第9話 万里子お嬢様と母ヤエ
孝明は毎日が幸せ過ぎて、時間があれば空想に浸り万里子お嬢様との未来を思い描いてはほくそ笑んでいる。
「ふふふ……ああああ……フゥ~……ハッハッハッハ」
「お兄ちゃん一体どうしたのよ?気持ち悪い……嗚呼、分った!また万里子さんの事思い出しているのでしょう?」
「フッフッフ……分ったかい?実は…万里子さんが『わたくし、あなたのような誠実な男性には、好意を持ちましてよ。ホッホッホッホ』とか『わたくし孝明さんの事、お友達として大好きですわ』そう言ってくれて、これからも会ってくれるって言ってくれたんだ。フッフッフだから……俺にも万里子さんとの結婚のチャンスが有るかもしれないって事さ。フンどうだい!これで今までの俺の不甲斐なさも帳消しって訳さ。お兄ちゃんをもっとうやまいな!」
「お兄ちゃんそれって私のお陰でしょう?」
「嗚呼……そうだった!そうだった!恩に着るぜ。実は今日も万里子さんと百貨店で開かれる、有名画家の展覧会を見に行ってくるんだ。どうしても万里子さんが見たいというので一緒に行くんだ。良かったらタカエも行かないか?」
「遠慮しておきます。私が付いて行ったら邪魔!邪魔!……楽しんでいらっしゃい。フフフ」
「まあ……そうだけど……ハッハッハ」
双子の妹タカエは瀬戸に住んでいるのだが、裕福な地主の家に嫁いでいて従業員を沢山雇っているので、暇を持て余していた。それなので電車で30分程度なので度々里に顏を出していた。
孝明も万里子お嬢様とのデ-トの為にと、親にねだって外車を購入していた。それと言うのも丁度1925年 にアメリカのフォード・モーターが横浜に自動車工場を、そして1927年にはゼネラルモーターズも大阪に自動車工場を相次いで設立していた。
◇◇
今日は孝明の車で本町に有る万里子の父親が経営する「タキハナ」本社の向かいにある豪邸滝花邸の前で待ち合わせをした。
「万里子さんお待たせ」
「ありがとうございます。今日は竹内栖鳳(たけうちせいほう)の展覧会が催されているのよ。きっと孝明さんもお気に召します事よ」
こうして車は一路花坂屋百貨店に到着した。
5階の日本画展が開催されている。展示場に入った2人は、芸術的な絵画の数々に改めて芸術への造詣を深めていた。
「この竹内栖鳳は日本画家で、伝統的日本の風光明媚な四季の景色や風物だけにとらわれず、舶来の動物たとえばライオンや象など、更には犬猫などの身近な生き物も描きリアリズム と言って、事物をありのままに写し出す写実主義をもっとうに、生々しくも繊細な作風が特徴の画家で、画面から獣のにおいや毛並みの柔らかさまでも、生々しく描写する繊細な作風が特徴なの。だから……この日をとっても楽しみにしていたの」
「僕も絵画には興味が有ります。竹内栖鳳の絵画では僕は動物が好きです。何か?動物本来の性質までも絵画から感じ取ることが出来て……」
日本画展を十分に堪能した後、名古屋駅前にある由緒正しい料亭「山端」にまたしても足を運んだ。それは万里子さんが「どうしてもまた行きたいわ!」と言っていたからだ。
もう付き合い出して早いもので、もう1年が経つというのに、まだ手も握った事が無い2人。
孝明も一緒にいられるだけで十分なのだが、それでも……
それから……孝明は万里子さんから感じ取れる……何というか?只の形式的な作業とでもいうのだろうか……それが一体何を意味しているのか、まだ汲み取ることが出来なかった。只異様な隙の無さに甘いム-ドを演出しようにも手立てが見つからない。
(真理子さんは、僕と会って小旅行に出掛けたり、森の中の公園でピクニックをしたり百貨店の展示会、個展など様々な所で2人だけの思い出を沢山作って来たが、僕にとってはどの時間もかけがえのない時間だが、面と向かって将来の真剣な話がしたくてもはぐらかされてしまう。万里子さんは一体何を考えているのだろうか?)
孝明は滝花邸の前に横付けしたにも拘らず、大切な娘さんを大の男が物騒にも2人っきりで出掛けるというのに、許可も無く大切なお嬢様を見ず知らずの男に預ける等考えられない。
本来預ける娘さんの家の前に来たというのに、家にも上がる様子が無いとは一体どういう事なのか?滝花家の意図がハッキリしない。結婚の約束をした訳でもない男に大事な娘を預ける等考えられない。
その時2階のカ-テンがゆらゆら揺れた。美しい50歳くらいの女性が孝明の到着と同時に、カーテン越しに不吉な眼差しを向けながら孝明の姿を凝視している。そして万里子お嬢様に話しかけた。
「万里子分かっているわね。わたくしたちの願いはただ一つなのだから……油断してはダメよ!嗚呼……危険を察知したら合図のハンカチを振りなさい。分かったわね?あなたの行動はゲンさんが逐一見張っているから……」
この女性は万里子お嬢様の母親だった。
それではここで、万里子お嬢様の母親の出自を詳しく説明しておこう。
実は小作人神崎家の娘で、15歳の時に吉原の芸者置屋に売られたアヤだったが、大偉業を成し遂げ代議士三田の妻となった幸運の持ち主がアヤだった。
そして…アヤの弟の娘ヤエも揃いに揃って美形だった事も有り、相次いで玉の輿の大偉業を成し遂げていた。
なんと「繊維卸問屋タキハナ」の社長夫人に納まったのが、アヤの弟の娘ヤエだった。だからヤエの叔母がアヤだった。そして…ヤエの娘が万里子お嬢様だった。
アヤは小作人の娘で芸者置屋に売られたが、持ち前の器量良しと、気立ての良さで身請けされて、政治家三田代議士たっての希望で妻となった幸運の持ち主だった。
そしてアヤの弟は跡継ぎで、一家を支えて行かなければならなかった。小作料が払えず生活に困り果てて、自分の娘ヤエを11歳の時に遊郭に売り飛ばせざるを得なくなってしまった。
だが、元々貧乏ながらに読み書き、そろばんが大好きで、あの当時学校といってもお寺だったり、組合員の納屋を借りて青年部員と年長の子供が先生を務めるといった簡素なものだったが、勉強好きでがむしゃらに勉強した娘だったのが功を奏した。最初のうちは遊郭の経理を半年くらい手伝わせていた。
口八丁手八丁の娘さんで、おまけにべっぴんさんだったので、トントン拍子に花魁にまで上り詰めた才色兼備の花魁ヤエだった。そんな口八丁手八丁の娘を見逃すはずがない。丁度その頃奥さんを亡くした「タキハナ」の社長が商売に使えると踏んで身請けした。
勿論才色兼備のヤエに惚れ込んでいたのが一番の理由だったが、丁度その頃妻に先立たれて気落ちしていた事も大きな要因だ。
妻に先立たれ気落ちしてはいたが、頭の片隅にいつもヤエが有った。例え遊女であろうが、吉原の頂点花魁にまで上り詰めた滅多とお目に掛かれないベッピンさん。更には商売人の妻に無くてはならない読み書きそろばんが出来る才色兼備ヤエ。
今度妻にするのはヤエしか考えられない。親の反対を押し切り強引に妻として向かい入れていた。こうして名古屋有数の「織物問屋タキハナ」の社長夫人に納まったヤエだったが、何とも幸運の持ち主だ。
そして…タキハナの社長と妻ヤエの元に誕生したのが、万里子お嬢様だった。
一方の近藤家といえば豪農で知られる大地主で、現在孝明が長男として跡を継いでいるが、孝明が恋焦がれ夢中になっている万里子お嬢様が、実は…近藤家の小作人として散々苦しめられ泣かされ続けた神崎家の孫になる。
更には恐ろしい事に、その65年後に謎の死を遂げた、1992年に起きたあの有名な一家4人惨殺事件、夫神崎茂と妻恵子に長女めぐみちゃんと長男剛君の4人が滅多刺しにされて焼き殺された前代未聞の残虐事件だったが、先祖にはアヤと弟、それに弟の娘ヤエとその娘万里子お嬢様がいた。
更には殺害された神崎家の兄弟と兄茂の妻恵子の大親友由香里ちゃんの実家が近藤家だった。
◇◇
1992年10月某日午前0時半ごろ、愛知県T市の民家から出火し全焼。現場からこの家に住む夫神崎茂さん44歳と妻恵子さん42歳夫婦、更には長女めぐみちゃん16歳と長男剛君10歳の殺害された遺体が発見された。あの惨殺事件で殺害された夫神崎茂さんの元カノで、妻恵子さんの大親友だった不審死をした近藤由香里ちゃん。
実は…愛知県春日井市と岐阜にまたがる膨大な土地所有者、豪農で知られる悪徳大地主近藤家の末裔が、不審死をした由香里ちゃんで近藤由香里ちゃんこそ孝明の子孫だった。
この事件は遥か昔の怨念、豪農大地主近藤家と小作人神崎家の血塗られた過去の物語なのだろうか?
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