっている。ガイヤは二手に分かれてエレベーターで最下層に降りた。


「異星人がいる」

 カストルが囁いた。ヒジュに似ていると、瞬時に感じたのはライラだけではないようだ。電柱シティと同じ、一般市民の服装をしている。


「やあ、ガイヤ七人と火星人三人だ。ヒジュを迎えに来たよ」

「ようこそ、シリウス星人と呼ばれている、ジャムだ」


 ジャムは薄いハイネックのオレンジ色のニットに紺色のストレートパンツを履いている。スニーカーの気軽な姿だ。皮膚は灰色がかっている。指が細くて長いのと、目が細いのが印象的だ。ヒジュみたいに鼻筋が美しくシャープだ。銀色の艶やかな髪が肩の所で切り揃えられている。


「ガイヤたちは、僕らに会ったことがあるの?」

「異星人がいないわけがないから、いつか会えると思っていたよ」

「ヒジュもそう言ってた、治五郎さんは、初めて会ったときには凄く緊張していたんだ。君たちは、まったく自然だね」


「まあ、僕らも宇宙人だからね。このドームも飛田組が作ったのかい」

「このドームには、君たちより先に火星にいた異性人が作ったんだ。宇宙服の性能が地球のものより優れているので、洞窟に拠点を置いて野外で活動していた」

 エレベーターから外に出ると、街があった。ゴミゴミしていて、スラムのような町並みだ。小さい区画の家がぎっしりと並んでいるエリアと、噴水が上がる広場がある。


「テント村だね」

「地球人に見つかるから、地上に建造物が作れないんだよ」

「火星はなにかの任務で来ているの?」

「監視してるんだよ。君たち地球って惑星の住人は破壊神て呼ばれているんだ。こんな銀河の果てで、文明を何度も破壊している」


「僕らは君たちより地球のことを知らないのかも知れない。君たちとは寿命もずいぶん違うようだ」

きんときが先頭に立って話している。研究職のきんときが異性人ジャムに異様に興味を示している。


「ヒジュが待ってるよ」

 とりあえずジャムがシンプルに分かりやすいタイプでよかった。ライラはカストルと視線を交わした。


「トールグレイは気難しい、グレイは感情を持たない彼等の奴隷だ。グレイとは会話も出来ないよ。トールグレイにとってはただの機械のパーツだ、目に余る事があるかも知れないが、干渉しないでくれ、ややこしくなるからね」

 

「シリウス星人が恒星シリウスから来ているかはわからないんだ。仮に地球人が付けた名前だからね」

ジャムの説明にボルクが付け加えた。


「ねえ、カストル、ヒジュはシリウス星人に属してるよね、二期のメンバーに異星人がいたのかも知れないよ」

「地球にはすでに多くの異星人が紛れているんだ。NASAで働く異星人にクローズアップしたジャーナリストがいたよ」

「でも、これを見たら侵略目的ではないみたい。こんな荒れた大地の地下で生活しているなんて、いったい何のために?」

「ライラ、ヒジュがいたよ、笑っているみたい」

 ボルクはカストルの背後に隠れた。

「ボルクやめてくれよ、ジャムが動揺している。僕たちは仲間なんだって説明したんだから」

確かにジャムがヒジュに距離を空けて立ち止まった。

「ああ、ジャムごめんなさい。ヒジュはすごく優しくしてくれてるよ。だけど、僕が勝手に怖がっている。ジャムも怖いんだ。表情が見えないからね」


「表情がないのは進化の過程だと思うよ。多分表情をなくすことで防御能力が高くなっているんだ」

ヒジュが笑った、眉が震えている。ガイヤたちにはかすかなヒジュの表情の変化がわかる。


「ほら、ジャム、僕たちには表情が重要なんだ。カストルなんか、黙っていても僕の気持ちをキャッチしてくれる。ヒジュは助けてほしいと言えば助けてくれるけどね」

ヒジュが合流して、地下ドームの管理棟に入った。地上のドームと同じ、町の中央にある。三階建ての最上階からはドームの中が見渡せる。


 円形のテーブルを囲んで二十人がすでに座っていた。治五郎さんが手を振っている。

「ガイヤたちだ、私の子供たち。ガイヤそこの席に座って、説明するから」

視線が集中しているのを全身に感じて、ボルクはカストルの膝に座った。

「ボルク、怖いのかい?」

カストルが冷やかした。

「僕も一緒に居てもいいのかな」

そらまめがそわそわあたりに目を配っている。

「皆の衆、そらまめは火星人一号だよ」

 拍手が起こった。


「ミーシャ、知らなかったわ、そらまめって火星人一号なの?」

チップスの囁き声が全員に聞こえた。

「今日は君たちの紹介をするために集まったんじゃない。火星の未来の問題を話すんだ。地球があまりに無知なため、火星の基地を放棄すると言っている」

「火星の基地って、いつから地球を監視しているの?」

ライラが立ったまま質問した。


 目の前には、ジャムと見た目が変わらないジャムのコピーみたいな人がたくさんいる。すぐにシリウス星人以外のメンバーは違いが見てとれた。

「簡単に紹介しようか。あの昆虫みたいなのはレプテリアンでケンタウルス星の惑星から来ている。実態だ。シリウスは多くがアパリッショナル幽体だ。ジャムは実態で大昔から火星にいる。彼等の寿命は幽体を入れ換えるから、我々地球人には理解出来ない方法で生命維持をしている。高度な生命体だ。グレイも地球にはたくさん来ていたが、地球は侵略者とみなしていた。しかし、ここにいるトールグレイは高度生命体で、グレイを管理している。我々はグレイを熟知しているつもりだったが、彼等はAIで制御されたロボットと同じ位置にいる生命体で、完全にトールグレイによってコントロールされている。地球の巨石文明は彼等によって支えられた。労働者だ」

聞きなれない言葉に、ガイヤたちは神経を集中している。レプテリアンの体からはシューシュー、ギシギシと音が発っせられている。


「その隣の美人はオリオン星系から来ている。地球のヨーロッパ、とくに北欧の人間に酷似しているので、今や共に暮らしている者もいる。オリオン星系とシリウス星系の十五人がここにいる。レプテリアンとグレイ合わせて二十種族が火星に来ているんだ。ガイヤたちよ、君らも地球外生命体だから、我々より理解もできるだろう」


 ボルクは分かったような顔でうなづくが、そらまめはテーブルに突っ伏している。そらまめが研究しているのは、まさに宇宙の生命の起源だ。海洋生物の発生のメカニズムを研究していると、すぐに地球外生命体に考えが行く。


 ライラは今後を知りたかった。牧草地での心地よい生活は維持できるのだろうか?

 地球は火星を諦めたのか? 火星の何を知っているのか?

 ガイヤが誕生したことを、宇宙はどう捉えているのか?


「ガイヤたちよ、飛田組は火星での活動を離れようかと考えている。話し合いの途中だ。地球は戦争を始めたがっているし、異星人たちが言うには、文明の終焉が迫っている。すでに四度目の過渡期であるらしい。地球に知らせた上で考えたいが、彼等は自分たちが介入すると譲らない。古代文明は彼等のサポートがあったから成し得たのだと言っている」

「待って! 僕は日本の古代文明を継承している。僕は君たちより先に地球に存在した。僕のデータには君たちを受け入れた過程を記録している」

 ボルクが自ら自分のルーツを調べた結果が出たらしい。


 異星人たちはボルクを探っている。カストルがボルクを包み込むように防御の姿勢になった。

「ガイヤよ、心配しなくても大丈夫だ。とりあえず、今日は顔合わせができた。帰ろう、それが目的だからな」


 治五郎さんが立ち上がり、異星人たちと手短に言葉を交わした。ガイヤたちはもちろんヒジュも一緒に外に待機していた飛田組の小型ヘリで牧草地に戻れた。


「一日で驚くほど調べなきゃならないことが起こったね」

チップスとミーシャが台所で食事を作り始めた。

「チップス、ミーシャ助かるよ」

「ボルク、私たちはほとんど意識停止していたの」

「ミーシャがそうした方がいいって囁いたから、私たちは疲れてないんだ。さて、何を食べたいかな?」

「ステーキと野菜スープがいいや、ボルクが意外に重たくてくたびれたよ」

カストルがボルクの頭をかき混ぜた。

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