第12話 野口清子


 天井の高い、洞穴が続いていた。道は一本しかなく、周りは、どこから湧いてるのかわからない水で覆われていた。


 その水を、手を繋いだ女性信者達が渡っていた。


 先にタマが進んだ。トミさんとあたしは懐中電灯を向けながら気を付けて石の道を歩く。闇が深い場所へ。大きな鳥居が建てられたその奥へ。空気が薄い。だけど、呼吸は出来る。とても静かだ。水の音しか聞こえない。足音すら闇に消える。突き当りに鳥居があり、その先にはさらなる階段が続いていた。タマが下りていく。トミさんとあたしは一歩ずつ下りていった。壁に札が貼れていた。闇は恐い。けれど、温かい空気が包んでいる。あたしは何もわからないけど、これが瘴気というものなのかもしれない。


 階段を下りると、タマが何か見つけた。階段の端に落ちていた。トミさんが拾って見てみた。


【文子ちゃん、この先にいるから。


 私、待ってるからね】


 あたしはタマの頭を撫でてから、その場所を見た。水が、足場全体に薄く広がっている。タマが階段のところで止まった。タマも、これ以上はいけないようだ。一歩、進もうとしたトミさんの手を、あたしが握った。トミさんが振り返ってあたしを見た。あたしは頷き、トミさんが頷き、一緒に水の中にある地面を踏んだ。ゆっくりと、奥へ進んでいく。


 ゆっくりと、井戸が見えてくる。

 女子生徒が、信者が、その井戸へ歩いていく。

 あたしとトミさんが、確実に井戸へ歩いていく。


「……そういえばトミさん、この情報を言うのを忘れてました」

「何?」

「学院長先生の、若い頃の写真を見た時、あたし驚いたんです」

「どうして?」

「似てたんです」


 水が弾いた。



「カチューシャをしたお顔が、あたしと、瓜二つだったんです」




 恵みの井戸に、たどり着いた。


 井戸は、静かにその場に存在している。


 その後ろに、誰かいる。



「高橋先輩は……その写真を見て、あたしに、ここには絶対に近づくなと言いました」

「トミさんがここに来るまで、あたし、カチューシャなんてしてなかったんですよ」

「髪も、もっと長かったんです」

「でも、トミさんが来たから」

「きっと、ここに来ることになるんだろうと思ったから」

「あたし、自分で髪を切って、当時の学院長先生がしていたような、同じ感じのカチューシャを探したんです」


 影が、振り返った。


「お役に立てるといいんですけど」














 野口清子が、あたしを見た。











「……やっと来てくれた」


 白い顔の彼女が、歩いてくる。


「ずっと待ってたのよ。文子ちゃん」


 あたしに真っすぐ近づいてくる。


「誰かがここに来るたびに、ずっと貴女だと思って見ていたけど、貴女じゃなかった。だから、私待ってた」


 井戸に囚われた魂。


「ここでずっと」


 手を伸ばしてきた。


「待ってた」


 ――清子の背後にあった影から、処刑された女たちの顔が浮かび上がった。悲鳴を上げ、泣きじゃくり、絶叫する。


 トミさんがあたしの前に立ち、数珠を投げつけた。大きな数珠が清子に巻き付いた。清子が苦しそうにうめき、数珠に締め付けられる中、あたしを見つめた。


「文子ちゃん」


 あたしは彼女を見つめる。


「大丈夫。誰にも邪魔はさせない」


 清子が優しく微笑んだ。


「一緒に逝きましょうね」


 清子が姿を消えた。数珠が水の中に落ちた。トミさんがあたしの手を掴み、すぐに数珠を拾った。闇の中で死んでいった女性たちの悲鳴が響いた。空気が重くなる。タマの吠える声が聞こえた。あたしの体が寒くなり、震え始める。懐中電灯が点滅する。トミさんが辺りを見回した。暗くて見えない。懐中電灯の一瞬の光が救いとなる。あたしは震える手で点滅する懐中電灯を向けると、あたしの首に向かって両手を伸ばしてきた清子が見えた。


「文子ちゃん!」

「っ……!」


 息だけの悲鳴を出すと、トミさんがすぐにあたしの前に塩を投げつけた。清子が消えた。処刑された女性たちの泣き声があたしの頭に入って来た。その場に座り込むが、トミさんは絶対にあたしの手を離さない。あたしは踏ん張って、なんとか立ち上がろうとすると、白い両手が地面から生え、腰を抱かれた。


「ふわっ!?」


 倒され、頭が水の中に埋まる。窒息してしまう。だからトミさんが札を投げつけた。札が破裂すると、白い手が消えて、あたしは自由になった。急いで体を起こし、立ち上がる。


「文子ちゃん!」

「ぬぐっ、ブス!」


 背後から抱きしめられたところを、数珠が飛んできた。清子を数珠が捕まえ、強く締め付ける。しかし、清子がすぐに姿を消した。沢山の女性が耳元で囁いてきた。


「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「文子ちゃん、その子は誰?」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「どうして私達の邪魔をしてくるの?」

「ああ、やばいです。トミさん。なんか、清子さん、すごく怒ってます……」

「なんだって?」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「文子ちゃん、一緒に逝くって約束したよね?」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「指切りげんまんしたよね?」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「私、ずっと待ってたんだよ?」

「一緒に井戸に落ちる約束したよねって……。ずっと待ってたって……」

「くそ、きりがない!」


 トミさんがあたしを引っ張って走り出す。


「姉さん! どこにいるの!?」

「寒い……。トミさん……寒いです……」

「姉さん! サチコさんに入れる!?」

「文子ちゃん、文子ちゃん、文子ちゃん、文子ちゃん」

「邪魔!」

「寒い……体が……重たい……」


 あたしの足が止まった。トミさんが転び、あたしもその場に倒れた。目を開くと、清子が見える。


「一緒に逝きましょう。文子ちゃん」

「一緒に……身を……投げて……罪を……」


 トミさんがあたしの頬を叩いた。あたしははっとした。一緒に立ち上がり、走る。


 トミさん、ありがとうございます。


 そう言いたかったのだが、口からあたしじゃない声が出た。


「どうして邪魔をするの?」

「罪……を……浄化……して……」

「ごめんなさい……サクラ……」

「ハナ……どこ……」

「雪子さん……」

「私と文子ちゃんの邪魔をしないで……」

「姉さん! 何か喋って! ミヨコ姉さん!!」

「同性愛者……罪……罪人……サタン……罪人……」

「文子ちゃん」

「雪子……」

「私後悔してる……」

「冷たい……」

「寒い……」

「逝く……井戸……に……落ち……て」

「姉さん!!!!!」


 トミさんが叫ぶと――あたしの口が勝手に動いた。


「トミ、儀式の仕方を忘れたの? 散々教えたでしょう」

「儀式っ……」


 トミさんがはっとして、足を止めた。あたしはトミさんにぶつかった。


「あ、いて」

「サチコさん! 起きてる!?」

「あわわわ! 起きてます! 起きてます!」

「タマ! 手伝って!」

「わん!」


 タマが階段から駆けてきた。


「蝋燭のある場所を教えて!」

「わん!」

「サチコさん! 走って!」

「お前も殺し……」


 頬を叩かれた。


「あ、いて」

「サチコさん!!」

「うわ、ブス。どうしたんですか。トミさん」


 そのまま手を引っ張られる。


「トミさん、足早いです!」

「わん!」

「まずは一本目!」


 トミさんが蝋燭に火をつけようとして、足を引っ張られた。


「んぐっ!」

「うわあ、トミさん! だいじょ……」


 大勢の女たちに、トミさんの足が掴まれていた。


「うわ、ブスーーーーー!!」

「サチコさん! 火をつけて!」

「火!? 火をつける……」


 震える手でマッチ箱に棒を擦り付ける。


「ついて。ついて。お願い。ついて。神様女神様仏様、どうかどうかお願い……!」


 必死の試みで蝋燭にマッチ棒を近づけると、火が灯った。


「ついた!」


 トミさんが足を引っ張る魂に数珠を投げ、両手で印の形を作ると、女たちの悲鳴と共に、足が解放された。立ち上がり、再びあたしの手を握って一緒に走る。


「トミさん! あれって、ここで亡くなった方々ですか!?」

「だとしたら何!?」

「なんであたし達を襲ってくるんですか!?」

「魂と魂がくっついて、おかしなことになってるの! 清子もそう! 巨大な寂しさとか虚無感が固まり合って、大混乱してる状態!」

「正気ではないということですね!?」

「正解!」

「納得しましたーーーー!!」


 タマが吠えた。トミさんとあたしがそこに向かって走ると、正面から清子が歩いてきた。あたしに抱き着いてきた。あたしが悲鳴を上げると、トミさんが数珠を投げ、清子に巻き付いてきた。しかし、きつく絞めつけられる前に清子が姿を消し、どこからかあたし達を見ている。その間にトミさんとあたしは立ち上がり、二本目の蝋燭の元へ行った。しかし、見えないところから何かを投げられたようにあたしの体が痛くなった。


「いた。いたた! 何!? 痛い!」

「少し我慢してて!」

「痛い痛い痛い! 頭が痛い!」


 トミさんがあたしを放置して、蝋燭に火をつけた。火が灯ると、トミさんがすぐに振り返り、札を投げつけた。札が破裂すると――あたしを囲んでいた女たちが見えて――消えた。


「あ……あばばば……あばばばば……」

「立つ!」

「文子ちゃん」

「わん!」

「次!」

「ふんぎゃっ」


 タマが吠える。その先に急ぐと、タマの声が悲鳴になった。トミさんが点滅する懐中電灯を向けると、女たちに水の中へ沈められていた。


「あっ!」


 トミさんが声を上げると、あたしの手がトミさんの札を盗んだ。


「え!?」

「死霊!」


 あたしの手が、札を投げつけ、あたしじゃない声が出た。


「浄化!」


 札が破裂したと同時に、タマを沈めていた女たちが悲鳴を上げて消えていった。タマが起き上がり、体をぶるんぶるんと震わせ、水を飛ばした。


「わん!」


 あたしは壁に手を突っ込んだ。トミさんは蝋燭に火を灯した。

 あたしはそれを掴んで引っ張った。トミさんが近づいてきた死者達に数珠を投げた。

 あたしは叫びながら引っ張り上げた。すると、それが土壁の中から出てきた。水の中に落ちたのを見て、トミさんが声を上げた。


「姉さん!?」

「ぶくぶくぶく」

「……ぐっ……ん……」


 高橋美代子が唸りながら起き上がり、あたしの頭を叩いた。


「ぶぐぐっ!」

「……お……きて……」

「た、……高橋先輩!?」

「姉さん!」


 タマが走り出した。そして、遠くの方で吠える。


「わおーん!」

「火を……早く……」

「トミさん!」


 あたしの口が動いた。


「文子ちゃんを返して!」


 トミさんがあたしの頬をひっぱたき、痛みで吹き飛んだあたしを無理矢理立たせ、一緒に走り出した。


「なんで叩くですかぁー!」

「貴女が取り込まれやすい体質だからよ!」

「酷いですぅー!」


 次の瞬間、あたしの足が取られた。手が離れ、トミさんが振り返った。大量の死者の女たちが、あたしの足を引っ張っていた。井戸に、引きずろうとしている。トミさんが数珠を投げようとしたが、あたしは必死に叫んだ。


「トミさん! 先に火をつけてください!」


 トミさんが目を丸くした。


「早くーーー!!」


 トミさんが急いでマッチ棒に火をつけた。あたしは井戸に引きずられていく。


「トミさん、早く! 早く早く! あたし! 井戸に連れ込まれてしまいます!」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「文子ちゃん」

「違う。しっかりして。あたしはサチコ。幸せな女の子……」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「早く、井戸へ」

「あたしはサチコ! あたしはサチコ! あたしはサチコ!」

「苦しい」

「寂しい」

「痛い」

「怖い」

「冷たい」

「もう少しで会える……。文子ちゃん……」

「トミさん! 早く! トミさん! タマ! 高橋先輩! 川合先輩! あたしサチコ! あたしサチコ! 幸せな女の子!!」


 両足を、笑みを浮かべる清子に掴まれた。


「あたしサチコーーーーーー!!!!」


 火が灯った。

 その瞬間、壁に貼られていた大量の札が燃え始めた。

 井戸の周りはまるで太陽が昇ったように明るくなった。

 この眩しさに驚いた死者達が、井戸に飛び込んだ。

 清子が悲鳴を上げて顔を覆った。

 明るくなったお陰で、井戸の側に倒れていた川合先輩と、彼女と手を繋ぐ女子生徒を発見した。


 燃える音が響く。


 あたしは立ち上がった。

 清子さんはそこにいる。

 あたしは清子に近づいた。

 トミさんがあたしに走った。


 あたしの手が、清子さんの肩に触れた。



「文子ちゃん」



 その瞬間、あたしの頭に、あたしのものではない記憶が見えた。



「来てくれた」


 抱きしめ合う二人。


「一緒に逝きましょう」


 笑みを浮かべると、文子ちゃんも頷いた。


「次の世で、一緒になりましょうね」


 覚悟を決めた二人は手を繋いで、井戸へ歩いていく。身を投げれば罪が浄化される。でなければ、別れるしかない。そんなのは耐えられない。ならば、このまま井戸に身を投げよう。


「いち、にのさんで、行きましょう」


 文子ちゃんが頷いた。だから、一緒に数えた。


「いち、にの、さん」


 手を繋いで、一緒に、飛んだ。


 いいえ。飛んでない。


 文子ちゃんが、私の手を解いた。


 私は目を開いた。


 そこには、恐怖で固まる文子ちゃんが立って、私を見下ろしていた。


「文子ちゃん」


 私は、たった一人、


 井戸の底へ落ちていった。





 井戸の底には、多くの同じ人がいた。

 私は一人じゃなかった。

 皆と同じく、相手を待った。

 きっと、来てくれると思って。

 でも、文子ちゃんは来なかった。

 だから私、ずっと、一人で、井戸の底に、ずっと、皆と同じように、待ってるの。文子ちゃんを。想い人を。好きになっちゃいけなかった人を。


 また一人、落ちてきた。

 また一人、落ちてきた。

 でも、文子ちゃんじゃなかった。

 また一人落ちてきた。

 私は待った。

 また一人落ちてきた、

 文子ちゃん。



 私、待ってるよ。



 貴女が来るのを、信じて、待ってるよ。



 文子ちゃん。






「来るわけないじゃないですか」

「来ないですよ」

「いくら待ったって、文子さんは来ません」

「死ぬのが怖くて、手を解いたんですよ」

「わざわざ死にに、来るわけないじゃないですか」

「貴女がいくら待ったって、来ませんよ」

「来ないんです。文子さんは」


 トミさんが足を止めた。

 清子さんが顔を上げた。


 号泣するあたしを見つめた。


「なんで死んじゃったんですか」


 大量の鼻水が落ちた。


「人を好きになって、なんでそれが同性だったからって、罪人なんですか。そんなのおかしいです。そしたら人類全員、罪人じゃないですか。好きになった人が同じ性別だったからって、そんなのおかしいじゃないですか! 死んだら、おかしいこともおかしいって、言えないじゃないですか!」


 清子さんが泣くあたしの顔を無言で見つめた。


「なんで死んじゃったんですか! なんでこんな井戸に、身を投げたんですか! なんでそんなバカなことしたんですか! 貴女のような美人、生きてたら、知り合いになってたら、ものすごく自慢できたかもしれないのに!」


 あたしは子供のように泣きじゃくった。


「わーん!」


 清子さんが困ったように眉を下げた。


「わーん!」


 大泣きするあたしを、優しい腕で抱きしめた。


「うわーあ! あーん!」


 清子さんが――俯き――ゆっくりと顔を上げ、トミさんを見た。トミさんが清子さんを見て――高橋先輩に振り向いた。


「姉さん」

「トミ、いけるわね」

「うん。清子……さんが、冷静になってくれたから……いけると思う」


 トミさんと高橋先輩が井戸を囲んだ。


「多くの人々が、ここに囚われてる。私達が、その縄を断ち切る」

「いつでもいける」

「足を揃えて」


 トミさんと高橋先輩が構えた。


「「せーの」」


 ――それは、とても素敵な舞だった。湖を踊る妖精のように、二人が舞った。炎がより燃えた。より燃えた炎は、水の中へと伝っていき、井戸に囚われた死者達を温めた。冷たかった魂が、どんどん温かくなっていき、縛り付けていた縄が燃えた気がして、一人が、井戸から出ていった。そしてもう一人が出ていった。さらに一人、もう一人、まだ一人、井戸に落ち、井戸に囚われた女性達が、一人、また一人と――上へ飛んでいく。


 あたしは清子さんの手を強く握った。

 清子さんがあたしに微笑んだ。

 自らの手であたしの頬に触れ、あたしの涙を拭った。


「文子ちゃんが来てくれると思ってた」

「ずっと寂しかった。ずっと待ってた。それだけが希望だった」

「だけど、貴女が泣いてくれたから」

「私のことを、罪人ではないと、言ってくれたから」

「だから、もういい」

「私は罪など犯してなかった」

「人を好きになっただけ」

「貴女が認めてくれたから」

「だから」

「もう」

「私、逝きます」


 清子さんがあたしの涙を拭った。あたしはさらに泣いた。清子さんが離れていった。あたしは強く手を握った。清子さんがおかしそうに笑った。あたしは号泣した。清子さんが手を伸ばして、あたしの頬を撫でて、呟いた。


「文子ちゃんを、責めないであげて」


 ――最後にあたしの涙を指で拭って、手が離れた。


 笑顔で上へ上っていく。清子さんが消えていく。井戸に囚われていた魂が消えていく。小春さんも。安さんも。舞さんも。他の女子生徒も、女性も、みんな、みんな――解放されて、上へ、飛んで、消えていく。


 舞が終わると同時に、全ての魂が――聖寵せいちょうノ堂から消えていた。


 もうここには何もない。


 誰も、いない。


 札が燃え切った。蝋燭につけられた火だけが残った。


 すすり泣くあたしに、トミさんが近づいた。


「……サチコさん、人探しはね、帰るまでが人探しなのよ」

「清子さん……悪くない……何も……悪くないのに……」

「サチコ」


 ふらつく高橋先輩が、すすり泣くあたしを抱きしめた。


「近づかないように言ったのに。馬鹿な子ね」

「……。……。……」

「トミも、わざわざ転校してきてくれて、ありがとう」

「……ふん」

「帰りましょう。……終わったのよ」


 水の揺れる音だけが、耳に入る。




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