第24話 女王様恵子


 

 小学1年の頃から恵子は由香里を知っていた。

 何故由香里を知っていたかというと、縄跳びが異常に上手い少女だったからだ。


 もう小学1年生なので両親も近所にある公園に遊びに行っても、口やかましく口出ししなくなった。それを良い事にしょっちゅう公園に遊びに行く恵子。


「変な人には絶対に付いて行ってはダメ!気を付けてね!」

 

 だから両親の目を盗んで度々公園に遊びに出掛けた恵子。両親は教員という事も有り、教育には取り分け口うるさい。そんな口うるさい両親から解放される場所。公園は恵子の唯一の楽園となって居た。


 そんなある日、どこかで見かけた事のある冴えない女の子。だが、その冴えない風貌にたがわぬ運動神経に目を奪われてしまった。

 

 それはどこからやって来るのか知らないが、ボロボロの自転車を猛スピードで漕ぎ現れたかと思えば、息もつかせぬ早業で一気に縄跳びの2重飛びを軽々とこなす身のこなしの少女の事だ。その早業に度肝を抜かれてしまった恵子はその少女に興味を持った。


「ねえ……同じ小学校じゃない?」


「私ね……あのね……光が丘小学校です」


「そうそう私も光が丘小学校……ねえ……縄跳び教えて」

 こんな出会いから徐々に仲良くなって行った。


     ★☆ 


 ある日の……それは小学2年生の事だ。

 2人がいつもの公園に向かっていると、後ろから2人の跡を執拗に付け狙っている男の陰に気付いた。


「な~んか……さっきから……ず~っと付いて来ない?」


「本当に……な~んか気味悪い……」


「一気に逃げちゃおうよ」


「キャ面白い……フッフッフ一気によ—いドン!」


「ハア💦ハア💦ワッハッハッハ—!」


「フッフッフッ逃げれた—!」

 するとその時、物陰から付け狙っていた気味悪いおじさんが話しかけて来た。


「エエェェエエエエエエエエエッ!」


「僕は週刊現実のSと言う者だが、藤本恵子ちゃんだよね?実は…今……嗚呼……ゴホン!……所で友達が一緒でも良いかい?例の連続婦女暴行殺人の事で……大熊清隆の話を聞きたいのだけれど……」


 恵子は中学3年生で父が交通事故で他界した為に、母方の姓山口姓を名乗る事になる。


「嗚呼……おじさんそんな話止めてくれる?」


「そんな事言わずに……ほれ月光仮面のカードあげるからさぁ。これ中々手に入らない珍しいカードなんだよ」


「エエェェエエエエエエエエエッ!見せて!見せて!私……月光仮面の大ファンなの。嗚呼……そう言えばこのカ-ド誰も持っていない」


「だろう?だから……おじちゃんにどんな話でも良いから大熊清隆の話聞かせて!」


 恵子の家は東京タワー完成以前からテレビが有ったので、1958年2月から始まった月光仮面を見ていた。


 実は恵子は1958年2月24日から1959年7月5日まで放送された月光仮面の大ファンで、その頃は男の子たちがこぞってチャンバラっごっこに興じていたが、お転婆な恵子は男の子に交じってチャンバラごっこをして遊ぶことが大好きだった。


 何故月光仮面が人気だったのかというと、正義の味方という肩書きと、子供の憧れでもあったバイクだった事と、正体を隠して仮面を被っていたのでミステリアス感が溢れていたからだった。 

 

「このカ-ドあげるから……お話し出来るかい?」


「由香里ちゃんどう思う?」


「だってさ……由香里ちゃんの大好きな月光仮面のカ-ド、それも……珍しいカードでしょう。貰える方が徳じゃない?」


「じゃ~私不安だから……由香里ちゃんも一緒にお話聞いてくれる?私遠縁に当たる大熊清隆おじちゃんの事、薄っすらとしか聞いていないのよ?」


「うん!一緒に聞いてあげる」


「じゃ~おじちゃん先にそのカ-ドちょうだい!」


「ハイ!これあげるね……」

 そう言って10枚も……それも珍しい月光仮面のカ-ドを貰った。


「あのね!その清隆おじちゃんはね……お父さんの方の遠い親戚なんだけど……ううん……なんかね……子供の頃から変な子供だったらしいの。なんかね……小学6年生の時に4歳の女の子に無理矢理『お医者さんごっこ』したらしいけど……親が物凄く怒ったらしいよ。だけど……清隆おじちゃんのお母さんは『お医者さんごっこくらいでに目くじらを立てるな!』と清隆おじちゃんをかばったらしいよ。あのね!私のお父さんとお母さんが……とんでもない遠縁がいて困ったもんだといつも嘆いていたよ」


「それから他に何か……聞いていないかい?」


「ううん……嗚呼……?清隆おじちゃん……勤め出して……なんかね……ううん……銭湯で……なんかね……覗き見事件を起こしたって話し聞いた事がある。それで会社首になったって……お父さんとお母さんが迷惑そうに話してるの聞いた事有るよ」


「他には?」


「ううん……もう聞いた事無い。何か……お父さんとお母さんが……私が眠った後で話しているのだけど……興奮気味に怒った話し方だから……ついつい目が覚めて……それで……知っているんだよ。でも、とても大熊おじちゃんの事は迷惑だって話していたよ」



     ◇◇


 月日は流れた。由香里はいくら貧乏そうで貧相な女の子でも、スポ-ツ万能だったので皆の人気者だった。だが、父親の仕事が失敗続きで4年生の二学期から叔母さんの家に引き取られてしまい、一気に覇気の無い暗い少女になってしまった。


 そんな事情から叔母さん家族から邪魔者扱いをされて…洗濯したかしないか分からない様なシワクチャな服装で学校に来るようになった。


 汚らしい由香里は、皆の虐めの標的になってしまった。


 そこで……今までは良い時も悪い時も、いつもどんな時も一緒だった恵子が同じクラスという事で、助けてくれると思いきや、お友達だという事をおくびにも出さず、庇うどころか一緒になって暴言を吐き無視し出した。


 何とも酷い恵子だが、恵子は家庭環境に大きな不満を抱えていた。恵子の父親は校長先生なのだが、家庭では権力を振りかざして、家族を日常的に罵倒し暴力を振るっているのだ。それでも…逆らうことが出来ずに、そのうっ憤を晴らす相手が気の弱い由香里だった。


 だから…恵子にすれば子供ながらに由香里は対等では無い汚らしい子で、仕方なく付き合ってやっている。

「こんな子と、この私が友達になってやっている」そんな上目線の付き合いで、女王様と子分的な考えしかない。


 

 一方の由香里にすれば、今までの友情関係は一体何だったのか?

 由香里は元来大人しい性格で、恵子だけが大切な友達。その為恵子との友情を大切にする余りに、どんな無理難題も受け入れて来た。


 恵子が学校で不利な状態に追い込まれた時、真っ先に恵子の相談に乗ってやったのは由香里だった。


 例えば……恵子がA子の悪口を他の子に話した事が、A子にバレてしまい大喧嘩になってしまったのだった。その時は由香里が恵子から「何とかして欲しい」と頼まれて仲裁に入り事なきを得た。


 このように恵子は気性が激しいのでしょっちゅう揉め事を起こしていた。それを治めていたのは、いつも由香里の役目だった。それなのに……今最大のピンチに見舞われた由香里を助けるどころか、一緒になって無視するなんて……由香里はとうとう恵子に我慢出来なくなってしまった。


 そこで腹に据え兼ねた由香里は、今まで耐えに耐えたうっ憤が爆発してしまった。興奮して皆の前でとんでもない事を言ってしまった。


「恵子ちゃんはね、大殺人鬼の誰もが知っている大熊清隆の親戚なんだよ!」


 テレビが急激に普及した事によって、昭和の大殺人鬼特集がよく組まれていた。それなので、誰もが知っている連続婦女暴行殺人事件犯人「大熊清隆」が、恵子の親戚だと分って恵子は学校での居場所をすっかり奪われてしまった。

 

 こうして…色んな伏線が複雑に絡み合い事件に突き進んで行く事となる。



 ※日本でテレビ放送が始まったのは昭和28年(1953)2月1日。その後、テレビが急速に普及するなかで、各局が自前の電波塔を持っていたため、電波が混線したり届かなかったりする問題が発生した。東京タワーはそれまで各テレビ局が持っていたテレビ塔を一本化するとともに、高層部に展望台を設けるなど観光客向けの機能も持つ総合的な施設として建設された。


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