第10話 悲恋




 日本映画史に残る「剣劇」大スタ―アラカンこと嵐寛寿郎。

 代表作:鞍馬天狗

 

 1928年(昭和3年)4月『新版大岡政談・鈴川源十郎の巻』の映画の主役である架空の剣士、丹下左膳を演じたのを最後に、マキノプロダクションから独立、嵐寛寿郎プロダクションを設立。


 独立の理由には、「鞍馬天狗」を巡るマキノとの確執があったとされているが、これは「鞍馬天狗」の最終話『角兵衛獅子功名帖』を最後に打ち切りを会社側が勝手に決めてしまったのが大きいが、折しもこの年マキノ省三が伊井蓉峰を主役に起用して『忠魂義烈 実録忠臣蔵』を制作し、アラカンを脇役に回した事も要因の一つとされている。


 更には新派の大物である伊井の、傍若無人な態度や監督の指示を聞かない勝手な振る舞いを、マキノたちスタッフが容認していたことも、アラカンに退社の決意を固めさせた要因であった。


     ◇◇


 アラカンプロダクション「寛プロ」を設立。

 寛プロ初の『鞍馬天狗』が、1928年7月某日無事に上映された。


 孝明と万里子の2人は、早速名古屋駅前の映画館で『鞍馬天狗』を鑑賞した。

 2人の付き合いは早いもので、もう1年半を優に越えていた。


 ディナーを楽しみ孝明の車で家路を急いでいたが、孝明はとうとう堪え切れずに運転しながら万里子の手を軽く握った。


 だが、万里子の反応は何ともいぶかしい。喜んでいるとも思えないし……かと言って避けているようにも思えず、孝明はこれでは男がすたると思い。新たなアプロ-チを試してみた。


 それは公園に車を止めて満点の星を見ながら、今日こそ万里子さんの気持ちを確かめる事だった。

(俺も男だ。万里子さんが2年近くも僕と付き合ってくれているという事は、僕に好意が無くては出来る事ではない。俺も男だ)そう思い。暫くの雑談ののち万里子に覆いかぶさり男としての役割、熱いキスを試みた。


 受け入れて貰えたのだが、それは軽い唇と唇が軽く触れた程度のものだった。本当は自分がどれ程万里子さんを愛しているかを、身をもって表す事こそが本当の気持ちを分かって貰える事だと思い、もっと長い抱擁と口付けを交わしたかったが、その時ピカリと車のライトがそれをさえぎった。


 それは様子を伺っていた侍従ゲンさんの仕業だった。


 それでも…孝明にすれば万里子さんとの距離が一歩前進出来たことで喜び一杯だ。


「万里子さん急にこんな事をしてゴメン!俺…万里子さんの事……最初からズ――ッと好きでした。万里子さんは……俺のことどう思っている?」


「…………」 


「万里子さん返事は今日でなくても良いよ。今度はいつ会える?」


「もう……もう……お会いできません。わたくしね。お父様が紹介して下さった取引先のメーカー社長さんの御子息との、結婚が決まりましたのよ。だから……もうお会い出来ません」


「ソソ……そんなこと……そんなこと……うう噓でしょう?」



     ◇◇


 孝明は、状況が全く掴めない。昨日までの僕は紛れもなく万里子との結婚だけを考えて、他の事は何も考えられなかった。


(あんなに優しくて美しい万里子さんが何故あのような、僕の気持ちを知っていながら僕の心をいたぶり、傷つけ弄ぶような言葉を吐いたのか、到底理解が出来ない。それから……第一好きでも無い、それも異性と会う必要がどこにあるのか?だから……きっとあの言葉の裏には何かが隠されているに違いない。あんなに心の優しい万里子さんに限って……)


 自問自答を繰り返す孝明は万里子の真意が全く掴めない。そして…万里子の行動を観察するために万里子の後をこっそり付けて観察してみようと思い立った。


 早速探偵に調査依頼を出したが、それでも信用できずに自分の目で調べようと思い立った。


 次の日から早速滝花邸の裏で隠れて万里子を監視した。


 すると2日目に万里子に怪しげな行動が見受けられた。


 万里子の車の後を付けると車は一路名古屋市昭和区南山町の愛知県有数の、セレブ住宅街に突入した。広大な敷地と絵に描いたような豪邸が立ち並ぶエリア。


 するとその中でも特に目を見張る豪邸が目に飛び込んで来た。あの時代セレブと言っても和風建築がほとんどで、従来の日本家屋が幅を利かせていたが。その家だけ西洋と見間違うほどの、まるでお城のような白亜の豪邸だった。


 黒木という表札がド-ンと目に飛び込んで来たかと思うと、立派な西洋風の門の鍵がカチャカチャと開いた。するとその時高身長の、いかにも品位の備わった万里子さんより少し年上と思われる男性が、笑顔で万里子を出迎えると門の中に消えて行った。



     ◇◇


孝明は、ショックで何も考えられない。一体これは只の悪夢なのだろうか?そう思い家に着くと探偵が調査報告書を携えてやって来た。


「どうも万里子さまは、やはり婚約なさっておいでですね。それもお相手はあの有名な服飾メーカ-『黒木商会』社長の御曹司にして長男の一郎さんです。後の詳しい事は目を通して頂ければ分かります」


「婚約者だったのですね?」


 それでも…昨日までそんな事おくびにも出さずに、万里子さんとの付き合いが続いていたのに、今更それが全て噓だったなんて吞み込める訳がない孝明だった。


(きっと万里子さんは自分の気持ちを偽って、両親の勧めで仕方なく付き合っているに違いない。だって……あんなに楽しく付き合っていたのに……それも……僕が強引に誘った訳でも無いのに、どんな時も時間を割いて来てくれたという事は、きっと黒木という男と仕方なく付き合っているに違いない。もう一度会って本心を確かめてみよう)


 こうして…もう一度万里子の本心を聞き出そうと滝花邸に向かった。そして…豪邸の前に到着した孝明は早速呼びリンを鳴らした。


”チャリンチャリン” ”チャリンチャリン”


 するとお手伝いさんが出て来た。

「あの~僕は近藤孝明と言う者です。万里子さんを呼んで頂けませんか?」


「少しお待ちください」

 暫く待っていると、またしてもお手伝いさんが現れた。


「あの~すみませんが、あいにく万里子お嬢様は外出中です。それでは失礼します」


「嗚呼……チョット……お待ちを……」


 万里子さんの顔が見たくて見たくて、来る日も来る日も門の陰に隠れて待っているのだが、そっけなくされる毎日。


「万里子さん……万里子さん……もう一度だけで良い。会って話し合おうじゃないか?」


「もう、お話しする事は有りません」


  それの繰り返しになってしまった。


     ◇◇



「タカエ大変だ!万里子さんと……どんな事をしても会えなくなくなってしまった。俺が……俺が……俺が……ウウウ(´;ω;`)ウゥゥワァ~~~ン😭ワァ~~~ン😭どうしよう?ワァ~~ン😭ワァワァ~~ン😭」


「お兄さんしっかりして!あんなに仲良しだったのに何かの間違いよ。私お友達のユキに聞いて見るわね?」


 だが、残念なことにタカエもユキと全く連絡が取れなくなってしまった。


 それでも…諦めきれない孝明は今度は徹底的に電話抗戦で話し合おうとした。


 だが先方滝花家も余りにしつこいので堪忍袋の緒が切れてハッキリと言い放った。

「万里子が迷惑しております」


「一度だけ……一度だけ……万里子さんを電話に出して下さい。お願いです!」


「孝明さんいい加減にしてください。ハッキリ言って迷惑です。わたくしはあくまで……お友達のお一人としてお付き合いしていただけです。警察に訴えます」


 ”ガチャン”


 ある日、名古屋駅前の花坂屋の屋上から1人の男が飛び降り自殺をした。

 それは恋に苦しんだ末の自殺だった。


 近藤孝明享年28歳。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る