第5話 ビジュとの再会
飛田組の火星での活動は、日本の伝統技術の継承だ。日本家屋はどの家も平家で、日本式の庭園がある。松の木や紅葉などが植えられているが、どれも背丈が低い。ボルクの身長ほどの木ばかりだ。
ひっそりと静まり返ったエリアは、無人のようだった。カストルが一軒の黒い板壁の家の呼び鈴を押した。
「カストルどうするつもりなんだ」
「当然防犯カメラが付いてるよ」
ボルクがライラの背中に張り付いた。
玄関の引き戸があいて、若い女性が出て来た。
支給品リストにも載っている黄緑色と黄色のストライプのエプロン姿だ。
「あらガイヤたち、えーと、カストルさんよね。そちらがライラさんと、ボルクさん」
三人はいきなり名前を呼ばれて、固まってしまった。
「私は火星人の山内雪です。第二世代の子どもよ、火星で生まれたの。父は今日、作業に外に出ています」
雪さんは、黒いボブの髪にエプロンと同じ生地の大きなリボンをカチューシャのように結んでいる。
「こんにちは、今日は飛田組の人たちが暮らすエリアの見学に来たの」
「日本家屋は美しいですね」
カストルが気取った口調で話すのがおかしいのか、ボルクは口を押さえている。
「父もおじい様もこの家が大好きなの。本当はね、電柱シティの家は全部木で造りたかったんだって」
「僕らの家もログハウスなんだ」
ボルクが無邪気な笑顔を雪さんに向けた。
雪さんの顔が綻んで、飛田組エリアの手書きの地図をくれた。
「よそのドームから観に来る人たちのために観光地図があるわ。ゆっくりして行ってね」
雪さんが柔らかな笑顔を残して玄関の引き戸を閉めてしまった。
カストルは家の裏手に回った。ライラとボルクはそれにはかまわず、隣りの家を覗いた。ボルクが家を見上げながら、ふぇーと奇妙な声を上げた。
「木組の技術が生きているよ。木組みは、建物の骨組みを作る時に釘や金物を殆ど使わず、木自体に切り込みなどを施しはめ合わせていくことなんだ」
「そんなに凄いのか?」
「木材を組み合わせる加工は機械を使わないで手仕事なのさ、一mmの狂いもなく、木と木を組み上げていくんだ」
「時間がかかるんだよね」
「地球から木材を運んでいるけど、本来なら『木をを読む』という重要な作業があるんだ。木の生育常態やそれぞれの木の性質を読み、どういう用途に適すのか決めるところから技術と経験が活かされる」
「へえ、ボルクの知識には驚かされるよ」
「僕のデータに仕込まれていた。読み上げただけだよ。実際見るのははじめてのはずだから、ライラにも入っているはずだよ」
「んー何も手がかりがないなあ」
「継手で探ってみたら」
「おわーすげぇ」
データが脳みその中に圧縮されて詰まっているのを実感した。
「ライラは女の子なんだから、そんな風に話しちゃダメだよ、リンダみたいだ」
ボルクはリンダが苦手らしい、いつもリンダと距離を開けていた気がする。ライラは口にはしなかった。
「ああ、この柱は継手だ」
「火星には長い木は運べないから、継手を駆使しているんだって、飛田組の建築技術は、地球ではすでに継承する者もいないような優れた技術を使っている」
「宇宙開発じゃなくて、技術の継承が目的で火星に移住するなんて、その考えの到達点はどこにある?」
「遺伝子レベルの継承じゃない? 僕は木の家が好きだよ。ログハウスだってさ、大地に直接触れている気がするんだ」
ボルクは自分の成長に気づいているんだろうか?
ライラは滑かなボルクの口元ばかりを見てしまう。
カストルが息を弾ませて裏手から出て来た。
「ラ、ライラ、水がある」
「水って、あるだろう循環している」
「間違えた、温泉が沸いてる」
「火星の水はあるにはあるが使いものにならない」
「今サンプルを採って成分を分析したんだ。温泉の基準値に入っている」
「ふーん、水の問題と大気は解決困難で、二十年経った時点で、火星への移住計画は中止になりそうなんだ」
「飛田組は水を作れるってことか? いや、水脈を見つけたんだ。公開情報にはないな」
カストルはフニャフニャと笑っている。
「カストル温泉に裸のお姉さんが入っていたのか?」
「ライラ、カストルがそんなの見たらひっくり返っているよ、意外に純情なんだ」
ボルクに言われちゃ形なしだ。ライラが笑う。
「重大な秘密を見つけちゃったとしたら、俺抹殺されるのか?」
ライラはカストルに雪さんの地図を渡した。温泉の赤いマークがしっかり書き込まれている。
「機密情報じゃないな、やはりそらまめたちと合流しないと分からないよ。カストル大したことじゃない」
カスルはほっとした表情を見せた。
まだ自立したばかりじゃないか。いくら焦ったって、知らない事ばかりだ。ライラは自分が何を知りたいのかさえ掴めていない。
平凡な毎日、血液も抜き取られなければ、細胞検査もない、サンプルデータを採られる長い時間もない。自分たちが研究材料にされてた記憶はどんどん隅っこに追いやられている。
「わぁーい、ライラ、カストル! 誰だと思う? ヒジュだよ、ヒジュが来た」
のんびりくつろいでモニターを見ていたライラにボルクの弾んだ声が届いた。ライラが体を起こして、入り口に顔を向けた。
ヒジュは無表情な冷たい顔をしている。吹雪の中をやってきたみたいだ。鼻筋が美しいと、ライラはいつもヒジュの横顔を褒めていた。ヒジュが無理に笑うと、引き攣った表情になり、長いまつ毛の瞼が痙攣する。氷の彫像のようなヒジュ。
ボルクに苦手な奴がいるとすれば、ヒジュだ、得意じゃない。ボルクは人当たりはいいが、打ち解けてる相手はライラとカストルだけかも知れない。三人で居る時にはこれまで見たこともないように饒舌だった。リラックスしたボルクが急成長したように感じたのだ。ヒジュは口べたで、ボルクが気にいるような優しい言葉など見つけられない。ただ、ヒジュはボルクを可愛がっていた。ボルクはヒジュに頭をかき回されると、いつもカストルの影に隠れていた。
「ヒジュ、よくすぐに来れたね」
「うん、まだ仕事が見つからないんだ。一週間で連絡が来るなんて思わなかったよ。リンダはモデルになるんだって、もう事務所に所属した。リゲルはc区のセンタービルでポーターの仕事を見つけたばかりだ、まだ抜けられないから、少し時間が欲しいって」
「ヒジュはここで暮らすかい?」
「僕は一人のほうが落ち着くんだ、せっかくだけど夕方には戻るよ、リンダが心配するしさ」
ライラが眉をひそめてヒジュを見ている。
「ヒジュ少し痩せたんじゃない?」
「移民船の事故は知ってるよね、僕は仕事がなかったから、移民船の遺体回収の仕事に行ったんだ。過去の遺物って悪口を言われているキュリオシティを遠隔操作して、写真を撮り、密入国者の身元を探す役割だった」
「キュリオシティもまだ現役で働いているんだね。あー、それなら電柱シティから飛田組が行ったよね」
ボルクがミルクを入れた紅茶を持って来た。
「ヒジュここに座って」
ボルクがムートンを敷いた椅子をすすめた。
「ボルクありがとう」
「これはね僕が育てている牛のミルクだよ。可愛いんだ、搾乳機に自分からやって来る」
「ボルクは楽しそうだね。良かった」
ヒジュがライラの顔を見た、ライラはカストルに目で合図した。
「ボルク、ヒジュに羊の肉を焼いて持たせてやらないか?」
カストルはすぐに察してヒジュから離れた。
ボルクはミルクティーを二人分トレーに載せて暖炉脇のテーブルに置いた。
「ヒジュなんだい?」
「飛田組なんだけど、遺体の回収に来たはずだったんだ。だけど掘削機に乗って来て、穴を掘り始めた」
「他のドームからは誰か参加してたのかい? 電柱シティは情報が少ないんだ」
「遺体はその穴に埋めてしまったんだ。地球に戻す予定だったはずなのに」
「遺体は見たのかい?」
「破損がひどくて、見られたもんじゃなかった。ケロイドになってる部分もあったけど、皮が剥けてしまったりね」
ライラは何気ないそぶりで、湯気が上がるカップを口元に持って来た。
こんな話はカストルにだって聞かせられない、ましてボルクには無理だった。
「飛田組に従うのが火星のルールらしいんだ。中央の管理棟に居る火星の代表はシグナルって男で、飛田組の人なんだ。つまり、火星のドンは山内治五郎なんだ」
「治五郎さんが遺体の回収をしたってのが不都合な事情ってこと?」
「いやウィルスの発生を恐れているんだと叫んでいた、それで肉片を幾つか回収しただけで、永久凍土にシールドマシンで穴を掘り、すっかり埋めてしまったんだ」
「密入国だし、少なくともひとつの国家が絡んでいる。火星ではニュースになっていたけど、地球ではこの話題には一切触れていなかったよね」
「そうなんだ、それで君たちが電柱シティにいるから何かあったのかと調べていたんだ」
「そうだったの、でも電柱シティは鎖国状態で、事故のニュースもあれきりさ」
「良かった! 君たちが無事ならそれでいい」
「だけどなぜライラはカストルとボルクを遠ざけたんだい?」
「ボルクは今急成長しているんだ。脳の空き容量が三十%しかないのにだよ。カストルが凄く心配して、ボルクには出来るだけ新たな情報は入れたくない」
「あーそうだったのか、なんでもなくてよかった」
「ボルク、カストル、肉が焼けたら一緒に話そうよ、ヒジュが恋しがってる」
ライラが息をひそめて覗いている二人に声をかけた。
「ところで、急がないからみんなで集まりたいんだ飛田組は第三ドームに拠点があるだろ、山内治五郎さんが私たちにガイヤって名前をつけたんだ。いずれ力を貸して欲しいんだって、だから一緒にいた方がいいと思う」
「んーまだよく分からないが、近いうちに二人を連れて来るよ、一度位リンダがモデルの仕事をしてからにする。なんだってリンダ最大の夢なんだ」
「リンダらしくもないね、モデルが夢なんてさ」
ボルクが戻って来て話に加わった。
四人で積もる話があるかと思えば、ガイヤはデータ交換で互いの情報はあらかた分かってしまう。夕方にはヒジュがお土産をリュックに詰めて帰って行った。
「僕たちの集いの時は、春まで待とう!」ってセリフを残した。
「ところで、アイツの春っていつなんだ?」
カストルは「変わり者だからな」とボソッ言った。ボルクは「リンダと結婚するって言ったんだ」と面白くない顔をした。
ライラにも春に集う意味が分からない。
「春ねえー」
火星にも四季はあるにはあるけど、待てばいいだけだ。
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