大いなる野望

雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐

大いなる野望

「時に、レオ君は人類という動物を知っているかい?」

 レオは唐突な上司、ギルバート博士の質問に困惑した。思わぬ問いかけに、実験をしていた手が止まった。

「我々のご先祖様の文献に記述があったので、多少は知っています」

 レオは遠い過去の記憶をたどった。貧乏ゆすりで短い尻尾が揺れる。

「確か、たびたび人類同士の間で戦争があり、滅びたおろかな動物だったかと。一億年も昔の生き物ですね」

「そのとおり。我々のご先祖様である恐竜をクローン技術で復活させたまではよかったのだがな……」

 ギルバート博士は過去に思いをはせているようだった。続けてこう言った。

「レオ君、今任せている実験もまもなく終わるんだろう?」

「ええ。数日のうちには終わりますよ」

「では、次の実験として、人類のクローンを作ってくれないかね?」

 ギルバート博士は三本の指で机をコンコンと叩きながら頼み込んだ。

「はあ。人類のクローン……ですか」

 レオは額に手をやりながら、答えた。骨が折れそうだ。


「これは私の持論なんだがね、人類にもう一度、やりなおすチャンスを与えてもよいのではないかと思うのだ。馬鹿げた理由で滅びた救いのないような動物だし、我々に比べたら愚かだろうがね」

 ギルバート博士はキッパリと言った。

「我々のような優れた種族が、滅びた動物をクローンとして復活させることは、すばらしく正しいことだと思うのだ。そうは思わんかね?」

 ギルバート博士はレオに視線を向けて尋ねた。

「一理ありますね。それに現在の地球上で、そのようなことができるのは我々の種族のみですから」

「では、今の実験が終わり次第、早速とりかかってくれ」

 ギルバート博士はそう言うと扉の向こうに消えた。

「さて、どうしたものか……」

 レオは目を閉じて考えながら、つぶやいた。



 数日後、レオは人類のクローン作製にとりかかった。しかし、一度絶滅した動物のクローンを作るのは並大抵ではなかった。現存している動物なら簡単にDNAを入手できるが、人類はそうはいかない。

 レオはまず人類についてもっと知ったうえで、とりかかろうと考えた。

 ご先祖の記録によると、人類は言葉を持ち、共同生活をし、研究熱心だったようだった。一方で仲間内の争いも絶えず、それが原因で滅びてしまった。


 レオは数々の文献で人類について調べていくうちに、どうも人類は自分たちのご先祖様である恐竜のDNAを、琥珀に閉じ込められた虫から採取していたことが分かった。これを応用すれば人類のDNAが手に入るかもしれない。

 レオは一億年前の地層を改めて調べることにした。今の技術なら化石があれば、そこからDNA採取ができるかもしれない。


 レオの読みどおり、一億年前の地層にあった人類の化石からDNAを入手できた。ただ、化石の一つひとつには断片的なDNA情報しかないので、クローン作製に必要な数を集めるのに手間取った。

 DNA採取という下準備を終えたレオは、本格的に人類のクローン作製にとりかかった。この作業は他の動物でも経験済みなので、さほど苦労はしなかった。



 受精から十か月後、ようやく人類の赤ん坊が出来上がった。

「ようやく人類の赤ちゃんの誕生です」

 レオはギルバート博士に報告書を渡しつつ言った。

 クローン作製は終わっても、すぐに人類ができあがる訳ではない。成長するまでの時間が必要だった。

「とても無邪気な笑顔じゃないか。本当にこれが人類なのか? 成熟するとどうなるのだろうか。人類が戦争で滅びたというのは信じがたいな。こんなに可愛らしいのに」

 ギルバート博士は赤ん坊を指でつつきながら言った。

「博士、私も同感です。ひとまず成熟するまで観察が必要ですね」

 レオは首肯した。

「名前がないと不便だな。女の子のようだし、そうだな……ソフィアと名付けよう」

 ギルバート博士はそう言うと、慎重に赤ん坊を抱きあげた。



それから数年、ギルバート博士とレオはソフィアの成長を見守った。言葉を発した、一人で立った、自分たちの言葉を覚え始めた。驚きの連続だった。我々と人類は非常に似通っているというのが二人の共通認識だった。



 更に数年経つとソフィアは自分から博士たちの手伝いを始めた。

「ねえ、博士。このフラスコはどこに持っていけばいいの?」

「そっちの方に頼むよ」

 ギルバート博士は目の前の試験管とにらめっこしながら指示を出す。

 こうしたやり取りを重ねると、ソフィアにも仲間が必要だろうという結論に達した。ギルバート博士とレオはソフィアが可愛く、一人ぼっちにさせたくなかった。二人は誓った。時間がかかろうと人類を増やそうと。



「今、人類はどんな状況だい? ソフィアは楽しくやっているかい?」

 病に伏したギルバート博士は病床でレオに聞いた。ギルバート博士は元々細身だったが、頬はこけ、体はやせ細り、腕は少し触れば折れそうなくらいに頼りない。

「彼女は楽しくやっています。他の人類も賢くて、人類共通の、つまり我々とは別の言語を使い始めたんです。目覚ましい進歩ですよ」

「直に見られないのが残念だ」

 ギルバート博士はため息をついた。

 これがギルバート博士とレオの最後の会話となった。



 更に数年経つと人類は数が増え、ゆうに千人を超えた。大成功だった。ただ、人類語が分からないのがレオの唯一の不安だった。少し不気味さを感じ始めていた。

 レオの嫌な予感は的中した。人類は創造主へ反逆すべく、計画を立てていたのだ。こうして地球は再び人類が闊歩するようになった。



 人類が地球の支配者になってから数百年後。ある実験室で二人の博士が議論していた。

「恐竜のクローンを創るのはどうだろうか?」

「なるほど、興味深いですね。絶滅した種族を再生させるのも、我々人類の義務だろうからな」

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