第17話 義父優作
エリは大切な両親の為に大地主近藤家の長男清との結婚を決意した。だが、その話に待ったを掛けたのが、近藤家当主優作だった。
「持参金も持って来れない、ましてや税金が払えなくて土地を売り払っている貧乏地主の田村家の娘など断じて許さぬ!我が家の足を引っ張る田村家の娘など絶対許さぬ!」
持参金どころか、土地の一部をこの近藤家に売る話になって居る、そんな家の娘との結婚なんか考えられないと大激怒。
だが、清は父に田村家に多額の借金、税金滞納金がある事実も話していなかった。そんな話をすれば益々大変なことになる。
「お父様……僕は……僕は……エリとしか結婚は考えられない。もし結婚が出来ないのであれば家を出てエリと結婚します」
「嗚呼……そうすればいい!キサマなど親でも子でもない。出て行け!」
「あなた……そこまで言わなくても……たった1人の息子が出て行ったら……跡継ぎが居なくなってしまいます」
「駄目だ!ダメだ!ダメだ!絶対許さん!」
「僕はエリと一緒になれなかったら死んだ方がマシだ!」
「エエエエエエェェエエエエエエッ!」
「あなた滅茶苦茶な事言わないで下さい。子供が出来なくて10年目でやっと誕生した子供に死なれたら、私たちの将来はどうなるのですか?」
「…………」
◇◇
「たたた 大変です。ぼぼぼ坊ちゃまが……あの……坊ちゃまが……手首を切って」
「エエエ―――――ッ!」
慌てて清の部屋に急いだ両親は卒倒した。何と息子が手首を切って自殺を図った。
「キャ――――――――――ッ!」
「清オイ!清しっかりしろ!」
「ウウウ(´;ω;`)ウゥゥワァ~~~ン😭ワァ~~~ン😭ワァ~~ン😭ワァ~~~~」
だが、医者が急いで来てくれ応急処置が施されたので一命は取り止めた。あれだけ頑固な父も仕方なく結婚を承諾した。
こうして…近藤家にとっては何の得にもならない結婚が執り行われた。
地主の家に相応しくない昔ながらの日本家屋に、人力舎が到着した。すると文欽高島田の美しい花嫁エリが仲人さんに手を引かれ人力車に乗り込んだ。
こうして…多治見の田村家から延々と花嫁道中が「嫁入りよ~!」の露払いの声が響き渡る中、親戚一同が続き温かい歓声に包まれながらの練り歩きとなった。挙式会場でもある神社へと通じる参道へ到着!
天からも祝福を受けるかのように晴天にも恵まれ、おごそかな花嫁道中となった。
こうして…400m程の距離にある厳かな神社の神楽殿にて、三祝詞奏上、三三九度、誓詞、玉串拝礼等の一連の儀式がしめやかに執り行われた。
神様の前で契りを交わし、はれて夫婦となった2人。
◇◇
昔は結婚成金と言って、嫁ぐ際には持参金を、その家の格式相応の持参金という相場が有ったらしい。そこで嫁に難癖をつけて離婚を繰り返し結婚成金となった仲人や夫も居たらしい。
江戸初期に町医者がいた。多数の商家に出入りしていた町医者だったが、仕事柄顔が広かった町医者は、度々「うちの息子の嫁になってくれる娘はおらんかね。いい年で心配でのう?」などの相談をもちかけられるようになる。
こうしてあらゆる相談に乗って荒稼ぎをしていたが、気付けば仲介料の方が儲かり、医者の仕事より稼いでいた。こんな話を聞いた事がある。
持参金とは、結婚する際に妻が夫の元に嫁入りする際に持参するものだが、離婚した場合は、全額返却しなければならない。中には、妻の持参金の利息だけで生活費を賄う夫もあった。持参金を見くびっては行けない。当時は重要だった。
ここで問題なのが、器量よしの娘は直ぐに縁談がまとまったし持参金不要の場合もあった。
そこで考えた仲人は、良縁だろうが何だろうが関係ない。自分さえ儲かれば良いのだ。しかし、器量良しだったらお金にならない事も多々あった。仲人は持参金に対して1割の報酬体系だから、それを手にするには、器量のよろしくない娘に多額の持参金を付けて、無理やりでも縁談をまとめようと考えた。
男の方も縁談の相手が器量悪しと聞いて即座に断るのだが、持参金の大きさを聞いて目の色を変える。こうした持参金目当ての結婚は、昔は当たり前のように有ったらしい。
◇◇
清とエリは夫婦となって同じ敷地内の別棟に、2人だけの家を建てて貰い新婚生活が始まった。そして…あんなに恋焦がれた軍人さんとも、もう会う事など有る筈もなく、忙しい毎日の中で忘れ去られて行った。
田村の両親も近藤家の援助で何とか持ちこたえ幸せに暮らしている。更には蚕業(蚕(カイコ)を飼育し繭を生産する養蚕業)を副業として始めた。これで生活も軌道に乗った。
エリは決して自分が好き好んで結婚した訳でも無いが、田村家の窮地を救う為に身を投げ出し結婚したが、それでも優しい夫と義父母に囲まれ、子供時代の地獄のような日々に比べて夢のような幸せを掴むことが出来た。
◇◇
ある日近藤家が企業に投資する事になり夫の清が東京に出掛けた。
近藤家は小作米を販売し、さらに蓄財で金融業を営み、金銭の貸し出しを行っていた。貸し出しの対象は小作人たちがほとんどだった。
更にその儲かったお金を地主達は、国立・私立の銀行や銀行類似会社に投資を行った。こうして益々力を持った地主たちは、商工業に投資(将来を見込んで金銭や力をつぎ込むこと)するなどして資本家(企業などに出資(お金を貸)し、最終的に残った利益の配分をいただく人)となった。やがて政府に対する力を発揮するようになり、政治家として活躍する地主も多くいた。
◇◇
現在夫の清は投資話で金融機関や企業を駆け回っている。そして…可愛い娘梨香子も授かり何の悩みも無い幸せ過ぎる時間が過ぎて行った。
だが、最近義母の容態が芳しくない。あんなに優しかった義母が最近病に伏せっているのだ。
「お母様お加減は如何ですか?」
「ありがとうエリ……私は大丈夫だよ。それより梨香子の面倒を見てやっておくれ」
「お母さま何でも言って下さいね」
だが、義母の容態は好転する事無く悪化の一途を辿って行った。こうして…入院せざるを得なくなってしまった。
エリは梨香子の面倒と病院通いの日々で毎日てんやわんやだ。夫清は相変わらず投資話で駆け回っている。梨香子を寝付かせやっとのこと眠りに付いたエリ。
すると知らぬ間に義父がエリの寝室に潜り込みエリに覆いかぶさり、着物をはだけ出した。エリは疲れてぐっすり眠っている。そんな恐ろしい行為が行われようとは、よもや思わず安心して熟睡していた。
「……ううん……息苦しい。どう……どうしたのだろうか?」
それでも……眠さが勝ち眠り始めた。だが、何か……生ぬるいものが、身体を這いずり回っている。
ハッと目が覚めたエリは何と言う事だろう。義父優作がエリに覆いかぶさりギラギラした目で身体を舐め回しているではないか、これは一体?
「お父様……なっな 何をなさるのですか?オオお止め下さい!」
エリは懸命に優作を跳ね除けようとしたが、どうにも出来ない。その時慌てて、寝室の鏡台に入っていたかんざしを首に突きつけ言った。
「お父様お止め下さい。もしこれ以上私に近付くのであれば私はこのかんざしで、首を一思いに刺します」
「ワッ分かった。分かった。ヤメテクレ!そんな危険な事だけは止めてくれ!」
実は…父優作は最初に会った時からエリに恋してしまった。だからエリに嫌われたくなかったので、田村家に多額の借金があると聞いても、本来ならば暴れる所だったが、エリを思う余りにエリにお金を渡していた。
可愛い息子の嫁だからそんな気持ちは持つまいと必死に耐えていたが、妻は入院し、清は仕事で出払っている。抑えきれなくなった優作は65歳だというのに、もう幾ばくも生きれないと思えば人生に大きな未練が残るのだ。
それは幾らお金が有ってもむなしい。やはり最終的には己の気持ちが一番大切であると、この年にしてやっと気付いたのだ。
(俺は親の言うままに好きでも無い女と夫婦になって清も生まれた。そして小作人から金を搾り取り今の地位を築いた。だが、それがどれ程のものだというんだ?やはり本当に好きな女と一度でいいから結ばれたい)
そんな熱い思いから人生の最後の思い出として、どうしてもエリを抱きたかったのだ
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