番外編 エピソード4 スペシャルなハンバーグになった日。
【田中美千留(タナカミチル) 31歳】
何かが足りない...
料理本のディスプレイを見ながら物足りなさを感じる。
お弁当、作り置き、お菓子に洋食、和食の本。まぁまぁ網羅していると思う。でも、何かが...
通い慣れた書店にパートで就職してから初めてディスプレイを任された。明日は店休日なので、入れ替えにより一時的に本が散乱しているこのスペースを今日はこのままにして帰宅する予定だ。
同僚と言って良いものか、仕事でも人生でも大先輩に囲まれているが"最近は"話しやすく働きやすい。最近店長になった年下社員の働きが大きいのだろう。店内の対応や雰囲気が、客として美千留が利用していた時よりも良くなったと感じている。
その店長から託されたのが今回の仕事だ。入社間もない美千留がこんな仕事を任されては何かしらのやっかみがあるかと思ったが(女性が多い職場は色々ある...)、そこは大変な仕事はできれば避けたいおば様、いや、先輩達は褒め称えて応援してくれた。
帰宅して、晩御飯の準備をしながら足りない何かを考えていた。今日のメニューは、書店で飾るレシピ本の中でついつい美千留も購入してしまった時短レシピ本の中から選んだ。フライパン1つで出来るのがこのメニューのポイントだ。栄養の偏りが気になっていたので野菜を多めに加えてみる。
主婦だったときは、お皿にもこだわりいわゆる"映え"を求めていたが、今では栄養とスピードを求めるようになった。もちろん、美味しさは大前提で。
ふと、専業主婦だったときの自分のことを考えてみる。あの時の自分は何に惹かれるか、働くようになった今の私は何に惹かれるか、お菓子をたくさん作ってくれてた母だったら何に惹かれるか...
店休日。
ダメもとで店長に相談をしてみた。最近、大型書店に多くみられるようにうちでも文房具以外の雑貨を扱い始めていた。担当が異なり、枠を越えてのこの案が通るかは一か八かだった。
「店長。レシピ本と一緒に、雑貨コーナーから食器やペーパーナフキンを並べてはいけませんか?」
「...」
店長が、無言で1点を見つめている。
(ヤバい。やっぱダメだよね。)
「いいですよ。面白いと思います。僕から担当には伝えますね。あと、逆に雑貨コーナーにもレシピ本を並べてもらうように伝えても良いですか?」
「...」
この書店ではまだ行ったことのない手法だったため、許可を貰えるどころか店長が協力してくれるとは思ってもいなかった。
昨日は、雑貨担当のおば様(先輩...)にどう話を持っていこうかまで考えていたのだ。いくら話しやすいとはいえ、新しいことをお願いするのは多少気を遣う。
すんなり協力のOKをもらって店長が戻ってきた。あとはひたすら往復してコーナーを完成させるだけだ。
業務時間ギリギリ。そんなこんなでなんとか完成した。
翌日、昼からの出勤で裏口を入ると雑貨担当のおば様(先輩...いつか口を滑らせそうだ)が走ってきた。
「雑貨が結構売れてんのよ!ありがとね!」
バチン!と思い切り肩を鳴らされる。
美千留の左肩に痛みだけ残して、売場に戻っていった。
「いらっしゃいませ。」
エプロンを付けてセルフレジの横にある有人レジに入っていた。
パンパンのエコバッグを抱えた女性がレジにやって来た。
預かったのは、昨日美千留が並べた作り置きと、お弁当のレシピ本、そしてお弁当用のシリコンカップだった。
「あっ。」
思わず声を出してしまい、(しまった)と思ったが相手にも聞こえてたらしい。
「雑貨が入ったって聞いてお弁当に使えそうなのないかなって思ってたんですけど、つい隣のレシピ本が気になっちゃって。」
はにかみながら話してくれた女性は、電子マネーの利用が多い中、小銭をこぼれ落としそうになりながら丁寧にお金を出していく。
時間的に夕飯の準備前だろうか。美千留も以前、同じような体勢になりながら支払いを慌てて済ませていた記憶がある。
「作り置き出来るだけで、助かりますよね。」
お金を預かり、会計処理をする。
「ほんと、凄く惹かれるコーナーが出来ててつい長居しちゃって。またゆっくり早めの時間に来ます!」
お釣りを受け取って駆けていく女性の背中に、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
あの日。怪しげな封筒を受け取った日。
再び働くことを決意しなければ味わうことの出来なかったこの感動に、泣かされそうになる。
「ただいま~。お腹を透かせる匂いがする~。」
いつもの陽気な彼の帰宅のあいさつ。この声に救われることが多い。でも今日は、この後の食事で話したいことを想像しながら私も陽気に返す。
「おかえり~。
今日のご飯、スペシャルなハンバーグだよ~。」
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