第8話 万里子と孝明


 大正天皇(1912年7月30日 - 1926年12月25日)が1926年12月25日崩御されたので1926年12月25日から1926年12月31日までの、たった7日間で昭和元年は終わった。実際の昭和は、この昭和2年(1927年)からなのかもしれない。


 新たな元号を迎えた昭和だったが、1927年(昭和2年)金融恐慌が起こった。それでもたくましく生きる人々が不安を抱えながらも、一段と近代的でハイカラな「モダンボーイ・モダンガール」の略称である「モボ・モガ」が流行した年でもあった。



 丁度そんな時代の転換期昭和2年初頭、孝明の元に朗報が届く。


 それはあの夢にまで見た万里子お嬢様と、出会いの場を設けて頂けることになったのだ。双子の妹タカエがわざわざ瀬戸からやって来た。それは言うまでもない。万里子お嬢様が、みんなと一緒に会う事を承諾してくれたので、恋に苦しむ兄をいっときも早く喜ばせてあげようとやって来たのだった。


「友達を交えてでしたら……お会いしたいわ」

 


     ◇◇


 4人が噂に聞いた有名レストラン「アンシャンテ」に向かっていると、なんの変哲もない木造住宅から一気に世界が変わるモダンな一帯が現れ出して来た。


 それは、一瞬東洋と西洋の文化の融合たる「大正ロマン」香り漂う異国の地に降り立った錯覚にとらわれたが、更に足を進めると一際豪華な、かの有名な女優第一号「川上貞奴邸」が目の前に飛び込んで来た。

 

 その「川上貞奴邸」の何とも「大正ロマン」漂う建築が一層を目を引いたが、暫くするとその一角に、レトロ感漂うフランス料理を楽しめる「アンシャンテ」というレストランがあった。ここで万里子お嬢様と待ち合わせをした。


     ◇◇ 


 その夢にまで見た万里子お嬢様と会える日がやって来た。それは年も明けた1月10日の日曜日の事だ。その席には双子の兄妹孝明とタカエ、そして友達で「タキハナ」勤務のユキも同席していた。


 11時30分に待ち合わせをしたのだが、自分達は頼み込んだ方だったので、少し早めにやって来て万里子お嬢様を出迎えた。


 するとその日もやはり外車フォード社の車で颯爽とお目見えだ。


 万里子お嬢様のファッションはというと、 あの当時流行した欧米を中心に若い世代の間で流行した「アール・デコファッション」短髪に「クローシュ」と呼ばれる釣鐘型の帽子を被り「大正ロマン」の最先端を地で行くファッションで現れた。


 その美しさときたら映画スターも顔負けだ。

 

 ファッションの特徴はウエスト部分はくびれを強調せずにストンとさせて、ローウエストにポイントを置くデザインで、欧米を中心に1920年代流行ったファッションだ。



 こうして楽しいフランス料理のフルコースと会話で盛り上がった。


 だが、孝明は緊張してそれどころでは無い。只々美しい万里子お嬢様に会えた嬉しさと美しさに只々見惚れるばかり。


     ◇◇


 あれ以来時折4人で会う機会が何度かあった。

 今日も最初に待ち合わせをした。フランス語で魔法にかける、喜ばせる、うっとりさせる、の意味を持つ「アンシャンテ」で待ち合わせをして、4人で会う約束をしていた。


 あれ以来すっかり仲良くなった孝明は、毎日がバラ色の如く過ぎ去った。まだ一度も2人で会った事などない只のお友達仲間だが、孝明はそれでも十分に幸せだ。


 いつもの約束時間11時30分だが、待てど暮らせど妹タカエと友達のユキは現れない。今日はみんなで映画を見に行く約束をしていたのに一体どういうことなのか?


 あの時代携帯のような便利な物が有る訳ではない。

 それでも家に電話を入れて見たが、2人とも出払って捕まらなかった。


「孝明さんどうしますか?」


「ぼっ僕は万里子さんのご希望に沿います」


「じゃぁ2人で映画でも見に行きましょう」


 丁度「人形の家」が公開したばかりだったので2人で見に行く事になった。


 人形の家のあらすじだが、主人公が夫に内緒にしていた借金とその時の証書偽造が、ある出来事を引き金に露見し、それをきっかけに夫婦生活が破綻するという内容だったが、孝明は始めての万里子お嬢様とのデ-トに緊張で内容など上の空で、憧れの女性と一緒の空間に居られる喜びで、あっという間の2時間だった。


 映画も終わり、いつの間にか日は傾き夕方になってしまっていた。


 帰したくなかった孝明は、清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気を振り絞って、ディナ-に恐る恐る誘ってみた。


「万里子さん……あの……その……夕食ですが?あの……その……どど……どうしますか?いっい一緒にどうでしょうか?」


「孝明さんそんなお話では相手に伝わりませんよ。もう一度ハッキリとおっしゃって……」

 取り方によればきつい物言いに聞こえるが、万里子さんのその目は微笑んでいたので孝明は好感触を持った。本来ならばこんな俺なんか相手にする筈が無いのに、お友達関係となった2人妹タカエとユキに免じて、義理でこんな優しい笑顔を向けてくれているのだと悟った。


 例えそれが、義理だとしても孝明にすれば、またいつ会えるか分かったものではないので、一分一秒でも一緒に長く居たかったので、ハッキリ自分の今の気持ちをぶつけた。


「ぼっぼ……僕とディナーご一緒して頂けませんか?」

 勇気を振り絞ってディナーに誘ってみた。


「孝明さん……わたくしの事が怖くって?わたくしに対して何か恐怖心めいた言い方だったから……でもね、わたくし、あなたのような誠実な男性には、好意を持ちましてよ。ホッホッホッホ」


「本当ですか?万里子さんに好意を持ってもらい恐縮です」


 2人は今度は万里子お嬢様の車で、有名な割烹料亭に車を進めた。そして…名古屋駅前にある由緒正しい料亭「山端」に入った。


 始めて差しでの会食となったが、万里子お嬢様の見た目とは違ったハッキリとした竹を割ったような性格に、心が解放されて以前のように見詰めるだけで良いという気持ちはスッカリなくなり、小学校時代のオマセな女子に頭を押さえ付けられている様な感覚だったが、あの時は女子達にはムカついたが、万里子お嬢様に頭ごなしにハッキリと言われても、それさえ心地よいと思える孝明だった。人を好きになるという事はこういう事だ。


「孝明さんはもっと自信を持たなくてはダメ!何故そんなに自信なさげな態度なのかしら?」


「……だってさ……僕って……決してモテるタイプでも無いし……だから……どうしても女性には積極的になれなくて……」


「誰がモテるとか、モテないとか決めるの?好みなんて千差万別でしょう?」


「本当に……こんな僕でも好きになってくれる人いるのかな~?」


「わたくし孝明さんの事、お友達として大好きですわ」


「本当に?じゃあ……これからも……会って……もらえますか?」


「良いわよ。それでも…忙しい時はダメよ」


 このような関係でお友達としての付き合いが始まったのだが、この恋は思いも寄らない展開となってしまう。














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