第27話 遥か昔エリが恋した軍人さん



 近藤一家全員が亡くなった事によって梨香子は天涯孤独となっていた。神崎家は本来ならば長男が家を継ぐはずだったが、幼くして病で他界していたので、まだ結婚はしていなかったが次郎が神崎家の跡取り息子だ。


 あれだけ必ず迎えに行くと言って立ち去った母エリだったが、とうとう…待てど暮らせど母エリは迎えに来なかった。一方の次郎はとっくに地主様の不幸な出来事は聞かされていた。


 それでも…唯一の生き残り梨香子は莫大な遺産を引き継ぐことになったと、そう思われたが、何と……父優作には芸者のイチという女が居た事が判明した。更には息子までもが誕生していた事が判明した。


 梨香子は一時は近藤家に戻る予定だったが、それを断固として拒絶したのが妾のイチだった。こうして…遺産を貰い神崎家の娘として生きて行く事になった梨香子は、名前を「神崎ヤエ」と変更手続きを済ませていた。親が亡くなったので養子縁組されたのだ。


 相当額の遺産を手にした梨香子だと思われたが、遺言状が存在した。そこにはこう書かれてあった。


「家督を継ぐ者が9割の遺産を相続する事。1割が何らかの事情による非摘出子などの持ち分とする」と書かれてあった。


 それは……大地主近藤家は強欲で知られており、財産搾取を防ぐ為に生前にしたためられたものだ。


 こんな酷い話があるものか?本来ならば梨香子が受け取れる遺産が雀の涙ほどになってしまった。かと言っても弁護士を立てて徹底的に争う程の財力が有る訳でも無い。ましてや……近藤家の小作人の立場だ。土地の使用を拒絶されては生きては行けぬ。こうして涙を吞んだ。


     ★☆


 大地主の女将さんとなったイチにすれば、生き残ったエリの娘梨香子(ヤエ)が存在する事は何より恐れる事だ。それこそ裁判沙汰にされてこの家に乗り込んで来られたら大変な事。だから…徹底的に神崎家を追い詰め土地の使用料を引き上げ生活出来ない様にした。


 このイチの末柄が近藤由香里だった。


     ★☆


 60年余りが過ぎた1967年晩秋、由香里の変わり果てた姿が滝水高校のプ-ルに有った。死体には争った跡や、凶器に使われた痕跡は一切見付からなかった。だが夜にかけて一気に冷え込み気温が5℃ほどだった。プールの中の気温は氷点下であろう。警察の調べでは体の硬直具合から死亡時刻は11月某日午後5時から午後11時の間と分かった。


 後で分かった事だが、ヒートショック現象で亡くなった事が分かった。何と……由香里は10代だというのに糖尿病を発症していた。由香里は元々運動神経が抜群で陸上部の選手だった。その為スポ-ツ推薦で入学していた。


 だが、由香里は亮や恵子同様に成績も優秀だったので、特進クラスに在籍していた。2型糖尿病の発症要因は「運動不足」「高脂肪食」「体質(遺伝)」などが原因だと考えられている。しかし現在では、これらの要素に加えて「ストレス」の影響も大きいことが分かって来た。

 今まではスポ-ツ少女で運動ばかりしていたが、3年生という事で受験勉強で勉強漬けの日々を送っていた。それに家の事情で伯父さん叔母さんの家を転々と、たらい回しにされていた事から、ストレスは頂点に達していたと考えらる。


 糖尿病、脂質異常、高血圧の人はヒートショックを起こす危険性が高いとされている。 なぜなら、動脈の狭窄や閉塞によって血流が悪化することによって引き起こされるからだ。


 こうして…警察は糖尿病の影響で温かい所から(その日由香里はかなりの厚着をしていた。それは…あらたまった話し合いが持たれるので、寒くならないように用心しての事だったのかも知れない。現に話は長引いていた)一気にプールに飛び込んだ事によるヒートショック現象で亡くなったと断定した。


 それでも…何故プールに飛び込んだのかという事だ。警察の見立てでは誤って滑って落ちたと判断された。それは……滑った痕跡が確認されたからだ。


 更には担任長島先生の証言が決め手となった。

「由香里さんはクラスでもとりわけ目立たない存在で、恨みを買うなど考えられない生徒です」との供述が残っていた。


 そして……怪しい人物も浮かび上がらなかった事から、事故死として処理された。だが、供述調書に「神崎兄弟と恵子が犯行に加わった可能性も疑われたが、証拠が得られなかった」と記されてあった。


     ★☆

 だが、ベテラン刑事寅さんと新米刑事田代は不信感をぬぐえない。


「本当にどうなっているんだい?過去の大地主近藤家と小作人神崎家の過去の資料に目を通しても、延々と続く復讐の連鎖。そして10年前の近藤由香里の不審死と言い、そして今回の神崎亮バラバラ遺体殺人事件と言いどうなっているんだい?」


「あの時男子生徒の1人が、午後6時頃校舎の鍵を開けようとした時に、プールから聞こえて来た男子の声が、誰だったのかという事ですよね?」


「普通に考えたら亮君の線が一番近いと思うが?だが、亮君は由香里ちゃんに好印象を持っているから……絶対に殺害に関わっていない気がする……でも過去の地主と小作人の事を考えると……だけど……由香里ちゃんの不審死と……亮君バラバラ遺体殺人事件は、何らかの関係が有るかもしれない……」


「もっと恵子さんを調べるのはどうですか?何か……感じるんですよね……刑事の感ていうんですかね?」


「……確かに……普通じゃない感じがする」


     ★☆


 あの美しい謎に満ちた恵子を探っていく内に、意外な事実を掴むことが出来た。


 それは……150年余り前に芸者置屋に売られた近藤家に嫁いだエリだったが、若干12歳で「水揚げ」の話が持ち上がった。それは……余りにも美しい少女だったからなのだが、「水揚げ」という事は、この恩に対して大切な物(操)を差し上げるという意味だ。


 だが、小さいエリには耐えがたい苦痛だった。そして逃げて逃げて逃げて辿り着いたのが辺境の地だった。そして…小規模地主家田村家の養女として向かい入れられた。



 美しく成長したエリが名古屋の女学校に通い出した頃に、名古屋市鶴舞にある図書館で偶然にも知り合った軍人さんは実は、恵子の先祖だった事が分かって来た。


 実は…軍人さんには不幸な末路が待っていた。


 


 




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