第2話 気がついたら成長したにゃ。
フェンリルを狩った後、肉が腐り始めるまでの間、猫として生まれ変わった私はお腹が膨れれば眠り空腹になればその肉を喰らい続けた。
フェンリルの遺体は私よりも大きく一度に食すには、それ相応の時間がかかった。
「魔物の本能とはいえ生肉は堪えるにゃ。でも食べないと生きていけないから食べるのにゃ」
ブツブツと呟きながら消化器を除く部位を少しずつ喰らっていく。幸い、私が食している場所では、どういう訳か魔物が現れなかった。
逃げる時も無我夢中だったから分からなかったが、ここが何らかの魔物のテリトリー。
フェンリルですらあまり近づかない場所であると本能ではひしひしと感じていた私だった。
感じてはいたが、今は生存が最優先だった。
私は腐りやすい臓物を中心に食べていった。
フェンリルの心臓らしき部位を喰らっていると、何やら硬い部位に舌が触れた。
(あ、今、舌に何か甘い物が触れた?)
その甘さは前世でも感じる事のない甘美なる甘さ。少し触れるだけで身体がビクッと震える刺激的な物だった。
私は心臓を慎重に食していく。
「心臓の裏に宝石があるにゃ。宝石というか飴玉? にしてはゴツゴツとした岩にゃ?」
色は私の主観でエメラルドグリーン。
そのうえで鑑定すると〈フェンリルの魔石〉と出た。
それが甘さの正体だったのだ。
(魔石は甘い代物なのね。だからそれを追い求めて私を?)
もし、全ての魔物に魔石があるなら魔物達はそれを追い求めて狩るのは必然だろう。
幾ら食べても食料にすらならない私を追いかけてきたのだ。
(今は色々と情報不足で、そう考えるしか出来ないけど、これを知ると食事が楽しめそうね)
その後の私は飴玉と思いつつ生肉を囓っては魔石を舐めてを繰り返していった。
(不思議だわ。今までお腹に入りきらなかった肉が魔石を舐めだしてからは幾らでも入るわ)
気がつけば胃や小腸まで喰らっていた。
毛皮と大腸と骨格。それを除いて食べ終えていた。魔石も小さな欠片となっていて歯でガリッと砕くと一瞬で消え去った。甘みもその時点で終わりだったが、妙な達成感が心に満ちた。
ただまぁ大腸だけはどうあっても臭みが強かったから放置したけどね。幾ら本能で肉を食べるとしても本能でもそこだけは回避していた。
「ごちそうさまにゃ。残りは土に還るにゃ」
そのままにすると腐臭が湧くので慣れない手で地面を掘り進め、小さいながら穴を開けた。
毛皮と骨格を残し大腸を地中に埋めた。
毛皮を残した理由はそれなりに使えそうだったから。身体に纏えば夜でも温かかったのだ。
(ここで夜を過ごすのもありね。本能的な危機感は何故かするけど背に腹はかえられないわ)
今はまだ仔猫の身。ある程度、身体が成長せねば、次に食われるのは私の番である。
そんな中、私は不意に自分を鑑定してみた。
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名前:コネコ 性別:メス 年齢:生後七日
種族:ホワイト・ピューマ(魔物/仔猫)
Lv:二〇 経験値:〇〇一/二〇〇
体力:二〇〇/二〇〇
魔力:二〇〇/二〇〇
スキル:疾走/F 木登り/F 穴掘り/E
範囲警戒/F(新)
固有:魔眼(鑑定・石化・簒奪/S)
体力自動回復/A 魔力自動回復/A
簒奪:風魔法/E
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いつの間にか、Lvが上がっていた。
体力と魔力も以前にも増して上昇していた。
(というか六日間、もの間、ここに居たの?)
六日間でフェンリルを喰らってLvが急上昇したらしい。自分より上位の種族を狩って喰らったから、急成長したのかもしれない。
それでも身体は仔猫のままだが。
(穴堀りは大腸の処分で。範囲警戒は本能的なものだったと思ったけどスキルだったのね?)
瞼を閉じれば遙か後方、大きな点が見える。
周囲には小さいながら複数の点々も見えた。
大きな点を意識すれば、本能が警鐘を鳴らしてくる。小さい点を意識すれば、警戒するほどではないと安堵の気持ちが湧き上がってきた。
これがどうやって生えたのかは分からない。
分からないが急に生えた理由があるはずだ。
(この分だと他の魔物を狩って喰らってみて何が急上昇の鍵だったか調べる必要があるかも)
何事も行き当たりばったりでは狩られる側にまわるから。それでは猫として生まれてきた事に意味がなくなるから。どうせなら猫を愛でる側が良かったけど叶わない夢でしかないしね。
こうして私は黒い毛皮に身を隠しながら、スヤスヤと夢の中へと入ったのだった。
§
夢を見た。
それは恐い夢。
生まれたて。眼を閉じている最中、耳だけが敏感に物音を感じとっていた。
『がるるるるる!』
『しゃー!』
それは猫が行う威嚇だった。
直後、不意に身体へと複数の痛みが走る。
浮遊感、地面に落下する感覚が全身を襲う。
『にゃ』
遙か遠方に投げ飛ばされ、地面に落ちたと気づいた時には、意識が急速に目覚めた。
§
「にゃ! あ、あれは? 直前の光景にゃ?」
夢と思ったら過去の事。
私を投げ飛ばした者が何者か知らない。
だが、飛ばされる直前に聞こえた弱々しい鳴き声は、母の声だったのではないかと思えた。
(あれは襲われたって事? ということはフェンリルが母の仇って事なのかも。結果的に私が仇討ちして血肉に変えてしまったけれど)
それでも一匹だけ。次に相見える事があるならば全て倒す事もやぶさかではないだろう。
(石化も、もしかしたら制限で完全ではないって事かも。今の段階で何処まで出来るか調べる必要はあるかな?)
丁度、空腹だった事もあり、毛皮を纏ったまま木の上に持っていった私だった。予想以上に軽々と持てた事には驚きだったけどね。
「これもLvが上がった影響かにゃ?」
ともあれ、木の枝から周囲を見回した私は範囲警戒によって、弱そうな魔物の場所まで向かう事にした。扱いに慣れたら瞼を開けたままでも使えるようになったけどね。
(魔物の正体は分からないけど、風魔法の範囲反射で形状が分かるようになったのは幸いね)
それは一種のソナーのような使い方だったが輪郭から何からが一瞬で知覚出来た。但し、種族名だけは視認するまで分からないけれど。
近づいてみるとそこに居たのは、
「スライムにゃ。食べられるのかにゃ?」
ぷよんぷよんとゼリーのように柔らかそうなスライムだった。それも大量のスライム。
鑑定するまでもなく、それは世界で最弱な魔物だった。私の主観による判断だけどね。
私は木の上に登りつつ風の刃をスライムに飛ばす。
(あ! 躱された? 違う?)
飛ばしたのにぷるんと躱されて跳びはねるだけだった。
(あれは攻撃されたと認識した?)
敵対行動に出られる前に仕留めたかったが足許をすくわれた私の落ち度だった。
なので改めて鑑定してみた。
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名前:なし 性別:なし 年齢:なし
種族:ポイズン・スライム(魔物/成体)
Lv:一〇 経験値:〇〇九/一〇〇
体力:一〇〇/一二〇
魔力:一〇〇/一〇〇
スキル:水魔法/S 悪食/S
耐性:毒無効
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結果、毒持ちの魔物と判明した。
それも、水魔法と自身の毒でやられないための耐性持ちだった。個体のLvは総じて低いが耐性無きまま戦うのは不利でしかなかった。
その毒がどの程度の毒か分からないからね。
(不味い。水魔法を撃ち出される前に対処しないと。幸い、気づかれていないっぽいし)
私は一匹のスライムに対し簒奪を行使した。
照準したのは毒無効という耐性だ。
これが無いとどうあっても負けるから。
弱者が強者に勝つという前例は私自身が示したも同然だしね。魔物にLvという概念が認識出来ていようがいまいが弱い魔物と決めつける事が早計だったのは確かだった。
(よっし! 毒無効獲得! 鑑定結果は?)
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耐性:毒無効
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別枠で獲得出来た事を知った。
無事に耐性として得られたようだ。
魔力の減りも一匹だけだったので一だった。
毒無効を簒奪されたスライムは急激に色が変化して弾けるように魔石となった。
(耐性無きままだと自滅するのね。それなら継続して残りも頂きましょうか!)
スライムの数は全部で八〇匹。
そこそこの群れで存在していた。
それを簒奪だけで奪い獲り、スライムは小さな魔石に成り果てた。得られた無効特性は重複しているにもかかわらず一つだけだった。
水魔法も勿体ないので簒奪したけどね。
(簒奪は可能だけど反映はされないと?)
そう、思ったのも束の間、
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簒奪:風魔法/C 水魔法/F(新)
耐性:毒無効(○)
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○印が隣に出ていた。
そこを意識するとズラズラと毒の種類が出ていた。数え上げればキリが無い八〇種類の毒が無効となっていた。これには私も呆然である。
「魔石、舐めてこようかにゃ」
最後は思考停止を選択し、木の枝から降りた私は八〇もの魔石を一つずつ舐めていった。
「味が異なるにゃ!?」
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