第11話 山田幸子

 教室に行くと、川合先輩が使われていた机が綺麗に置かれていた。机の中を見るが、何も入っていない。教室の後ろにある棚を高橋先輩が弄り出した。あたしはドアの窓から、タマと一緒に見回りを警戒した。

 しばらくして、高橋先輩が息を呑み、後ずさった。


「サチコ」

「何かありましたか?」

「絵が」


 掲示板に飾られた川合先輩の絵を指差した。井戸の底から咲き乱れる百合の花の絵であった。


「題名、『恵みの井戸』」

「流石、川合先輩です。芸術家のように美しい絵です」

「この井戸は、黄泉の国と繋がってると言われている井戸よ」

「黄泉の国? 外国ですか?」

「簡単に言えば、死者が逝く場所。それを黄泉の国というの」

「え、そんなところに繋がってる場所があるのですか?」

「そうよ。意外と至る所にあったりするの。この井戸はその一つ」

「はあ。だから鳥居とかなんか、周りにいっぱいあるんですね。高橋先輩、よくご存じで」

「だから不思議なの。なぜサダコさんがこの井戸のことを知っているのか」

「確かに。誰かから聞かないと、知りえない情報です」

「サダコさんは……誰かから井戸のことを聞いた」

「でも、死者の国と繋がってる井戸のことを聞いて、行きたいと思います?」

「違う伝え方をされたのかも。例えば、ここで結婚式を挙げれば、結ばれるとか」

「あ、確かにそれなら行くかも。クラスメイトの恋人がいるなら」

「問題は誰が伝えたか」

「これどこにあるんですかね?」

「井戸の場所を知っている人物」


 ドアが開かれた。あたしはぎょっと自分の口を押さえ、高橋先輩があたしを引っ張った。


「……ふう。疲れたな」


 見回りの先生がドアを閉めた。

 教卓の下に隠れた高橋先輩が、あたしとタマに囁いた。


「今夜はここまでにしましょう。サチコ、お願いがあるんだけど」

「はい」

「明日、この学院の歴史について調べておいてくれないかしら?」

「学院の歴史ですか?」

「図書室に本があるはずよ。お願いできる?」

「わかりました! 明日の夜は……」

「貴女の調査次第よ」

「わかりました」


 翌日、あたしは少し寝坊して、授業に参加した後、生徒会の仕事をやりつつ、図書室で学院の歴史について調べました。


 ここは元々キリスト教の教会で、イエス・キリストの教えを伝えに来た信者が日本人の信者を集めるために建てた所だった。戦争も酷くなり、不景気となり、そのお陰で神に助けを求める信者が多くなった。井戸は元々信者たちが使っていた井戸であった。井戸に溜まる水は自然の恵み。水があるからこそ貧乏でも生きられる。井戸は恵みで溢れていた。しかし、信者が教えに背いた。同性を好きになってしまった。だから、見せしめとして、ここで処刑された。


【神は、人間に役目を与えた。

 男は種を持ち、女は受精する。そして新たな人間が産まれる。

 男と男が交わることでは新たな命は芽吹かず、女と女が交わることでは新たな命は誕生しない。

 これにより、人間は異性と交わるべきである。

 同性と交わってしまった場合、体が汚れ、その罪は地獄へ行っても浄化されない。

 罪を断ち切るには二つの方法がある。

 一、二度と同性と交わること無く異性と交わる。

 一、恵みの井戸にて身を投げ、罪を浄化する。


 我ら、これを守られたし。】


 信者はそのように言い伝えた。同性愛者をこの井戸で処刑した。同性を好きになったことで罪を背負ってしまった人の罪を浄化すると言って。しかし、別れるという手もあるらしい。それで罪が浄化されると。

 個人的に見ればおかしな話だ。目に見えない罪が、浄化されてるか浄化されてないかなど、確認しようがない。それでも、当時の人々は信じた。


 この行為がお偉いさんに見つかったようで、直ちに禁止となった。


 学院となった教会は、間違った教えで処刑された死者の魂が少しでも安らぐよう、この場所を聖寵せいちょうノ堂と名付け、神と、死者に、祈りを捧げる場所となった。


 しかし、この井戸は人が多く死んだ場所。心中するにはもってこいの場所なのだ。死者は止まらなかった。同性愛者が死ににくる。身を投げに来る。宗教上、国の文化上、同性を愛する人間は皆変人なのだ。だから、後ろめたくて、罪悪感に襲われ、罪を浄化させるため、多くの女子生徒がここで死んでいった。


 その後、この建物も戦争の影響で、土砂崩れが全てを覆い、建物および、中にいた人全員を巻き込み、埋まってしまった。死者達を癒すため、その上に大聖堂を建設し、全ての祈りの間として使われているのが現在。


 今の校舎は、新校舎として建てられた。


「以上が、調べたことです」

「……」

「……すみません。六割、あたしの憶測も入ってます。こうでないと、まとめられなくて……」

「今の時代で、旧校舎について知ってる人物はただ一人」


 高橋先輩が断言した。


「学院長よ」

「学院長室に忍び込みますか?」

「サチコ、タマと一緒に行ってくれる?」

「高橋先輩はどこへ?」

「管理室をもう一度探してみるわ。その情報があれば……何かわかるかも」


 あたしは言われた通り、その晩、タマと一緒に学院長室に忍び込み、手あたり次第引き出しを開けた。しかし、井戸にまつわるものは何もなかった。


(本当に何もないのかな?)

「わん!」

「タマ? この引き出しはもう開けたでしょ?」

「わん!」

「わかった。もう一回開ける」


 再度同じ引き出しを開けると、タマが鼻を引き出しに入ってた本の中に押し付けた。その本を開くと、挟まってた写真が落ちた。


「あっ」


 手を伸ばし、写真を拾う。綺麗な女子生徒の写真だった。


「若い頃の学院長先生かな?」

「ふんっ!」

「あれ、何か入ってる」


 積み重なった本の下に、何かの鍵が入ってた。錆びていて、使い物にならなそう。


「なるほど。この本、卒業アルバムか。この時代からあるんだな」


 あたしは懐中電灯をアルバムに向ける。


「えーと、坂本文子、坂本文子……。あ、いた。……あれ?」


 あたしは眉をひそめる。


「写真の人と顔が違う」

「くぅん」

「この写真の人は……あ、この人だ。野口……清子」


 首を傾げる。


「なんで清子さんの写真を挟んでたんだろ?」

「わん」

「……まあいいや。鍵とこれ、持っていこう。いらないって言われたら戻せばいいし」


 あたしは見回りの目を盗み、高橋先輩がいる管理室に向かった。


「先輩、学院長先生の卒業アルバムを持ってきました!」

「そんなものがあったの?」

「ありました。なんか綺麗な人の写真を挟んでて、その下にはこの鍵がありました」

「鍵!?」


 鍵という言葉に高橋先輩が反応し、鍵を握った。


「待って、これ、もしかして……」


 高橋先輩が管理室の――床下ドアの鍵穴に、鍵を挿してひねった。ドアが開いた。


「でかしたわ! サチコ!」

「床下なんてあったんですね!」

「わん!」

「静かに。行くわよ……」


 高橋先輩がドアを開けると――大量の手紙と、日記がしまわれていた。高橋先輩が手紙を開けた。


【文子ちゃん

 可愛い私の文子ちゃん。貴女の横顔を見ていると、私の心が癒されていく気がするの。祈っている文子ちゃんの姿は、天使様のように綺麗。私、貴女の側に居られて幸せよ。】


【文子ちゃん

 お手紙ありがとう。貴女の文字を見るのは大好き。苦しいことも、辛いことも、全部を忘れることが出来る。大好きよ。】


【文子ちゃん

 私達、お互いに許婚がいて、学院を卒業したら結婚が決められている。でも、私は文子ちゃんと離れたくない。文子ちゃんはどう思う?】


【文子ちゃん

 返事をありがとう。貴女も同じ気持ちだとわかって、私、とっても嬉しくなった。いつ、行きましょうか?】


【文子ちゃん

 お手紙ありがとう。明後日の夜に、集まりましょう。先生に見つかっちゃ駄目よ。もし、先に井戸についたらそこで待ってて。私、必ず行くから。


 一緒に逝こうね。】



「……」


 高橋先輩が日記の最後のページを開いた。


【●月●日

 お父さん、お母さん、私は清子さんと一緒に逝きます。どうか捜さないでください。捜したって、きっと私はいません。さようなら。次の世で会いましょう。】


「恋人と心中しようとしたんだわ。恵みの井戸で」

「でも、学院長先生は生きてます」

「失敗した?」

「どこかに……この先のことを書いてませんか? これは……違う。これも……違う……」

「……」

「清子さんはどうなったんです? 手紙には、必ず行くと書いてますよ?」

「……」

「なぜ学院長先生は生きてるんです? なぜ土砂崩れにあった旧校舎を掘り起こさず、埋めたんです? その上に……大聖堂を建てたんです? まるで、みんなから隠すように」

「……恵みの井戸は……そこにある……。そして……サダコさんも……」


 高橋先輩が、床下のドアを閉じた。


「それを貸して。戻してくるから」

「高橋先輩」

「サチコ、ここから先は私に任せて」

「どうするんです?」

「確かめてくる」

「大聖堂を探すんですか? でしたら、あたしも行きます!」

「いいえ。駄目よ。サチコには、他にやってほしいことがある」

「何ですか?」

「私がもし……戻ってこなかったら、私の実家に手紙を出してほしいの。私が行方不明だから、トミを寄越してほしいと」

「トミを寄越してほしい、と、ですか?」

「大丈夫。貴女はもう帰りなさい。そして、誰にもこのことを言っては駄目よ。特に貴女は……大聖堂に近づかないこと。いいわね?」

「でも、先輩……」

「大丈夫。私に任せて。必ず……サダコさんを連れて帰るから」





 あたしは後悔しました。

 その時に、高橋先輩の住所を聞くべきでした。

 なかなか先生が教えてくれず、放課後、校舎に忍び込んでる生徒を見つけたという先生がいたことから、警備が厳しくなり、調べるのに一ヶ月もかかってしまいました。


 そうです、トミさん。



「ご実家に、文を出したのはあたしです」

「後に、トミさんが学院に転校してきました」

「お声をかけたかったんですけど」

「見せかけの上手な貴女の周りには、沢山の人がいましたから、声をかけられませんでした」

「タマは、きっと、多分……高橋先輩に、何かがあったことを察したのではないでしょうか」

「だから、先輩に近づかないように言われていた大聖堂にも、近づいてしまった」

「今考えたら……ここに忍び込んだトミさんを……守りに行こうとしたのかもしれませんね」

「貴女は、高橋先輩の妹さんですから」

「でも、まさか……巫女のお家だったとは……」

「恵みの井戸は、死者の国と繋がった場所」

「ありがとうございます」

「あたしとタマだけでは……ここまでたどり着くことすら、出来なかったでしょう」


 トミさんが息を吐いた。


「全部知ってたのね?」

「ごめんなさい。でも、別の手掛かりがあると思ったんです。その予想は当たってました。学院長先生は、この場所に近づけない後輩にすら、井戸の存在を教えていた。野口清子さんとの間で……何かがあった。でも、その手掛かりは学院の中にはどこにもなかった。だったら……この旧校舎の中で、トミさんに調べてもらうしかない。手掛かりがなければ……あたしが知ってる情報からヒントを出し、トミさんに導いてもらう。そうすれば、全てがわかると思いました。高橋先輩と、川合先輩の居場所も……」

「……」

「あと……純粋にあたし、トミさんとお友達になりたかったんです! だって! 高橋先輩の妹さんだし! 同級生だし! 超美人だし! こんな美人と仲良くなれたら、あたし、超優越感に浸れるじゃないですか!」

「貴女、世渡り上手って言われない?」

「この国で生き抜くには、爪を隠し、人の波に呑まれたふりをする。お父さんから習いました」

「……」

「文子さんは、土砂崩れに巻き込まれたこの旧校舎をあえて埋め、その上にあの大聖堂を作った。あの人は学院長になった。そして、学院長になった今もなお、該当する生徒に、井戸の存在を教えている」

「同性愛者の処刑場として使われていた、心中するための井戸」

「清子さんは消息不明。ですが、文子さんは生きている。今も現在」

「姉さんは親友の行方を追った。真相を……確かめに行った」

「この先で、全部わかると思います」


 あたしはトミさんの手を握った。


「ついていってもいいですか? トミさん。あたし、お世話になった先輩に、もう一度「よくやったね」って。「サチコはいい子だね」って、褒められたいんです」

「わん」

「タマも同じ気持ちです。どうか……協力させてください」


 トミさんが頭を掻き、何度目かわからない溜息を吐いた。


「今更帰れなんて言えないでしょ。……一つの懐中電灯じゃ、ここは暗すぎるし」

「はい。トミさんの選択肢は、一つしかありません」

「危ないと思ったらすぐ逃げるのよ」

「ここに入ったタマを見た時から、覚悟は出来てます」


 あたしはトミさんと一緒に、門の前に立った。


「行きましょう。トミさん。真相は全部、この先です」


 トミさんが頷き、あたしも頷いて――二人で門を開けた。







 ――――――――――――――――――――

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 もう一度一話目から読んでいただくと、今回の話で門を開けたのはトミとサチコ二人に対して、最初は美代子一人だったり、サチコに関しては、トミに話したいことがあるのに近づけないことをタマに愚痴っていたり、トミが情報を調べている際に、自分の知ってる情報であればさり気なくヒントを出してたり、美代子のメモを見て、褒められたいから取っておこう、と言ってポケットに入れてたりするところが見られます。全てを含めて今回のタイトル、山田幸子。

 阿呆に見えて、結構頭が回る子です。

 よろしければもう一度復習がてらお読みください。

 それでは続きをどうぞ(*'ω'*)

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