第3話 学校の必要性を感じない高校生の話。

萩野雫(ハギノシズク)。彼女のもう1つの仕事は、綴り屋というものだ。

今日も三毛猫オンプがこの町のどこかで出会った誰かの独り言に目を通す。


【牧野瑠衣(マキノルイ) 16歳】

「女子高生か~若い。」

ちょっと羨ましくも感じながら、その若さで抱える独り言が気になりもした。


......................


書店に併設されたカフェのテラスにコーヒー1杯で

5時間ほど経っただろうか。

今日は平日の火曜日。午後3時。

特になにもしてないのでお腹もすかない。


ちょっと大人っぽい格好をして、化粧をすれば大学生、頑張れば社会人1年目位には見えるだろうか?と瑠衣は思っていた。


まだ、さすがに高校の制服を着て街中を歩ける時間帯ではない。


別に、いじめられたわけでもなく、嫌な先生がいるわけでもなく、誰かと喧嘩して気まずいわけでもなく...


ある日、ふと学校というものに行く必要性を感じなくなった。


親も何かを言うわけではないし、今の時代人と顔を合わせること無く、ネットの世界で仕事をして収益を得ている人も多い。

テレビでも、勉強的クイズ番組ではおバカな位置付けの中卒・高卒タレントが、ワイドショーで誰よりも人間ができていると思われる意見を述べている。



さすがに長居しすぎた。

と思っていたら足元にモフッと何かが触った。

音符マークの付いた首輪を付けた猫だ。

斑模様をしている。

(何て言うんだっけ?こんなの)


あまりにスリスリすり寄ってくるので、可愛らしく感じてきた。喉元を撫でてやる。

(気持ちいいのか。何で私のとこに来たんだろう。)


「キミは、私を頼ってくれるんだね。」

瑠樹は、無意識のうちに口に出していた。


「親が離婚したことは別になんとも思ってない。むしろ良かったと思ってる。でも、お母さんがすごく気を遣って何でもいいよいいよって言ってくれるんだよね。家のことも完璧にこなして、何もかも1人でしてる。私何も役に立ってないんだよね。」


「ミャァオ」


「学校も別に私が居なくても変わらず進んでいくだろうし、協調性は別に学校で習わなくてもいい。どんなに学校で優秀、良い大学にいったところで人間的にできてるかどうかは別だし。あの父親が良い例だしね。」


瑠衣の父親は、外では仕事ができ頼りにされるいわばエリートだ。家では存在感も無く、何かしてくれるわけでも、私たちがした何かに対して反応をくれるわけでもなかった。


顔を上げると書店の入り口に年配の男性と小さな男の子、女の子が入っていくのが見えた。

「お爺ちゃん!チューリップの図鑑あるかな?」


瑠衣はそのおじいさんを見たことがあった。

ある日、今日と同じようにこのテラスでコーヒーを飲んでいると、

「誰にも頼るつもりはない!1人で良い!人と関わる必要はない!」

と大声でスマホに向かって怒鳴り散らすおじいさんがいた。

(私、あんなおじいさんと意見が合うのか...)

と思ったことがあり記憶に残っている。


今日のおじいさんの表情は朗らかで、とても同じ人物には見えない。孫と来たのだろう。

「あんな表情もするんだ」

と呟いたとき、手元で撫でていたあの斑模様の猫がいなくなっていることに気づいた。

......................


雫は、

「思春期特有。とも今の時代は言えないかもな」

と呟きながら青いペンとケーキ柄の便箋を手にした。


......................


斑模様の猫と会った次の日の朝

瑠衣がいつものように出掛けようとすると一通の手紙が視界に入った。

母は夜勤で昨日から会ってない。



見ると、

【牧野瑠衣 様】

と書かれている。私!?


【牧野瑠衣 様

 人と付き合うのは疲れますね。

 一人の方がきっと楽です。】


「なんだこれ...」

不気味だけど気になる...


【独りが良いのだと言い張っていた大人がいまし

 た。でも、それは寂しさの裏返しでした。

 何十年と生きてきた大人だってそうなんです。

 自分はいても居なくても一緒。ほんとに?

 もしかしたら、あなたに会えるのを待っている

 人がいるかもしれない。

 あなたは役に立たない?ほんとに?

 1つ行動してみるだけで何か変化があるかもし

 れない。】



何て上から目線の手紙。それに、私の何を知ってこんなことをいうのかと瑠衣は少し腹が立った。


便箋をよく見ると

「ケーキ...」


以前はよく母とガトーショコラを作っていた。母の大好物で、瑠衣も大好物になったからだ。

コーヒーを飲むようになったのも、母がガトーショコラを食べながら飲んでいたのを見て真似したくなったのがきっかけだ。


ふと思い立ち、出掛け先をスーパーに変えた。

久々にキッチンに立つ。

記憶を頼りに、レシピはスマホを頼りに工程をこなしていく。


「焼けた!」


まずまず上手くできたガトーショコラに満足だ。


学校を休んでから開くことの無かったメッセージアプリがふと気になった。

数ヶ月ぶりに開く。


宣伝メッセージが大量に届いていた中に数通個人から来ていた。どれもとてつもないメッセージ数を示している。


学校で割りと会話をしていた子達からだ。

開くとなんと毎日届いていた。

「何してんの?」といったものや、謎の何気ない写真、授業ノートの写真...

(返信もしてないのに何してんだ)

瑠衣の自宅近くの公園の写真もあった。

「金曜日の夕方はここで買い食いしてるんだよー」と毎週、先週も届いている。


学校に行く意味は、この子達に会うだけでもあるのかもしれないと少しだけ思えた。


ガトーショコラをカットして、久々に便箋を取り出した。少しだけそこに母に向けたメッセージを記す。

二人で食べれるようにテーブルにセットしてラップをかけておいた。


残りの分を一口サイズにカットして

タッパーに詰めた。明日は金曜日だ。


ガチャっと玄関の開く音がして

夜勤明けの母が帰宅した。


「おかえり」


テーブルに並んだケーキとコーヒーカップを見て

母は少し目を潤ませて嬉しそうに


「ただいま」


と言った。

......................


萩野雫が帰宅すると、三毛猫オンプがスヤスヤ夢の中だった。

(ちゃんとあの子に届いたんだな)

とホッとする。


「ありがとう」

とそっとオンプの頭を撫でた。


綴り屋の雫が綴った手紙を、相手に届けた日はいつもぐっすり眠りながら向かえるのがオンプの日課だ。


「明日はお出掛けの日だな」

とオンプを見守り、雫もプライベートな時間を満喫した。





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