第5話 専業主婦に憧れていたアラサー主婦の話。

あっ!と思ったときには既に遅かった...

パソコンフリーズからのデータ消滅...


よって、文房具会社で働く萩野雫(ハギノシズク)は珍しく残業をしていた。

「なぜ途中でこまめに保存しておかなかったんだー!」と1人後悔をする。


職場の先輩である上条司(カミジョウツカサ)から情けでもらった缶コーヒーを、ほぼほぼ一気に飲みきり消え去った文書を作り直す。


そんな彼女には、綴り屋というもう一つの顔がある。相棒は三毛猫の音符(オンプ)。

その顔を知っている者は誰もいない...


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【田中美千留(タナカミチル) 31歳】


小さい頃からの夢はお嫁さん。

そして、働かずに家に居ること。


美千留の母は、専業主婦で学校から帰ると必ず家にいた。趣味がお菓子作りのおかげで毎日出来立てのおやつが出てくるのが当たり前で、「お母さんも好きなことできて、私も美味しいもの食べれるんだから一石二鳥だ」といつも思っていた。


大学卒業後就職、共働きという家庭が増えている社会を知った20代でもその夢は変わらなかった。

かといって、仕事が嫌いなわけではなくショップ店員としてそれなりの実績を挙げていた。


実家暮らしが続いていたが、28歳の時に念願の"お嫁さん"になることが出来たのだ。旦那は仕事を続けたら?と言っていたが美千留は迷いなく退職した。これで専業主婦を満喫できる!はずだった。



今日も朝から掃除をして、買い物に行き、晩御飯の準備をする。

「家事がこんなに大変だったとは...」

お気楽に見えていた母の、専業主婦という名の24時間業務は美千留にとって過酷すぎるものだった。


自分の趣味を満喫するどころか、ゴロゴロ昼寝をする暇すら無い。

新婚時に比べれば手際よくなった方だが、それでもやっと時たま友人とのランチを確保できるくらいだった。


人と会話することが減り、気付けばテレビと会話している。SNSにはバリバリ働く同僚たちの愚痴が並んでいた。


車を点検に出していたため、買い物にはバスで行くことにした。住宅街にポツンとあるバス停。

ベンチに座ってボーッとしてみる。


すると、足首あたりにファサッとした感覚があった。

「!?」

人間本当にビックリしたら声もでないのか...と冷静に考える。そこには、音符マークの首輪をした三毛猫がいた。


「チッチッチッ」と呼んでみる。

人懐っこすぎるその猫は美千留の膝に飛び乗って丸まった。

頭の上を撫でると心地良さそうに目を閉じる。


「専業主婦が幸せな道だと思ってたんだけどな

...なんか思ってたのと違うんだよね。ホントは、専業主婦っていうかお母さんみたいになりたかったんだよね」


母は毎日楽しそうだった。

いや、きっと大変だったに違いない。家のことをたくさんしながら、ごく僅かに作ることのできた時間を楽しんでいたのだ。

自分も楽しみ、そこで出来た美味しいスイーツで家族も幸せにする。母らしい。


バスが来た。

手元にあったはずのモフモフがいつの間にか居なくなっていた。


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超集中力で残業を終らせた雫は、自宅のソファーで力尽きていた。


すると、ソファーから重力に逆らうことなく垂れ下がった右腕に触り慣れたモフモフの感触が現れた。


三毛猫音符が始業の追いたてに来たのだ。

「ごめんごめん...よしっ!」


いつもの木製の机に向かって、猫が描かれたノートを準備する。

「オンプ!お待たせ!」


音符がノートにタッチすると、悩みあるアラサー主婦の独り言が表れた。

雫が未だ経験したことの無い独り言が...


机の上に西洋風のイラストが描かれた便箋を準備する。イラストレーターが自主製作して販売しているものだ。

そこに、青いペンで綴った。


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美千留は今日も家事に勤しんでいた。

夕飯の買い出に行こうとした時、ポストに郵便が届いていることに気付いた。


真っ白い封筒に、シンプルなラインが入っている。

宛名は【田中美千留 様】。

個人差出の様な手紙が届くのはいつぶりだろうか。

差出人不明の手紙など普段なら気味悪がるはずなのに、自然と封を開けた。


今時の女の子、というより女性が描かれた便箋。

デジタルアートというものだろう。

エプロン、スーツ、ワンピース...様々な装いのキラキラした女性達が花と共にうっすらと描かれている。


【田中美千留 様

 あなたが笑顔になれる瞬間はどんなときです

 か?

 嬉しいことはどんなことですか?

 100人居たら100通りの幸せと笑顔が存在

 すると私は思います。】


何かの勧誘か?と思い、手紙をしまって買い物に出掛ける。今日は愛読している雑誌の発売日なので書店に寄った。


テレビに引っ張りだこの男性アイドルが表紙となった女性ファッション誌が山積みになってた。

(よしっ!)

すぐに手に取りレジに向かう。やり方が分からず四苦八苦している客が横並びになっているセルフレジには行列ができていた。

(なぜ、カウンターに店員が数名居るのに普通のレジを開けないのだろうか...)

働いていたときの癖で、こういう時に色々と目についてしまう。


「ありがとうございます!」

と元気な声が聞こえてきた。発信元を横目で見ると、どうやらここの店員ではなく出入りしている営業のようだ。笑顔で意気揚々と手作りのかわいらしいPOPを飾っている。

そのニコニコとかわいらしいPOPを飾っているのが、スーツ姿の長身男性というのが意外だった。その隣で、スーツ姿の若い女性がメッセージカードを真剣に選んでいる。


聞こえてくる会話から、何かしらの仕事をしておりお客様への品に添えるカードを選んでいるらしい。喜んでもらいたいと真剣だ。


美千留はショップ店員時代に悪戦苦闘していたことを思い出した。どうやったら、お客様が笑顔になるのか...それが結果に結び付いたときの喜びや達成感は何とも言えない喜びを感じるものだった。

今も、考えて時間をかけて作ったご飯を「美味しいよ。ありがとう。」と言ってくれる彼を見ると嬉しくなる。


(あぁ、専業主婦が好きなのではなく誰かに喜んでもらえることが私の喜びと生き甲斐なんだ)


あんなにこだわった母と同じ専業主婦。

少しだけ、私なりの形に変えてみようか...

今夜、彼の好きなハンバーグを食べながら相談してみよう。


レジの順番が回ってきた。。。










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猫便り ~綴り屋 雫(シズク)~ ペンサキ(先)。 @pensaki-202312

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