第4話 ガイヤの絆
ライラが目を覚ますと、ボルクが走ってきた。
「ライラ大変だよ。昨日の密入国の船だけど、シールドがダメになってたんだって、救助隊が到着したときには、船の中の人は全滅だったんだ」
「外気にさらされたんだね。密入国をするくらいだから、着陸ルートもよく知らなかったんだ。クレーターじゃなくて、砂漠に降りただろ。でも地球の様子はまったく変わってないよ、ニュースではやってない。待って、ほら火星のニュースだ! 船の国籍が出てるよ。サマダ王国の船だって」
「サマダ王国ってどこだ?」
カストルが地図を壁に投影した。
「中央アジアの小さい国で、五年前にロシアから独立したらしい」
「火星のどこにそんなに魅力があるんだ?」
「ライラ魅力じゃなくて、逃げて来たんだよ」
これまで何回も火星に来た移民船は、隕石の衝突や、計器の故障など、ほぼ毎回無傷では済まない。ただこれほどの事故は移住計画が始まって二十年、はじめてだった。地上のドームはライフラインが切断されたが、幸い非常装置が働いたりして、大きな問題は起こらなかった。
電柱シティのすべてのライフラインは、完全循環システムが成功してるって証明された。まったく被害は出ていない。
「b地区とc地区はどうかな」
「ライフラインに影響がでたのは、外側の新しく大量に建てたドームだよ。集団移住用で一万人が暮らすドームが百棟建っているんだよね」
ライラも自分の中のデータを探っている。ボルクはベッドの上で膝を抱えて、ライラから吐き出される情報を熱心に見ている。
「おーい、昨日依頼した支給品がエアーシューターで送られてきていたぞ」カストルが三個まとめてテーブルの上に持って来た。
「電柱シティの支給品てどれも可愛いいよね」
ボルクがベッドから飛び降りて、ワッペンがたくさん付いたツナギに袖を通した。ライラはグレーのトレーナーにジーンズ、花柄の割烹着を身につけて、手をぶんぶん振り回している。
カストルは白いTシャツにゴワゴワした黒い革のズボン、太いビスつきのベルトを身につけた。
「これで、銃のホルダーをここにつけられるようになってるんだ」
「カストル、ほら実験棟から持ってきたナイフとフォーク、スプーンをぶら下げときなよ、コップも下げとける。カッコイイよ」
ボルクはカストルの新しいファッションに満足していた。カストルは未完成なファッションに「そこには、弾のホルダーを装置するはずなんだ」とぶつぶつ言ってる。
「朝食は支給品のサラダとパンだよ、パンは暖炉の網で焼いてあげる。今日は卵が入ってるよ、だったらうちの羊のソーセージも焼こうよ」
ボルクは手際よく動きも軽い。インスタントの粉コーヒーにもお湯を注いで、今朝も豪華な朝食にありつけた。
「なあ、ライラ俺たちの欠陥は感情の問題だって言ったよな」
「うん、たぶんだけどね、この事故で三百人が命を失った、なにか感情は動いたかい」
「ん? 大事だ、処理は誰がどうするのかとか火星への影響とか考えてるけど」
「その人たちには家族がいるんだ。ガイヤたちみたいに家族で生活したはずだ。もし、ボルクやあたしが突然消されたらカストルはどうなる」
カストルはしばらくボルクを見詰めてた、そして「うっ、うっ、うをーん」と声を上げた。
「カストルやめてよ、僕が消されたところを想像して泣いてるんだ、まったく失礼な奴だな」
「だろ! 感情はまだ完全じゃない、悲しみや、喜びって感情もすぐには出てこないんだ、これが最大の欠陥だよ」
ボルクは朝食を食べると、すぐに牧草地に放牧している牛や山羊を見に出かけた。カストルは飼料の袋をセットしている。
ライラは注文書を見ながら、今日出庫する量を入力する。仕事は単純作業で時間もあまりかからない。ほとんどの作業は人の手を必要としない。
「さあ、そろそろ出かけないか?」
ライラがロッジの窓から顔を出した。
今日は電柱シティの東側、飛田組の木造住宅の見学に行くのだ。
「もちろん歩いて行くんだよね」
ボルクはキッチンでバスケットにサンドイッチや支給品のミニトマトを詰めている。
「牧草地の入り口に、舗道もあるし、無料の自転車が置いてあるよ」
カストルは昨日電柱シティの中を歩き回った。電柱シティの情報は調べても見つけられないとこぼしていた。
空の破れ目はすでにない、シールドでしっかり覆われている。昨夜は外部作業用のスーツを着ていたけど、今日は三人とも作業用のツナギを着ている。
空の赤銅色は、不安な気分を掻き立てる気がしてあまり好きじゃない。投影しているなら青く透き通るような空にすればいいのに。火星全土を調べるまえに、自分たちの居住区を知る必要がある。
ライラはツナギを脱いで、外出用のトレーナーに花柄の割烹着を着ると言い出した。後ろで紐をリボン結びにすると可愛いんだ。カストルがすかさず背後に回り結んでくれた。カストルは相変わらず革のズボンが気に入ってるようだ。
「女って手がかかるよなあ」
「カストル、ライラはやりやすい方だと思うだろ」
ボルクはいつだってライラも庇う。
ボルクは作業用のツナギが身体の一部のように馴染んでいる。同じ支給品ばかり色違いで十枚も注文していた。
「あたしたちガイヤが一番違うところは、火星人でも地球人でもないんだ。宇宙すべてがあたしたちの宇宙で大地を持たない」
「学者がいくらそんな理屈を言っても、俺たちの母なる大地はカプセルの中だろ、培養されたんだから」
カストルが身も蓋もないことを呟きながら、哀しげな目をライラに向けた。ボルクはバスケットを抱えて二人を見上げている。
「二人ともどうしちゃったの? 僕たちは楽しいんだから、出かけるまえに争うなんて、くだらないよ」
牧草地の入り口には、木の立て札に七つの言語で牧草地と書かれている。自分たちの存在が、はっきり示されている気がして誇らしい気分になる。
「自転車で行こうよ」
自転車は街のそこいらにあり、当然すべて乗り捨てだ。キックボードだろうが電気自動車だろうが、道筋にあるものはすべて共有物である。仕事に対する報酬はチップに書き込まれ、そこから使った分が自動で差し引かれる。
「でもさ使いきれないし、貯まった報酬は最終的にどうなるんだろう」
「電柱シティを出るときには火星の通貨に換算されるんだ。火星を出るときには、地球の行き先の通貨に換算される」
ボルクは火星の通貨をモニターに表示した。
「貨幣は存在しないらしい」
ライラも試してみたが、データとして入っていないようだ。
「だけどさ、鉱物は取引されているんだろ。あちこちで掘削しているようだ」
「でも火星の大気はまったく人が住めるようにならないし、ドームは一mmの隙間でも、死に至るんだ」
郊外の道路には障害物もなく、自転車でも十分の距離だった。
飛田組の看板が、十分ほど走ったところに建っていた。道路の分岐点で、牧草地と同じように、左折すると立体の街がある。ドームの真ん中くらいの高さまで三層になっているのが飛田組の区画だ。
途中で散歩する住人にも出会った。彼らは必ず「こんにちわ」と気持ちいい笑顔を向けた。
「す、凄いよ! 木の丸太橋から入るんだ」
「このボックスに手を入れると、チップが読み取られる。ほら、ゲートが開いた」
「ゲートって竹竿だよ」
「見かけだけだな、中に高機能センサーが仕込まれてるさ」
カストルがゲートを振り返った。すぐに施錠されたんだ。
「だけどさあ、ガイヤだけが特別じゃなくてすべての人が管理されているんだろ、なんだって自由を求めて火星に移住するんだろう」
「そうだよな、俺たちは管理されてるってことがたまらなく息苦しいんだ、だけど火星で生きるってことは、なにひとつ秘密は持てないんだろ」
「矛盾してるよね」
まったくその通りだ。そもそも火星移住計画自体が矛盾だらけなんだ。
「電柱シティは違うんだな、火星の地図でも電柱シティってのは『三ドーム 電柱シティ』と表示があるだけの砂漠だもんな、ライラはどうやって見つけたんだ?」
ライラは考えごとをしていて、カストルの話を聞き逃したらしい。もう一度カストルが同じことを言った。
「空白の地図と、飛田組、電柱シティって手がかりを抜きだした。画像もあった。ミステリアスだろ、秘密なんてない火星の秘密さ。電柱シティは知りたい者にしか見つからないんだ」
「他のドームはどうなってるんだ? 犯罪や、脱走して死者も出てるよ、交通事故だって毎日あるんだ」
「僕たちは一番いいところに住み着いたって事でしょ」
ボルクがカストルをなだめるように見上げた。
「でも怪しいんだ。電柱シティは情報を隠す必要があると思わないか?」
カストルは話しながらしきりに辺りを伺っている。
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