第7話 エピローグ
今日は日曜日。文房具会社の事務は休みだ。
萩野雫(ハギノシズク)は、もう1つの仕事"綴り屋"で使う大事な便箋を仕入れるため買い物に出ていた。
文房具会社にいるなら、自分のところで仕入れては...と思われそうなので先に言っておくが、お店に行って選ぶからこそ色々なデザインと出会えるのだ。それに、職場で大量の便箋を購入したら絶対に怪しまれる。
雫は文房具を購入するときに必ず利用する、栞書店にやってきた。見知った顔もチラホラ。
レターセットコーナーに向かう。
その途中、大量の絵本を抱えたどこかで見かけたことがある年配の男性とすれ違った。レジ横のカウンターでラッピングを頼む声が後ろから聞こえた。
美味しそうなお菓子の写真が全面に写し出されているコーナーでふと、立ち止まった。
「美味しそう...」思わず声が漏れる。
(誰か作ってくれないか)と人任せなことを考えていると
「これ作ろうよ!」
とキャピキャピお若い声がした。
どうやら親子が今後作るレシピを探しに来たらしい。
フォンダンショコラにカヌレ、ベイクドチーズケーキなどなど、(それは店で買うものでは?)と雫は思うお菓子の名前が次々と聞こえてくる。
このままではお腹が鳴り出すと、売場を移動した。
目的のレターセットコーナーに着いた。
先程のお菓子のことを考えすぎて油断した。
「萩野!」
「ハァぁぁぁぁ」っと、思わず素直にタメ息が出た。
「お疲れ様です。上条さん。」
振り向きながら挨拶をする。
「お休みなのに仕事ですか?しかも私服で。」
訳すと、"何で休みの日に私服でこんなとこにいるんですか?できれば休みの日はそっとしててほしかった"なのだが。
「近く通ったから、ちょっと売場を覗こうと思って寄ったんだ。数点お買い上げいただいたんだぞ。」
(数点って、いったいどれくらいの時間ここに張り付いてるんだ?)と思ったがそれは言わない。
喜んでいる様子は、諸々を知っている身としては嬉しいものだ。
「っとヤバイ。そろそろ行かないと。じゃあな!」
嵐のように去っていく。
これでゆっくり選べるというものだ。
棚にはカラフルなスイーツが描かれたものや(ここでもお菓子が最初に目につく。)、海の生き物盛りだくさんのもの、アンティークチックなものや、なぜか色々なヒゲが描かれたものなど様々だ。幸せすぎる空間。
だが、週末のしかも日曜。売れてしまったものも多いらしい隙間が目立つ。
と、思っていたら台車をゴロゴロしながら店員がやってきた。
「あっ!」
「申し訳ございません。少し補充させていただいてもいいですか?」
「もちろんです!」
「よろしければ、こちらもご覧ください。ご当地便箋とっても可愛いですよ!」
親しみやすい笑顔で好感が持てる。
女子高生に訪ねられ、笑顔で対応する様子が微笑ましい。
「お姉さんありがとう!また、相談にのってね!」
「いつでもおいで!」
そのやり取りを見てほっこりした気持ちで、大量にレターセットを抱えてレジに運ぶ。ちょっと恥ずかしい。
「いらっしゃいませ。お預かりいたします。」
「お願いします。」
危うく、すべって撒き散らしそうになったところを救われた。次からはやはりかごを使うべきだ。
手際よくレジに読み込み、バランスが崩れないように凸凹をうまくはめていく。
(お見事!)
と少し目線をあげると、胸元には【店長 興梠】という名札が付いていた。
(店長、引き受けたんだ。)
と心の中で思いながら、ハキハキした店長を見ていた。
金額をお財布から出し、レシートとお釣を受けとるとき
「あの...」
ちょっと勇気を出して声をかける。
「以前、あなた...興梠さんにご紹介いただいたペン、とっても相性がよくって何回もリピートしてます。本当にありがとうございました。」
ちょっと照れくさいが、目立たず騒がずの雫が初めて取った行動だった。
今日も綴り屋の仕事がはじまる。
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