第6話 火星の大地
密入国船の情報はあれきりだし、だいたい火星の住人は、未来なんか見ていないことが充分わかった。未来を見つめられない人間が火星に移住した訳じゃない。未来を描いて挫折した人たちが暮らしている。
「ライラ、当たり前だよ、衣食住の心配がないならのんびり過ごすだけさ、どうせ地球の管理からは抜けだせない。のんびり過ごせる日々で希望が叶ったってケースもあるかも知れないよ」
「でも、治五郎さんには何か思惑があるんだ、今は知る時ではないと言っていた。だけどそう言われると知りたくなるよね」
「だったらさ、一度火星の大地を見に行こうよ」
「ボルク外に出たら瞬殺だよ、退屈だろうけど、ここの生活に慣れるまではじっと我慢なんだ」
カストルがボルクを膝に抱き上げた。まるで親父みたいだ。ボルクはカストルの膝の上で、羊のスペアリブにかぶりついている。
牧草地の仕事は快適だった。羊や牛も丸々太って美しい毛並みを維持している。
ボルクが管理するようになって、ミルクもこれまでの倍量に増えた。牧草地には余分な雑草も生えていない。出荷も数字の入力だけだ。
電柱シティは完全循環システムのお手本だ。うまくいっている。
「だけどさ、ライラおかしいんだよ」
カストルがモニターに数字を移し出した。
「火星の総人口が十万人を超えたんだ、電柱シティは本来なら二万人を想定している。それがわずか六千人だろ? ってことは、どのドームも満員で飽和状態、建売タイプは放置している。なぜ放置する? 電柱シティのシステムを他に公表すればいいじゃないか?」
「カストル、ガイヤである自分たちと、一般の人の能力にはすごい差があるんだ。知らないのか?」
「僕は知ってるよ、この牧場には牛が千頭、羊が千頭いて、僕一人で放牧しているよね、でも他のドームでは、せいぜい二百頭しか育てられない。牧草は地球から買うんだ。牧草を育てているドームもあるけど、なかなかうまく育たない」
「牧草なんて合成肥料を少し足せば勝手に育つだろ」
「カストル合成肥料を少し足すタイミングと量はどうやって知る」
「俺の頭のなかに理想値があるんだ、温度とか、湿度とか、動物たちの数がわかれば、来月の出荷量が判るだろ、足りなかったら原因を探ればいい」
「カストル、僕らの頭脳にはキャロルのチップが埋め込まれている。酸素濃度、窒素の含有率、人間はいちいち計算しているんだよ、僕らみたいに瞬時に計算なんて出来ないんだ」
ボルクはちゃんと考えている。ライラは黙って聞くことにした。
「だからさ、二万人を養うほど循環システムは稼動できていないんだ。ドームひとつ壊れたとすると、そこから出た廃棄物はどうする? 地球は火星で処理しろと指示を出している。火星に廃棄物を処理する施設を次々に建設している」
カストルはボルクに真っ直ぐ向かい合っている。
「これじゃ、将来なんて見えないよ。僕は考えないことにしてるけど」
「な、なにを?」
「火星滅亡までのカウントダウンさ」
「ボルク、やめろ! だから容量が不足するんだ。君はそんなこと心配するなって言ってるだろ。計算なんて単純作業は、ライラと俺に任せておけ」
ボルクは見開いていた目を閉じた。
「あーそうだった、でも牛たちは元気かなって、データを見るだろ、すると勝手に計算体制に入るんだよ。計算をはじめると途中で制御できなくなる」
ライラもモニターを閉じた。
「自己制御の方法は普通に搭載されている。ボルクは制御方法を調べて、頭を整理してみな」
「標準装備だって? 知らなかった。だからいつも頭がいっぱいになっちゃうんだね」
「ライラ、またボルクが成長するぞ」
カストルはボルクの瞼を掌で塞いだ。
「カストル、君はお父さんじゃないぞ、まったく子供扱いが酷すぎる」
私たちの可能性は未知数だ。いつか世界の役に立ちたいと、ライラはガイヤ十人を頭に浮かべていた。
なにも起こらない日々は快適だった。ガイヤたちも三か月過ぎた今、まだ合流できていない。日々の生活は永遠に続くと約束されているみたいに希望に満ちていた。
そんな日々の中で、全ドームに緊急警報が響き渡った。すぐに外部作業用のスーツが目の前に吐き出された。
「わっ、わっなんだよ」
カストルは作業を中断して、ボルクにスーツを着せて酸素ボンベを背負わせた。ライラも即座に対応した。カストルは悠々と自分も身につけた。
ボルクはそんな間に動物たちを真っ先に小屋に入れた。ライラは壁のスイッチを操作して、牧草地を保護シートで覆った。
「今度はなんだって言うんだ? 避難訓練か?」
ボルクがモニターを操作して、外の画像をチェックしている。
「火星が真っ白い雲に覆われている」
「なんだ? 霧なのか、分厚い雲みたいだな」カストルが画像に張り付いた。
「わかったよ、南極の冠が異常な昇華をしている」
ボルクがなんでもないような、安堵の呟きを漏らした。
「どうなるんだ!」
「多分一時間だけだ」
ライラは即座に昇華の分析をした。一時間なら、建設中のドーム以外は耐えられる。
「激しい気象だな、前にもあったのかい?」
カストルがボルクの顔を見た。ボルクは真剣そのものだ。カストルの横顔はふざけている時と変わらない。
「年に三回くらいはあるんだ。だけどこれほど激しいのは初めてだ」
ライラが口を挟んだ。
「見て見て、ヘルメット位の塊が降っている、雹ってやつだな。えーと、南極から十km県内、あと赤道付近に灰色の濃い渦巻きがある」
ボルクが切り替えた画面は岩の塊が降っているみたいに、地面に凹みをつけている。また画像が変わった。
「飛田組が出動してる」
電柱シティの画像だ、管理棟の天辺から、ドローンが吐き出されてゆく。
三人はしばし口をつぐんだ。
「十機が飛び立ったよ、社の天辺で操縦しているらしい、人が十人位いるよ」
ライラは社に登ったんだ。
「多分、冷却剤でも撒くんだろう、カストル、冷却剤どれ位効果が有るの? 」
「この規模だと、蚊が刺した位だな」
「カストル、ふざけないで」
ボルクがほっぺたを膨らませている。
「つまり、冷却剤では効果なしってことだね。私たちも管理棟に向かおう」
牧草地を出て、エアシューターに乗った。わずか二十分でロビーに吐き出された。
被膜で包まれているとはいえ、あまり好きじゃない感覚だ。
ロビーの受付に設置されている機械にチップを読み込ませた。メッセージは何もなく、反対の外に出るドアが開いた。
「ライラ、ストレートで入れるんだな」
「そのままそこのエスカレーターで、さっき見た場所に行けるよ」
治五郎さんのペントハウスから、展望台に上がると飛田組が集合していた。
「あー、ガイヤの三人も来たな」
外部作業スーツなんか着ていない。私たちは慌てスーツを脱ぎ捨てた。
飛田組の人たちは、日本の法被姿だ。
「法被ってカッコイイけど、なんの防御効果もないんだな」
「飛田組がいるんだって鼓舞しているわけだ。こうなると、権力だな」
ライラが囁いた。
ガイヤたちは防御本能からか権力を嫌っている。だから実験棟から出られると知った途端に真っ先に逃げだしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます