猫天国から迷宮猫に転生した件。─猫吸いの禁断症状は自力で解決した─

白ゐ眠子

プロローグ

第1話 気がついたら猫だったにゃ。

「にゃんにゃの、にゃんにゃの!?」


 鬱蒼と茂る森の中、一匹の仔猫が必死に逃げ惑う。仔猫の背後からは獰猛な狼が数十匹で追いかけてくる。仔猫は一心不乱に大木へと爪を立て、必死の思いで大木へと登っていく。


「にゃんで、にゃんで、こんにゃことにぃ!」


 その仔猫には何故か意思があり人語を解していた。必死に逃げつつ頭の中では混乱していたようだが。狼達は獲物に逃げられたとは思っておらず大木周囲に陣取る。仔猫など食しても餌にすらなり得ないのに不可思議な行動だった。


「まだ居るにゃ。あれはにゃんにゃのにゃ?」


 太い枝にしがみつき、地上を見つめる仔猫。

 ギラリと輝く狼牙と瞳に怯えるだけだった。

 仔猫は恐る恐る狼を眺めながら思い出す。


(目覚めたら薄暗い森の中。一体、私の身に何が起きたというの?)


 思考回路は人族と同じ。

 言葉を発する不可解な仔猫。

 本人は自分が何者なのか気づいているようだが自身の状態は気づいていなかった。


(あの大きな犬といい、ここは何処? 確か猫喫茶の後、旅行に)


 旅立ったはずと仔猫は怯えながら思案した。


(なのに目覚めたら、大型犬に追い回されているとか、よく分からない。言葉を発する事は出来るのに語尾に「にゃ」が付くし)


 にゃが付くのは仔猫だからとしか言えない。

 仔猫は自身が仔猫と認識していないようだ。


(私の身に何が起きたのぉ! 誰か説明してよぉ!)


 説明もなにも出来るものでなし。

 仔猫は怯えて地上を眺めるだけだった。

 直後、怪我した腕を見た仔猫の瞳に何かが映る。


(え? 猫の手? コネコって私の名前じゃん。というか、これはゲーム? いえ、違う? 種族が、人ですらない?)


 それは説明しろと言われた何かからの回答なのだろうか。仔猫の瞳が薄い青色に輝きつつ発せられた何かなのは確かだった。

 仔猫の瞳に映るもの、


 ────────────────────

 名前:コネコ 性別:メス 年齢:生後一日

 種族:ホワイト・ピューマ(魔物/仔猫)

 Lv:一    経験値:〇二/一〇

 体力:〇五/一〇

 魔力:一〇/一〇

 スキル:疾走/F(新) 木登り/F(新)

 固有:魔眼(鑑定・石化・簒奪/S)

    体力自動回復/A 魔力自動回復/A

 簒奪:なし

 ────────────────────


 それは自身を示す情報の塊であった。


(なんか、色々と頭痛のする状態だって分かるかも。この白い毛並みもそうだけど、わ、私が猫になっているじゃないの!)


 仔猫ことコネコは自身を虎視眈々と狩ろうとする狼達を眺めつつ愕然としていたのだった。



 §



 私は猫屋ねこや小猫こねこ

 二〇才。旅行代理店に勤務する社会人だ。

 私は猫が好きすぎるくらい大好きだった。

 名字にも名前にも猫が入っているからね。

 だが、好きだとしても一切、触れなかった。

 それは先天性の猫アレルギーがあったから。

 触れるだけで呼吸困難を引き起こす病持ちだったのだ。それでも愛でるくらいは可能だ。

 そんな中、症状が改善される薬に出会った。

 あくまで改善されるだけで完治する訳ではない。触れる。ただそれだけが可能な代物。

 お陰で猫喫茶の出入りも可能になった。


(確か、旅行に出て、旅先で猫達に出会って。猫吸いして天国に召されたのね)


 その時は大興奮していたのだろう。

 薬の効果を忘れ猫塗れになりながら猫吸いし天国を味わいながら天国に旅立った。


(なんたる皮肉か。猫吸いして天国に旅立って気づいたら猫でしたって? それも魔物って。ここは元の世界ではないの? 天国と思ったら小説によくある異世界転生なの?)


 とはいえ考えたところで解決策はない。

 今は仔猫としてこの場に居るのだから。

 気がつけば自然と冷静になり周囲の状況も良く見えてきた。

 眼下、地上に彷徨く大型犬は、


 ────────────────────

 名前:なし 性別:オス 年齢:二〇〇才

 種族:ブラック・フェンリル(魔物/成体)

 Lv:五〇   経験値:四九九/五〇〇

 体力:四〇〇/四二〇

 魔力:五〇〇/五〇〇

 スキル:闇魔法/C 風魔法/C

     統率力/A 悪食/A 強奪/A

 強奪:鑑定不能(Lv制限)

 ────────────────────


 それなりにデカい魔物であった。


(というかLv差がエグいね。私は一で四九も差があるとか・・・ん? これって鑑定?)


 何故か私に備わっていたスキル。


(固有スキルもそうだけど、これって魔物では当たり前、なのかしら?)


 私は本能が怯える間も冷静に思案する。

 この本能は仔猫としての生存本能だろう。

 強者に追われて死に物狂いで木に登ったから。その所為か、木登りスキルが生えたような表記があった。疾走は逃げるためのスキルね。


(新と出てるのは新スキル。スキル名の隣の表記はランクかしら?)


 固有スキルを認識すると種族特性の文字が出た。これが本来の魔物では文字ではなく本能で全てを理解して判別するようだが私は少々特殊らしい。それが追われる理由なのかどうかは知らないけれど弱肉強食ってだけなのかも。


(休んでいる間に体力が回復してきた?)


 それでも上限が一〇なので、生後一日では仕方ないのかもしれない。


(魔力は余ってる? 鑑定に使っていない?)


 余っているというか使えないだけなのかも。

 大型犬もといフェンリルには風魔法なるスキルがあった。私を追う際に魔法を使っていないのか魔力は減っていなかった。

 直後、私のお腹から可愛らしい音が鳴る。


(お腹空いた。仔猫だから食事はお乳かな?)


 お乳のはずが何故か森に放置され、フェンリルに追われているのだから親に捨てられたのかもしれない。育児放棄って魔物でもあるのね。

 ともあれ、このまま地上を眺めていてもジリ貧なので、何かしら撃って出ようと思った。

 この不可思議な世界に生まれてきて、フェンリルに食われて死ぬとか無情過ぎるもの。どうせなら生き延びて、世界を見て回りたいしね。


(旅行好きの猫好きが猫の魔物に転生するとは想像出来なかったけど)


 まさか猫に転生したいと願ったからか知らないが本当に猫になるとは想定外だったよね。



 §



 体感時間で数刻過ぎた頃合いだろうか?

 暗かった森が少しずつ明るくなってきた。


(今までは夜だったの? ああ、夜目が利いていたから気づけなかっただけなのね。夜行性がこういう形で生きるなんて)


 地上のフェンリルに動きはない。

 未だにのそりのそりと周囲を歩くだけだ。

 だが、それでも逃してくれるつもりはないようだ。

 私は状況の打破が出来るか分からないが、


(魔眼の石化・・・使ってみようかしら)


 試しに見える範囲のフェンリル。

 一〇匹を相手に使ってみた。

 直後、身体の内側からどっと何かが抜け出る感覚があり頭痛と共に疲労感が襲ってきた。

 私は何事と思い自身を鑑定した。


(魔力が無い! あ、でも石化自体は出来ているのか。数は一〇匹。一匹につき魔力が一だけ消費するのね。体力は減っていないから数値化されていない精神力が影響しているのかも)


 鑑定だけは見るだけでいいから魔力が使われないのかもね。そうなると、もう一つの簒奪も魔力が関係しているかもしれない。

 一先ず減ってしまった魔力が固有スキルで回復するまで待った。残量が二まで増えると一匹の石化した相手に簒奪を使ってみる事にした。


(完全にゼロにすると頭痛が起きるものね)


 それだけは何が何でも避けないと。

 そのままフェンリルを見ると石化時間が表記されていた。ああ、制限時間有りと。

 時間は私が認識可能数字で残り一〇秒とあった。このままだと石化が解けて元に戻ると。


(ええい、ままよ! 簒奪!)


 その直後、私のスキル欄の下、


 ────────────────────

 簒奪:風魔法/F(新)

 ────────────────────


 簒奪と書かれた場所に風魔法が生えていた。

 それと古いスキルから(新)が消えていた。

 おそらくこれは相手のスキルを奪うスキルなのだろう。石化が解けたフェンリルの一匹を見ると風魔法が消えていたから。

 但し、簒奪してもランクはFからだった。

 元がCだから、少し惜しい気分になった。

 直後、怒り狂ったフェンリルが巨体を大木にぶつけてきた。私は咄嗟に爪を立て枝にしがみついた。揺れはまだまだ続く。何が何でも私を食ってやるとの強烈な意思が垣間見えた。

 私はしがみついたまま体当たりを行うフェンリルの眼球に風の刃をイメージして飛ばした。


「きゃうん!」


 風の刃は見事に眼球を切り裂き、大量の赤い血液を撒き散らしながら転げ回った。

 それを見たフェンリルは、まさか反撃されるものと思っていなかったのか、転がる一匹を除いて後退し、距離を取って撤退していった。

 私は警戒したままピクピクするフェンリルを眺める。そして木の枝から地面に飛び降りた。

 くるくる回転したのち着地した。


「こういうところは猫なんだにゃ。お腹が空いたし勿体ないから、食べようかにゃ?」


 あとは本能のままフェンリルの首筋に嚙みついて絞めたのち、爪を立てて腹を割いた。

 血生臭いはずなのに美味しそうに見えた生き肝を中心にムシャムシャと喰らった私だった。


「消化器は臭そうだから放置だにゃ」




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