番外編 エピソード3 サラリーマンのペンが走った日。

【上条司(カミジョウツカサ) 35歳】


仕事が楽しい。

「あと少し頑張れ」と、少し前の自分に教えてあげたい。

楽しい、もっと頑張りたい、どうすればもっとできるのか...

仕事にたいしてそんな考えが出てくるとは思っていなかった。


ほどよい営業成績、ほどよいお客様との交流、特に昇進を目指すわけでもなく1ヶ月働いてお給料が入ればそれで良い。と、自分に言い聞かせながら1日1日を過ごしていた。お店への納品は、空いたスペースをとりあえず埋めるためにその時の会社イチオシ商品を紹介し、自分の意思というよりはマニュアル通りに職務を全うするような感じだ。


「お疲れ様でした。」

ほぼほぼ毎日定時で帰宅する後輩の萩野雫ハギノシズク。地味で目立たないが、彼女が持つ文房具がどれも優れた良品であることに最近気が付いた。他社の取り扱う商品も勉強しようと数々の情報誌に目を通しはじめてから、目につくようになった。


「お疲れ。free ペンシルの今月号、下に来てたぞ。」

毎月発行される文房具に特化したフリーペーパーだ。

ほとんどの社員がスルーしているが、勉強を始めた頃の雫から教えてもらったのだった。目を輝かせながら

「もらって帰ります!ありがとうございます。」

と部屋をでていった。

(発行者に知らせてやりたいもんだ...)


司が手にしたのは最近人気の動物シリーズ。明日はこのメモ帳達を納品する予定だ。メジャーな犬、猫、ペンギン、鳥...

どんなPOPを付けようか考える。パソコンで作るのも良いが、アナログにこだわりたい。


[かわいい動物達に癒されませんか?]

[犬好きにはたまらない!]

[かわいい生き物大集合!]

などなど、ありきたりで司の合格ラインには達しないものばかり浮かんでくる。

どれも4種類の柄が入っており、柔らかい雰囲気のイラストが書かれている。


[どれにしようか迷っちゃう~]

迷走しだして浮かんだ、決して今のJK、JCには響かないな...と感じた少し昔の雰囲気漂う言葉も今回は避けることにした。

イマドキの言葉は今イチピンと来ず、分からない。

そもそも、JK=女子高生はかろうじて知っていたが、JCとは何だ!?と思っていた。あの有名なカードを更に略したのか!?とまで思っていた。

(知らない人には教えてあげよう。女子中学生だ。)


販売のターゲットは20代にしたい。あわよくば、学生にも手にとって欲しいと思っていた。


何か良いフレーズが思い浮かばないかと、メモ帳をペラペラめくる。


鳥のメモ帳は4羽の美しい羽を持った鳥達が(種類は分からんが)止まり木や、カゴと一緒に描かれている。

ペンギンは、マルっこい姿で海に浮かんだり、ポーズを決めたりしている。

犬は、トイプードルに柴、チワワにダックスだ。

呑気な猫が描かれたメモ帳をパラパラめくる。


ふと、頭に言葉が浮かんだ。

「これだ!」という感を信じて書き記した。




「こんにちは!納品に参りました。」

いつものように書店にディスプレイする。そこにしっかりと昨日書き上げたPOPを付けた。



[猫に呟いてみませんか?

     もしかしたら世界が変わるかも...!?]





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