第3話 リボン


 放課後、理都は向田たちの軍団につるし上げられた。


 リンチされたわけではない。が、リンチも同然だ。ほとんど話したことのない男子と女子に囲まれ、巨大メジャーで体の寸法を測られ、身長を測られ(一七〇センチだと暴露された)、股下も測られ、服のサイズも白状させられた。拷問である。


 そして理都にはおよそ縁のない、華やかすぎる洋服やデパートで売られてそうな派手な帽子、ジャラジャラしたアクセサリー、その他諸々を着させられたり脱がされたり、ああじゃないこうじゃないと周囲から着せ替え人形のように扱われた。


「音羽、かっこよく歩いてみて」


 先陣を切って全体を指導している向田が、地獄のような台詞を言ってのける。


「かっこよく……? へ……?」


 理都は直立不動のまま木偶でくの坊よろしく突っ立っている。


「モデルみたいに歩いて」

「モデル見たことないし……」

「……テレビでも雑誌でも? ネットも?」

「うん……」


 向田たちは目を白黒させた。そんな人間がいるのかと顔に書いてある。珍種発見、と頭の中で思っているに違いない。


「じゃあ、ここの教室をまっすぐに進んでみて」


 彼女の指示通りに動くが、みんなに見られている緊張からか、いつも以上にかくかくした動きになっているのが自分でもわかった。


「二足歩行に成功したロボット……」

「手と足が一緒に出てる……」


 ぼそぼそと陰口が飛び交う。失礼な。


「音羽、普段の通りにできないかな?」


 向田が注文してきた。

 そうは言っても、人には向き不向きがあるのだ。


 理都は半泣きでかっこよく歩いてみるが、泣きべそ顔の状態で決められても間抜けなだけである。向田たちは「うーん」と頭を抱えてしまった。理都も頭を抱えたい。


「よしっ」


 生徒会メンバーの一人が発声よく声を上げた。長身のイケメンがこちらに熱い視線を送っている。彼は確か、ほりと名乗ったはずだ。


「特訓だ!」


 何の? とは聞けなかった。聞かなくてもわかるし、聞けるような気安い関係性でもない。


 そもそも、あなたが出演すればいいのでは? イケメンなんだから。

 なんてことは口が裂けても言えない理都だった。



   🏫



 堀はその日からさっそく、福永ふくながという男子を連れてきた。彼も堀に負けず劣らずの魅力的な外見を持った男で、だから俺じゃなくて君たち二人がランウェイ歩いたらいいじゃないと、理都は再びひねくれた。


 しかし気弱な理都に、イケメンに対抗できる術はない。カツアゲよろしく二人に連行され、生徒会の権限で強引に貸し切りにした多目的ホールに押し込められた。


「まず、その猫背を直そうか」

「僕、お金持ってないです」

「いや、そうじゃなくて。猫背を直そうか」


 堀と福永は辛抱強く理都に接した。理都は子犬のごとく震えたままだ。


「取って食おうってわけじゃないんだから、そう怯えるなよ」


 堀が苦笑する。

 二人はそれぞれ簡単な自己紹介をした後、理都を徹底的に指導し始めた。


 平たく言うと、猫背を矯正し、ウォーキングの基礎を叩き込み、最終的に表情の訓練と滑舌の改善まで取り組んだ。


 結果として、理都は身も心もボロボロになる代償に、正しくなった姿勢と若干良くなったプロポーションを手に入れたのである。


「向田、どう? 見られるようになっただろ?」


 福永は向田を呼び出して、生まれ変わった(当社比)音羽理都を差し出した。


「さすが、福永は親の血を引いてるね」


 向田は満足げに理都の様子を品定めする。お前ら人を何だと思ってるんだ、今までの俺に失礼じゃないか、と思っていても口に出せない理都。


「あ、福永はね、親が姿勢矯正のプロコーチなの。ジムのトレーナーもやってる」


 そうですか、どうりで熱の入った指導のわけだ。聞いてないけどね。


「じゃあ、いよいよ着てもらうね。この服」


 結局俺は出演するわけね。ランウェイにね。別にいいけどね。


 理都が心の中でため息を吐く中、向田は手に提げていた大きなバッグから意気揚々と例のものを取り出し、みんなの前に見せた。


 自主制作の、洋服である。


「手芸部が総力を挙げて制作した、ユニセックスファッションです!」


 おー! と歓声が上がる。


 理都もこれには驚いた。


 予想していたよりも遥かに、その服は出来が良く、垢抜けて見えたのである。


 服のフォルムはメンズアイテムだったが、袖と胸元がきゅっと引き締められていて、ところどころ控えめなフリルがあしらわれ、フェミニンな印象も与えている。かつ、下のズボンは腰の位置にスカートのような切り返しがかかっており、なるほどこれはまさしく中性的な雰囲気にあふれた服だと感じた。


 そして、何より。


 襟元につけられた、綺麗なリボン。


 大き過ぎず、派手過ぎず、それでいて洗練された作りの、深紅のリボン。


 結び目に、パールに見立てた乳白色の輝くボタンがついている。


「……リボンだ……」


 理都は思わず、感嘆の息を吐いた。

 全員の視線がこちらに向く。


「あ、いや、えっと」


 なんて言い訳したらよいかわからず、しどろもどろになってしまった理都を、みんなは優しい目で受け止めた。


「似合うと思うよ、これ」


 向田が自信に満ちあふれた瞳を向ける。

 堀と福永も「音羽にぴったりの服じゃん」と言ってくれた。


「これで今年の青コレ最優秀賞は生徒会が取れる!」


 向田の言葉に、みんなが士気を高めた。


 青コレとは、青峰あおみね高校コレクション。つまりは生徒たちが主催する、ランウェイのモデルたちに最も美しい服を作成したもの、美しくメイクを施したもの、そしてモデル自身を採点するお祭りだ。評価者は教師たちと見物の生徒たち、一般参加のお客さんなど様々である。立場も趣も違う彼らが、一番いい人に票を入れる。


「……俺で、大丈夫なのかな」


 理都は相変わらずの日陰根性を炸裂させた。これではみんなの期待に応えられないのではないか。考えなくてもいいマイナス思考が理都の頭をめぐる。


「大丈夫だよ」


 向田葉菜が力強く言った。


「だって、音羽はユニークだもん」


 きょとんと、理都は呆ける。

 俺がユニーク? 今のは聞き間違いだろうか。


「ああ、わかるよ。何かお前って、おもしろいよな」


 堀が向田に続いた。周りも同調している。


「こういう、すごく難しい服を着こなせるのって、音羽しかいないと思うんだ」


 向田は意志の強い瞳をまっすぐに向けた。

 そこには嘘もてらいもからかいもない、誠実な態度があった。


 気弱な理都は、まだ胸の内でウジウジと逃げたがっていたが、彼らの自分に対する厚い信頼に、素直に感動していた。


 嬉しかったのだ。


「こいつならできる」と、信じてもらえることが。


 生まれて初めての、心躍る体験だった。


 気づいた時には、理都の口は青コレへの前向きな姿勢で締めくくられていた。


「ありがとう。俺、がんばるよ」



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