第2話 頑固を止められないおじいさんの話。

お風呂でさっぱりさせた肩下まである髪を自由に解放する。ウェーブがかかった髪は、仕事ではないのでまとめる必要はない。


髪は自然乾燥派だ。

(ということにしているが、ただただ面倒くさいだけだ)


木製の古い机に1冊のノートを準備する。

表紙には、アナログのイラストで猫が1匹かかれている。


「オンプ!」


名前を呼ぶと、鈴の音を鳴らしながらスルッと足元にすり寄ってきた。ピョンっと机に跳びのってノートに右の前足をチョンっとのせる。


ノートは一瞬青白く光り、直ぐにもとに戻った。

雫はページをめくる。


【中川一雄(ナカガワカズオ) 72歳】


「今日はおじいちゃんか...」


そのページには、昼間、オンプが出会った中川一雄の独り言が記されていた。

この不思議なノートは、文字が記されているだけではなく、映像も頭に流れ込んでくるのだ。


......................


昼過ぎ。今日も息子とモメた。

「頑固じじい!だから孫も怖がって寄り付かないんだ!勝手にしろ!」


息子から吐き出された言葉。

昨年妻が亡くなってから、イライラが止まらない。心配して何度も様子を見に来てくれていた息子もとうとう、我慢の限界に達したのだろう。


気は短い方だった。

でもイライラしだすと、決まって妻が「まぁまぁ。気にしない!見てみてこれ!」と違う話題にすり替えていた。


孫が可愛くないわけではないし、息子にもありがたいと思うし、嫁さんにも申し訳なく思っている。でも...

妻を失った喪失感は何を持っても埋まらず、イライラして周りにあたってしまう自分にまたイライラしてしまう。

今さら素直に話すなど、きっと不要であろう謎のプライドが邪魔をして出来ない。


「ミャァオ」


縁側にボーッとしていたらいつの間にか三毛猫が迷い混んできていた。首輪をしているので飼い猫だろう。じっとこちらを見ている。


「どうした。お前も1人か?首輪をしてるからそんなことはないか」

と、一雄は思わず話しかける。


三毛猫は、縁側にジャンプしすり寄ってきた。


「どうやったら、お前みたいにのんびり穏やかに、人に歩み寄ることが出きるのかね。頑固じじいは、ありがとうも言えなくなってしまったよ。寂しいなんて、もっと言えるわけがない...」


「ミャァオ」


「すまんすまん。お前にはこんなに素直に言えるのになぁ。じじいの戯言に付き合わせてすまんな。」


撫でていた手元をスルッとて抜けて猫は帰っていった。


......................


「頑固な一雄おじいちゃんか...」


一通りノートを読み終わった雫は、青いペンと色とりどりのチューリップが周囲にたくさん描かれた便箋を手に取った。


......................


三毛猫がやって来た次の日。

朝刊を取りに行くと、珍しくというよりいつ届いたのか分からない1通の手紙が届いていた。


【中川一雄 様】


誰からかはわからなかったが、クリーム色の封筒で犬か猫か分からぬ足跡が小さく付いている。


「あいつだったりして。」

まさかな発想をした自分にフンッと笑ってしまった。

縁側に行き、新聞よりも先に封を開いた。

チューリップが並ぶ便箋から、少し懐かしい雰囲気を感じた。



【中川一雄 様

 1人で寂しさに耐えるのは大人になっても難しい。

 寂しいと伝えることも、大人になると恥ずかし

 くて中々できません。

 でも、ありがとうの気持ちはホンのちょこっと

 勇気を出して挑戦してみませんか?

 本当はあなたが優しくて、照れ屋なことを皆知

 っています。


 まぁまぁ。失敗したって大丈夫ですよ。】



涙が溢れた。「いい大人が」と誰にも言えなかったこと。まるで妻から返事が届いたかの様だった。

チューリップ。庭に並ぶ花達は妻が生前植えていたものだ。去年の秋、亡くなる前に孫たちと植えていた球根が芽を出し咲こうとしている。

妻亡きあと、どんなにイライラしていても、この花達の世話だけは欠かさずやって来た。

「おばあちゃん!何色が咲くかな?」

「春が来るのが楽しみだわね。」

と孫達と楽しそうに植えていた様子が今でも目に浮かぶ。

もう、その時は春を迎えることができない可能性を妻は知っていたのに。。。


「もしかしたら...」

妻は、私が一人にならないように、春に私が孫たちと過ごす日々を想像しながら笑っていたのかもしれない。


やはり、面と向かっては恥ずかしいので

息子夫婦と孫達に手紙を書いてみることにした。

息子夫婦には、いつもありがとう。すまない。

孫達には、チューリップに一緒に水をあげよう。

やはり、寂しいと伝えるにはまだまだ時間がかかりそうだな...


一雄は引き出しの奥にしまってあった何の絵柄もない便箋と、茶封筒を準備した。






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