第9話 ハナ
トミさんがあたしに大量の塩を撒いた。口の中に入れてきた時に、あたしは吹き出した。
「しょっぺっっっ!!」
トミさんがあたしの胸ぐらを掴み、質問してきた。
「貴女は誰」
「何言ってるんですか! トミさん! 私はテラシママイです!」
「塩どうぞ」
「ぺぺぺっ! しょっぺ! やめてください! 御生ですから!」
「貴女は誰」
「トミさん! さっきからおかしいですよ! あたしは幸せな女の子! 山田幸子ですぅ!」
「結構」
「あんっ!」
塩だらけの地面に放り出され、あたしはその場でしくしく泣いた。
「トミさんったら、急に走り出して、あたしを廊下で一人きりにして、挙句の果てには塩まみれ。何なんですか。急に。あたし、焼き魚に使う塩は好きですが、塩単品は好きじゃありません。そんなあたしを弄んで、終わったらぽい。楽しいですか?」
「それだけ口が回るなら大丈夫そうね。ここから出るまで、もう二度とトンカチは持たないでくれる?」
「トンカチ? 何言ってるんですか? あたしが持っているのは、トミさんに対する嘆きだけですよ。あら? あたしなんでトンカチなんか持ってるんだろう? 不思議なこともあるもんですねえ」
あたしがトンカチから手を離し、部屋を見回した。壁はシミだらけだ。埃臭くて、嫌な匂いがする。トミさんが長テーブルの側に落ちていたシミだらけの手記を拾った。
【●月●日。
これを見た方、どうか逃げてください。
廊下を、誰か歩いてます。
友達が殺されました。
あれは生きてない人です。
誰かを捜しているようです。
誰かだと思って、私を廊下で捜してます。
私も殺されます。
誰か助けて。
父様、母様、私怖い。】
字は全て、震えている。
「トミさん、もしかしたら、殺人鬼が忍び込んでいたのでは……」
「あるいは、殺人鬼になってしまった。と考える方がいいかも」
「どういうことですか?」
「今回は情報が多いから整理するわよ。おそらく事の発端は、この着物屋敷で野生の動物を見かける事から始まる」
「あれ、そういえば、タマは?」
「最後まで聞いてちょうだい。野生の動物を見かけることで見回りをする教師が多くなった。けれど人手不足のため、生徒にも見回りをさせることになった。ここで二人の女子生徒が出てくるわ。王子様とお姫様」
「見回りの生徒だった……?」
「お姫様の方はなんとなくわかってる。テラシママイという生徒よ。王子様は確か……ハナという生徒。推測だけど、ハナという生徒が、
「なるほど。戦争時代となれば、犬も山から下りてきます。可愛がりたくもなりますね」
「ハナはポチをとても可愛がった。けれど、テラシママイは、良いと思ってなかった」
「でも、王子様とお姫様って呼び合うくらいですから、きっと仲良しだったんでしょうね」
「彼女のことは好きだった?」
「はい。とても好きでした」
「彼女に恋をしていた?」
「私達は結ばれる運命だった。ポチが来てからおかしくなった」
「ポチは、二人を助けたかった。だって彼にとっては、二人は恩人だもの」
トミさんがあたしの頬を思い切り叩いた。
「いたっ」
「まだ行ってない廊下があるでしょ。あそこに行ってみましょう」
「え、いた、何? え、また頬が痛い? 嘘、本当ですか? まさか、また……ですか? また……叩いたんですか? 思春期な乙女を?」
「早く立つ」
「あん、トミさん! 冷たくしないでくださいよぉ!」
「あと私の後ろに立たないで。道を教えるから前を歩いて」
「え? ……ひょっとして、トミさん……怖いんですか? ぷぷっ! なんだ! トミさんったら、可愛いなあ! もう! 任せてください! トミさんのお願いなら、このあたしが! 前を歩きますよ!」
あたしは鼻を鳴らし、胸を張り、トミさんの前を歩いた。
「わあ、トミさん、よく見たらここ、とても明るいですね!」
「どうしてそう思うの?」
「だって、懐中電灯をつけなくても日が差してるみたいに明るい。わあ、太陽が暖かいなあ」
「そこを真っすぐ」
「わあ、とても賑やかですね。すごく心がわくわくします」
廊下に建てられた大きな鳥居が見えた。
「あ、見てください。トミさん、大きな鳥居がありますよ!」
あたしは手の甲同士を叩かせて、拍手した。
「すごーい」
「前に進んで」
「あ、大きな扉がある!」
トミさんが鍵札に挿し、ドアを開けた。中では、美しい着物が沢山飾られており、古びた赤い箱に紙が置かれていた。それを見て――あたしは部屋の中に入った。
「あれ……」
急に、視界が暗くなり、体が寒くなり、重たくなり、座り込む。
「なんか、急に……」
耳鳴りがして、頭痛が起きる。
「うわ、なに、これ……」
赦さない。
「ハナ」
赦さない……!
「ハナ、ごめん」
「ポチを返して!!」
私の上に、泣きじゃくったハナが馬乗りし、首を絞める。
「お前なんか!」
首を絞められた私はどんどん意識が薄くなっていく。
「お前なんか……!」
私が死んだと思ったハナは、息をしてない私を見て、ようやく冷静になった。悲鳴を上げて私から離れ、体を揺らしたが、私は息をしていなかった。あえて止めていた。ハナは私が死んだと思った。ハナは大混乱し、その場でうずくまり、泣いて、私を運び出した。汗を出しながら、私の体を引きずった。指輪が落ちた。時間をかけて恵みの井戸まで運ぶと、そのまま、私を――突き落とした。
そこには、大量の女子生徒がいた。きっと、ハナも来てくれるんだろうなと思ってた。でも、ハナは来なかった。だから捜しに行った。
「ハナ」
ハナを捜した。
「ハナ」
きっといるはずだから。
「ハナ」
鳥居をくぐった先にある、上等な着物の間。鍵をしていたドアを開けると、どうしてか開くことが出来た。
だから、見回りの順番が来ていた彼女を、
「見ツケタ」
首が苦しくなった。
あたしは唸った。
体が重たくて動けない。
呼吸ができない。
あたしが必死に手を伸ばすと――数珠が飛んできて、あたしの首を絞めていたテラシママイに巻き付いた。
テラシママイが悲鳴を上げて姿を消した。あたしはうずくまり、ぶるぶる震えていると、テラシママイが再びあたしに近づき、囁いてきた。
「ハナ」
「小さい時に約束したよね?」
「私を守ってくれるって」
「王子様になってくれるって」
「親に頼んで、入学費、出してあげたよね?」
「ずっと二人でいるために」
トミさんが塩を撒いた。テラシママイが消えた。あたしは箱に近づいた。テラシママイが囁いてきた。
「誓い合ったでしょう?」
「汝は私を愛し、私は汝を愛する」
「誓い合ったでしょう?」
「どんなことがあっても側に居るって」
「あのケモノが現れてからおかしくなった」
「全部壊れた」
「だから殺したのに」
数珠が投げられた。テラシママイが消えた。あたしの手が、なぜか、箱に誘われる。箱の蓋を開けようとすると、テラシママイに体を突き飛ばされた。悲鳴を上げたあたしの上に乗っかり、首を絞めてくる。あたしが唸ると、テラシママイが囁いてきた。
「あんなケモノ如き」
「ハナが怒ることないのに」
「どうして?」
「私を殺したのなら」
「どうして一緒に死んでくれなかったの?」
あたしが箱に手を伸ばした。トミさんがそれに気づき、数珠を飛ばしてから箱に急いだ。鍵がされている。トミさんが訊いてきた。
「何番!?」
数珠に巻き付かれたテラシママイが姿を消し、箱の前に現れた。トミさんが塩を撒いた。姿を消したが、背後からトミさんを突き飛ばし、首を絞めてきた。あたしは箱に近づき、ダイヤルを動かした。鍵が解除されると、蓋に手をつけた。
「だめ」
テラシママイがあたしを突き飛ばした。
「だめ」
トミさんが起き上がり、すぐに箱の蓋に手を付けた。
「だめ!」
あたしとトミさんが、箱の蓋を開けた。
「だめーーーーーーーーー!!!」
ハナの遺体がしまわれていた。
テラシママイが笑顔になった。
そして、ゆっくりと箱の中に入っていき、遺体を抱きしめるように身を丸くし、箱の蓋を閉じた。
しかし、テラシママイは残り続けた。箱に蓋をしてしまったから、その中身を確認する事は無い。
「ハナ、どこ?」
歩き出す。
「あ、いた」
見回りの生徒達が、次々と殺された。
箱の中にあった一人の人間の骨格。それを確認した途端、急に寒気が無くなり、体の重さがなくなり、あたしは――部屋の隅で吐いた。
「おろろろろろろろ!!!!」
「さっきも吐いてたけど、昼間何食べたの?」
「て、定食……大盛り……おろろろろ!」
トミさんが箱の中に懐中電灯を当てると、誰かが書いたであろう書物を拾った。
【ポチがマイに殺された。
怒って私がマイを殺した。
私は罪人だ。
この罪を背負って生きていくしかない。
私、怖かった。
殺したと思われたくなくて、マイを恵みの井戸に落として、行方不明にした。
でも耐えられなくて、文子先輩に相談した。
文子先輩は手を回してくださって、
先生達はケモノがマイを襲って、食べたんだという話にした。
いずれこの着物屋敷は立ち入り禁止になると、文子先輩が仰った。
今夜は最後の見回りだ。
これで、最後。
私はマイから解放される。】
箱の中には、もう一つの指輪が入っていた。トミさんがあたしを見た。
「どこまで覚えてる?」
「どこまで……? なんか……見たことない記憶が、ばーーーって頭の中に入ってきて……えっと……ハナさんと、マイさんが……幼馴染で……マイさんの親に入学費とか出してもらって……学院に来たみたいで……でも、なんか……正直……ハナさん、あんまり……マイさんのこと、好きじゃなかったみたいというか……」
「ふーん」
「いえ、好きだったんです。友達としては。その……昔から、マイさんは甘えん坊で、それをしょうがないと思ったハナさんが、マイさんと王子様とお姫様のままごとをして遊んでいたのです。それが……学院にいても続いていて。マイさんが甘えると、ハナさんはしょうがないと思って、頑張ってしまう。そんな関係でした。二人は。良き友達だったんです。でも、マイさんは違いました」
「ハナを愛してた」
「そこへ足を怪我したポチが現れた。ハナさんの強い母性はポチに向けられました。それにマイさんが……嫉妬してしまった」
「ポチを隠して、ハナと元の関係に戻ろうとした。ポチを捜しにハナが山で遭難してしまった為、本当にポチを殺してしまった」
「それに怒ったハナさんが、マイさんを殺した」
「恵みの井戸へ落として……」
「でも、ハナさんがいつまで経っても落ちてこないから、捜しに来た」
「最後の見回りの日、マイに見つかったハナが殺された。でも、ハナの魂はすぐに成仏したけれど、マイは残り続けた。もうハナを殺していたにも関わらず、ハナがいないから、多くの人達を殺し回った」
「……だから、ここ、生きてない人が多かったんですね」
あたしは最初に拾った指輪を箱の中に入れた。
「安らかに」
両手を握って祈ると、箱の中にしまわれた着物がもぞもぞと動き出した。あたしは悲鳴を上げてトミさんの足元にくっつくと、その正体が箱から頭を出した。
「わん!」
「ひい! ブス!」
「わん!」
「……あれ!?」
あたしは彼に近づき、確かめる。
「タマ!?」
「わん!」
「あーん! タマー! もう! こんなところにいたぁー!」
「くぅん!」
「この悪戯小僧の犬畜生! 心配したんだからぁー!」
いっぱい頭とお腹を撫でてあげると、タマが能天気に舌を見せた。ああ、可愛い!
「お前ひょっとして」
その先の言葉を言う前に――トミさんに気づき、あたしは口を閉じ、タマを抱き上げた。
「トミさん、紹介します! タマです!」
「わん!」
「ポチさんと似てるけど、ほら、足が怪我してない! タマです!」
「わん!」
「首輪もしてない! あたし、野生主義なんです」
「はっはっはっ」
「頭撫でてあげてくださいな!」
トミさんがタマの頭を撫でた。
「はあ。良かった。もう離れないでね?」
「わん!」
「トミさん、ありがとうございました。タマもお礼して」
「わん!」
「見つかったのは良かったけど……気になるわね」
「何がですか?」
「文子先輩」
トミさんが言ったと同時に、破裂する音が聞こえた。振り返ると、石のドアの横に札の跡があった。
「……ここに来てから、そう。未練があってここに囚われた生徒達が残したものに、必ず書いてあったのよ。【文子先輩】って。彼女に関わった人たちが、恵みの井戸を知っていた」
「……。あー、そういえば、学院長先生も同じ名前ですよね」
「え?」
「学院長先生ですよ。坂本文子学院長先生です」
「……学院長が……文子……」
トミさんが呟いた。
「恵みの井戸……埋められた屋敷達……名門、聖エトワール……女子学院……」
「……トミさん、恵みの井戸、近いと思います。ハナさん、そこからマイさんを引きずって、下りて行ったんです」
「これよりも深い地下があるの?」
「そのようです」
トミさんがあたしに振り返った。
「どうする? タマと帰る?」
「あの道を一人で戻れって言うんですか?」
「もう安全よ。もう誰もいないもの」
「トミさん。……トミさんは、タマを見つけるために、いっぱい協力してくれました。だから」
あたしは立ち上がる。
「あたしも協力します」
「……」
「多分、荷物持ちくらいは出来ると思うんです! あと、運が強くなります! あたし、運だけは良いので!」
「……そうね」
トミさんが肩をすくませた。
「危ないと思ったらすぐ逃げること」
「わかりました!」
「この学院はまだ謎が残されてる。姉さんは……きっと行きついてる」
トミさんが振り返った。
「行くわよ」
石のドアを、開いた。
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