第4話 仕事に悩むサラリーマンの話。
文房具会社の事務をしている
彼女のもう1つの仕事は、綴り屋というものだ。
その相棒は、三毛猫のオンプ。
この町のどこかでオンプが出会った誰かの独り言に目を通すことから綴り屋の仕事が今日も始まる。
いつものようにノートを出し、オンプに触れてもらう。
【上条司(カミジョウツカサ) 35歳】
「え!?」
思わず声が漏れた。
なんだかこれから悪いことをするような気持ちになったのは、彼が雫の職場の先輩だったからだ。
「いかんいかん。仕事に公私混同してはいかん。」
自分に言い聞かせる。
......................
今日も何の変化もない1日が始まる。
大学を卒業し、22歳からこの文房具会社に営業として就職した。
それなりに職場の人間関係は良好。
そつなく仕事をこなし、顧客とはほどよい距離を保ち、大きな問題を起こすことなく日々を過ごしている。
特にこの会社に入りたかったわけでも、文房具が好きだったわけでもない。
何社か受けた中で最初に内定がでたのが今の会社だったのだ。
就職から10年以上経った今も、特別思い入れがあるわけではないので何となく日々を過ごしている。
「良いな、上条は出世とか目指してるわけじゃないなら気楽に仕事できるな!俺は早く出世しろって言われて大変だよ。」
とか愚痴を言ってる風で見下しているような、同僚の小言も今では聞き流すことができている。
外回りの途中、ちょっと公園で一息つくことにした。
ベンチに腰掛け缶コーヒーを飲みながら、いつものごとくボーッと遠くを眺めていた。
ふと気が付くと、いつの間にかモフモフした三毛猫が隣にちょこんと座っていた。
「ワッ!」
ついつい驚いてしまい、大声を出してしまったが逃げる様子はない。人慣れしているのだろう。首輪が付いているが、捕まえて保護した方が良いのだろうか。
「ミャァオ」
人懐っこいその猫は、体をすり寄せてきた。思わず撫でる。
「なんだ。おまえもボーッとするか?」
あぁホントにこういうとき猫に話しかけちゃったりするもんだな。と一人可笑しくなってくる。
「仕事辞めようかな。こんなやる気のない奴いても、迷惑だよな。別に文房具好きじゃないし、楽しそうにやりがいもって売り込んでる奴見ると最近嫌気がさしてくんだよな。最低だろ。」
「ミャァオ」
「こんな愚痴聞かされる側もたまったもんじゃないよな」
手元をするっとすり抜けて、相席の猫はどこかへ行ってしまった。やはり、愚痴を聞かされるのは嫌だったらしい。
次の訪問予定時刻が近づいている。司は一気にコーヒーを飲み干し、仕事に戻った。
......................
司は上司ともそつなくやり取りをし、後輩の指導も分かりやすいため慕われているイメージが強かった。雫は、先輩の思わぬ一面を知ってしまいなんとも言えない気持ちになった。
雫自身も、助けられたことが何度もある。
しばらく考えて
青いペンと、先日司が納品契約を取ってきた文房具の絵が散りばめられた便箋を手にした。
......................
また何の変化もない1日が始まろうとしている朝、
ポストに1通の郵便が入っていることに気付いた。
【上条司 様】
見覚えがある封筒だ。
昨日帰宅時には気付かなかったのだろうか?と疑問に思ったが、すぐに「疲れすぎだな」と自己完結した。
【上条司 様
続けるということは誰でも出来ることではありません。
どんな人とも上手くコミュニケーションを図ることは誰でも出来ることではありません。
そして、努力なしではどちらもできないことです。
自分が気付いていないだけ、ということが人にはたくさんあるものですよ。】
「神のお告げか・・・?なんだこのきれい事は。」
くだらないと思ったが、遅刻してはいけないのでカバンに突っ込んでそのまま出社した。
今日は先日納品契約を取った商品の納品だ。
うちの会社は、デパートなど大きな店舗以外は営業が直接納品することになっている。
「こんにちは。先日はありがとうございました。
ご注文頂いた商品をお持ちしました。」
今回は便箋とメモ帳の納品だった。ついでにコーナーを見せてもらうことにした。社会人には無縁の長期休暇シーズンだからだろうか、学生が多い。
お母さんと娘だろう。おそらく高校生だと思うが最近は大人びていて区別が付かない。メモ帳コーナーで何か話している。
「ねぇ、お母さん。ケーキシリーズだってよ!これにしようよ!」
立ち聞きしているようで気が引けたが、どうやら親子で日常的に手紙のやり取りをしているらしい。夜勤どうこうというワードが聞こえてくる。
ケーキシリーズは先日司が紹介し、納品させてもらった商品だ。手書きのPOPも会社の方針で描いていた。
「そうね、柄が5種類もあるって書いてあるし選ぶのも楽しそうね」
自分が売り込んだ商品が、どうやらとある親子のコミュニケーションにこれから役立とうとしているらしい。
もしかしたら、知らないところで同じようなことをしてきていたのかもしれない。
その親子を見ていると、もうちょっとだけこの仕事を続けてみようかと思えてきた。次のお店に納品するPOPのワードを思いつきながらその場を後にした。
......................
数日後、雫はいつもよりも楽しそうにPOP描いている司の姿を目にしていた。
いつもニコニコしているイメージはあるのだが、なんだか夢を叶えて就職した新入社員が張り切って仕事に取り組んでいるような生き生きとした姿だった。
どうやら、何か良いことがあったらしい。
雫もその日一日、いつもよりも仕事がはかどった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます