第22話 美しい恵子
1977年5月某日早朝、名古屋市熱田区の公園や民家の敷地内で見付かったバラバラ遺体殺害事件。調べを進めていくとその遺体は神崎兄弟の弟で神崎亮の遺体である事が判明した。
この事件を担当する事になったベテラン刑事寅さんと新米刑事田代は、第一容疑者として名前が挙がった妻美枝子だったが、アリバイが有る事が判明して亮殺害から外れた事により次に怪しい、まず一番直近の深い付き合いが有った4人を徹底的に調べる事にした。
そして…事件の大きなカギを握る由香里殺害事件の経緯を追う為に、有名進学校「滝水高校」の現場にやって来た。すると……あの当時の由香里の担任で現在は教頭の地位にある45歳の教頭長島が、対応に当たってくれる事になった。
話も大詰めに差し掛かった頃、教頭から思いも寄らない重要証言を得ることが出来た。
「チョットお聞きしたいのですが、神崎茂君と亮君、それに山口恵子さんの3人の話は何か……耳にしていませんでしたか?」寅さんが教頭に質問した。
「嗚呼……神崎亮君は我が校のスター的存在でした。成績優秀で女の子に圧倒的人気でした。それと……恵子さんも成績優秀で綺麗な生徒でしたよ。ただ……その……神崎茂君の事は知りません。我が校の生徒では有りませんから……」
「それでは……その当時……亮君と恵子さんの話は何か出ませんでしたか?」
「全く聞いていません。エエ――――ッ!って事は亮君と恵子さんの2人に容疑が掛かっているのですか?……嗚呼……でも……事件が風化した頃……1人の生徒が……言っていた事を思い出しました。その子は臆病な男の子で、あの当時全校集会でもあれだけ皆に協力を仰いだにも拘らず、手を挙げなかったので……後から……人づてに聞いたのですが、その生徒が忘れ物をして学校に戻った時に、プ-ルからわめき声がしたというのです。時間帯もかなり遅い時間で午後6時頃だったと言うのです。でも鍵が開いていなくて入れず引き返したと言うのです。だから……由香里さんは誰かと一緒にプ-ルに居た事になります。でも……その子に問い質しても多分……男の子の声だった気がします。だけなんです。あの時の校長の指示でそれ以上大ごとになったら我が校の恥、名誉の為にも、もうこれ以上の大ごとにはしない方針に変わったのです」
「ハァ!そうでしたか?って事は……あっ!我々はこれで失礼致します」
寅さんと田代刑事の2人は好感触を掴み、そそくさと学校を後にした。
「オイ!いよいよ犯人の目星がついて来たな。男の子の声という事はだな、由香里さん殺害事件は神崎兄弟が一番犯行に近い存在って事だなぁ!」
「本当ですね。亮は亡くなっているので兄茂夫婦に事情聴取しましょう」
車は一路神崎邸へ。
◇◇
立派な門構えの豪邸に到着した寅さんと田代刑事はインタ―ホンを押した
”ピンポン“ ”ピンポン”
5月も半ば過ぎの夕暮れ時に到着した2人だったが、庭先には深紅のバラや高潔な紫色のバラ、更には上品な白のバラの花が夕日に照らされ、一層煌びやかさを増し、この豪邸に負けない華やかさで咲き誇っていた。
そこに美しい妻の恵子が、ヒマワリをあしらったワンピース姿で応対に出た。鮮やかなヒマワリに負けない華やかで美しい妻恵子に2人は度肝を抜かれた。
それは弟亮に袖にされ、兄茂に同情心から仕方なく結婚せざるを得なくなった気の毒な女性のイメージから、余りにも程遠いものだったからだ。
刑事2人は4人の交際の中で、この恵子を巡って……大きな恋模様のドロドロとした軋轢(あつれき)があった事を、感じざるを得えなかった。それだけ男を惹きつける魅力的な女性という事になる。
「愛知県警の刑事だが……チョットお聞きしたい事が有るのですが?弟亮さんのバラバラ遺体殺人事件で伺いたいことが有りまして……」
「どうぞお上がり下さいませ」
応接室に通された2人は早速弟亮の事件を聞き出した。
「あの……勘当同然だった亮さんとは最近は、付き合いはあったのでしょうか?また……最近亮さんから連絡は有ったのですか?」
「それが……夫茂が言うには、お金を貸して欲しいと言って来たので……何度か会ったと言っておりました。それでも…そんなに切羽詰まっている様子でも無かったと言っておりました」
「嗚呼……なるほどですね?って事は……兄茂さんと弟亮さんの関係は悪くなかったという事ですね?」
「そう思います」
「それでは、あなたは高校生の頃から弟亮さんと交際していたのに、何故あっさり諦めて兄の茂さんと結婚したのですか?4人の間に争いは起こらなかったのですか?」
「嗚呼……それは……由香里が私の家の秘密をぶちまけた事が原因で、私と亮には亀裂が入ったのです。私もあの時は苦しみました」
「……ううん?でも……滝水高校の担任長島先生の話では……由香里さんは大人しい性格で……そして…あの……恵子さんが由香里さんを……あの……あの……支配していた様に見受けられましたと、長島先生から聞きました。だから……亮さん殺害事件直後に、まず兄茂さんに事情聴取した時に4人の関係を尋ねたのですが『由香里さんが人の陰口ばかり言って歩くから敵が多かった』とお聞きしましたが、茂さんとそうあなたです。夫婦で口裏合わせをしていた事も十分に考えられます。両方の意見を聞かないとハッキリしませんね?あなたのおっしゃる告げ口を由香里さんが亮さんにしたのだって、大人しい由香里さんだったら……あの……ひょっとして……溜まりに溜まったうっ憤が爆発したって事も有るのでは……」
一瞬怪訝なそぶりを見せた恵子だったが、すぐさま平常心を取り戻して言い放った。
「夫がそのように言っていたのなら、やはり夫茂も由香里にそう感じたのだと思いますよ?」
「……そうですか?」
寅さんは表情や言葉の語尾から妻恵子が夫茂に「由香里さんが人の陰口ばかり言って歩くから敵が多かった」と言い含めた感は否めないと感じ取った。
そして…寅さんと田代刑事の2人は、この美しい恵子の妖しい美しさの陰に潜む、何とも形容しがたい不気味さに不安をぬぐい切れない。
それでも…これ以上押し問答をしても、恵子を怒らせるだけだと感じた2人は話を切り替えた。
「それでは10年前に不審死をした由香里さんの事を詳しくお聞かせ下さい」
「あの時は本当に驚きました。大切なお友達を失って私も、あの当時はショックで学校を2日間も休みました。一体誰があんな惨い事を?」
「そこでお聞きしたいのですが、お友達の恵子さんだったら分かると思いますが、由香里さんのどんな些細な事でもお聞きしたいのですが?アッそれから……由香里さんは誰かに恨まれてはいませんでしたか?」
「そうですねぇ……由香里の家は元豪農大地主だったらしいですが、1946年戦後の農地改革で、豪農大地主だった由香里の家は、農家が主だった収入源だったにも拘らず、田畑の大部分を没落されてしまったらしく、普通の家庭よりやや貧乏の中で育ったみたいです。それというのも由香里の両親は苦労知らずの、人を疑う事を知らないお坊ちゃまとお嬢様で、お母様もお姫様の様に育てられた人で清廉潔白な、人を疑う事を全く知らない人だったらしく、貯えも有ったには有ったのですが、あちこちでうまい話に乗せられ騙されて、あっという間に二束三文になったらしいのです。それでも…私達の高校は私立でしたので県立高校よりも授業料は高いです。だから……よく私に『お金貸して頂戴』と行って来ました。そんな訳で…授業料の滞納も結構あったみたいです」
「他に由香里さんの事で、何かありませんでしたか?」
「……確かに私が嫁いだ神崎家は、以前は小作農家だったらしいですが、娘さんたちが、良家に嫁いだ事で……豪農地主由香里ちゃんの家の土地を大量に買い占めたと聞いた事が有ります」
「それでも…豪農大地主近藤家の子孫由香里ちゃんは、クラスが一緒だった殺害された元小作人で現在は不動産会社経営のお坊ちゃま亮君とは、お友達だったのだから……過去のわだかまりはなさそうに感じますが……」
「私も……過去の地主と小作人の関係はもう風化されていると思います。ただ由香里ちゃんは高校生の時には親があのように世間知らずで、職に就いても我慢が出来ず転々としていたようで……叔母さんや伯父さんの家を転々としていたようです。だから……いじけている所が有ると言うか、人の陰口をあちこちで吹聴する癖が有りました。誰でも噂話は好きですが、由香里は常軌を逸していると言うか?徹底的に追い詰めるのです。だから……恨んでいる人も多かったと思います」
「きっと伯父さんや叔母さんの家をたらい回しになって、苦労していたのかも知れないね」
「嗚呼……聞いた事が有ります。『お前のような、いらない子を背負わされた私達の身にもなって頂戴!』そう叔母さんに言われていたみたいです。だから……家に帰っても居場所が無いと言っていました」
「……でも……由香里さんがプ-ルで死亡した日に、プ-ルで由香里さんと……あと1人男の子の声がしたと聞いているのですが、ひょっとして亮君だったのではありませんか?」
「……そそ それは……ないと思いますが?」
うろたえ狼狽する恵子。あの日一体何が有ったのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます