第19話 三角関係
「キャキャ――――――――――ッ!ヤヤ 止めて下さい!」
エリは舅と夫清の三角関係の縺れから一時的に逃げて逃げて逃げて両親の住む岐阜県多治見市に辿り着いた。だが、両親宅には絶対に行けない。それは…娘梨香子を近藤家に取られてしまうからだ。エリはどんな事をしても娘梨香子と2人だけで生きる事を決意していた。
そして…10年前にこの多治見のお寺の境内で助けて貰った少年たちとは、エリの少女時代にすっかりお友達関係が築かれていた。
エリは梨香子を抱えて逃げて逃げてやっとの事、神崎家の息子で小作人の息子次郎に、金貨とお金を渡して「少しの間梨香子をお願いします」と言って逃げた。それはあの卑しい舅から逃げ出して来たのだった。
だが、エリはその後どうなった事か、そこには想像だにしない悲劇が繰り広げられていた。
そして…梨香子は母エリと永遠の別れを迎えていた。更には……近藤家では…恐ろしい惨劇が起こっていて、誰一人として梨香子を迎えに来たくても来れなかったのだ。
母エリが最後に次郎に言い残した言葉それはどんな言葉だったのか?
「どんな事をしても、この梨香子を守って下さい。追っ手が追いかけて来ない為にも名前を変えて……どうか……どうか……暫くの間お願いします。私は必ず梨香子を迎えに来ます」
あの時は少年だった次郎は、一家の大黒柱として小作人ながら独り立ちしていた。こうして梨香子は名前を神崎ヤエとして生きて行く事になった。
◇◇
どうしてエリは、このような状況に追い込まれてしまったのか?
実は…事件の発端は母カヨだった。カヨは当主で夫優作の事では並々ならぬ積年の恨みを抱えていた。それは……一度ならずも二度も夫の醜態を見せ付けられた事への憤り、それも一番有ってはならぬ腸をかきむしられるほどの一撃を喰らわされていた。
頭に血が上り、血が激流して焼き殺しても足りないほどの激しい嫉妬にかられた出来事。夫優作の愛の頂点現場を二度も見せ付けられて、腸が煮えくり返り改めて自分にもまだ女の部分が有った事を、まざまざと思い知らされる事件だった。
それも……この世の者とは思えない美しいエリとのセックス現場を目の当たりにして、この今の気持ちをどう整理したらいいものか、手立てが見つからなかった。
当然以前の芸者との本番を目の当たりに許しがたいものが有ったが、それはカヨを追い出したくて敢えて醜態を見せ付けて追い出そうとした感が強かったのだが、あの頃は大地主様で政治家という、二足の草鞋を履く飛ぶ鳥を落とす勢いの優作だったので、優作の周りに寄って来る女性達も名立たる女性達ばかりだった。
後援会に名を連ねる貴族の子女や有名詩人、作家、更にはブルジョアに至るまで優作の周りには名立たる女性達が言い寄っていた。そんな名立たる女性達からすれば、冴えない年増の妻カヨなど目にも止まらない。
いくら可愛い息子の母親だとしても、自分の思い描く女性と結婚すれば幾らでも子宝には恵まれる。あんな落ちぶれ果てた織物問屋の実家が、バックに付いている冴えない女なんか、何の役にも立たない。だから天狗になり、調子に乗りまくっていた頃だ。
カヨにすればあの頃は清がまだ幼かったのと、弟が不出来で実家に援助をして貰わなければ困るので絶えることが出来た。それから……名立たる女達も政治家の力を借りて自分達に都合よく引き立てて貰えればいいのだ。事がうまく運べば去って行ってしまった。
それから……目の前で芸者との本番を見せられたからといっても、一流芸者ではない、所詮蹴転(けころ)と呼ばれる町芸者で、簡単に身を売る尻軽女。その時はカッとなったが、所詮遊び女と割り切れた。
だが、エリは違う息子の嫁で尚且つどこにもいない絶世の美女。夫優作のうっとりした顔から放たれる真剣度の伝わって来る交わりをまざまざと見せ付けられて、今までこれ程嫉妬した事など一度たりとも無かった。
それこそ目の前で行われている行為が、現実であると到底受け止められなくて、涙が滝のように溢れ出て、そして改めて自分の不甲斐なさ、魅力の無さに現実をシャットダウンして、いっその事この世の全てを焼き尽くしてしまいたい。そして…幾度となく激しい嫉妬が波のように押し寄せて来た。
だが、狂ったカヨが火を付けようとした矢先に、女中2人が総がかりで引き止めたので大事には至らなかった。
◇◇
余りにも美しいエリの交わりを目の前に、そして今まで一度たりとも見た事が無かった優作の満足そのものの表情といい、エリに対する真剣度がヒシヒシと伝わり、魔性の女エリに対しての対抗意識などとっくに萎えてしまい、全てが狂ってしまう恐怖心が押し寄せて来た。
これでは私は完全に用無しだ。私の入る余地など……どこにもない。カヨは自分の感情を整理出来なくて只々涙にくれた。
◇◇
カヨは考えた。自分がこの家で生きていける道はただ一つ。それは息子清の力を借りる事。こうして清に優作とエリの関係を告白した。
恐ろしい事件の幕開けが……。
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