第8話 寺島舞
突然、髪の毛を引っ張られ、引きずられる。悲鳴を上げると、懐中電灯が点滅し、トミさんが振り返った。
「ブスーーー!!」
トミさんが冷静に右腕を突き出すと、数珠がすごい勢いで飛んでいき、あたしの髪の毛を引っ張る女子生徒に捕まえた。だが、その姿を消し、あたしだけが解放される。ふらつきながら起き上がり、泣きながらトミさんへ駆け寄る。
「トミさーん!」
しかし、また髪の毛を引っ張られ、引きずられていく。
「いやーーーー!! ブス! 痛いってば! かなりブスー!!」
トミさんが思い切り塩を撒くと、女子生徒が悲鳴を上げて姿を消した。あたしは頭を押さえてうずくまると、やっぱり足音が聞こえ、あたしの髪の毛を引っ張ろうとしてくる。そこをトミさんの数珠が捕まえた。女子生徒が悲鳴をあげるが、今度はしっかり捕まえたようだ。トミさんが御経を唱えると、懐中電灯がもっと点滅しだし、女子生徒の悲鳴が大きくなり――消えた。
懐中電灯が正常に戻り、空気が軽くなる。頭を掴んだままブルブル震えてうずくまるあたしの尻をトミさんが叩いた。
「ほら、立つ」
「あたし、ハゲになってません?」
「あら、素敵。お天道様に光を当ててもらえるわよ」
「乙女に髪の毛は命ですよ。……でもお天道様に光を当ててもらえるのはいいなぁ。全てが明るくなりそう。トミさん、カチューシャを直してもいいですか? 滅茶苦茶です……」
トミさんが何かに気が付き、あたしの側にあったものを拾った。紙切れだ。
【野生の動物。見つけたら、先生に報告。でないと、私も罪人になっちゃう。ここ、絶対駄目なの。動物がいたら、すぐに、捕まえなくちゃ。】
トミさんがおかしそうに、あたしを横目で見てきた。
「……貴女、ひょっとして犬と間違われたんじゃない?」
「あたし、思春期の夢見る女子ですよ? さっきのお方の目は節穴です! カチューシャ、可愛いのに!」
「他にも気になるものがある」
犬の首輪だ。
【ぽち】と書かれている。
「動物が禁止されていたのに……ポチさんはここで飼われていたのですかね?」
「優しい王子様とお姫様に面倒を見てもらってたのでしょうね」
「でも、お姫様は……あまり良しとしてなかったようですね。書物にちょっと嫌な感じ的なこと、書かれてました」
「あれは多分、お姫様が書いたものね。日記なのかも」
「あれ……トミさん、首輪に鍵がついてますよ?」
トミさんが首輪から鍵を抜き、よく観察した。
「開かなかったドアを手当たり次第探してみましょうか」
「開かなかったドアは沢山ありますが、気になるのはタマが閉じ込められていた場所ですね!」
「……なるほど」
トミさんが歩きだした。だからあたしもついていく。トミさんとタマが閉じ込められていた部屋へ戻ってきた。トミさんがドアの鍵穴に鍵を挿した。ひねると、カチリと音がして、簡単にドアが開いた。
「鍵がかかっていたのですね! うわ、本当だ。よく見たら鍵穴がある」
トミさんが懐中電灯を照らすと、さっきまでなかった書物がタマがいた場所に落ちていた。トミさんがそれを拾い、中を見る。あたしは懐中電灯を照らした。
【連絡手帳。
ハナさん、ご体調はどうですか? 三日間山に遭難していたなんて、とても恐ろしかったことでしょう。先生もしてました。もし私でよければ、何があったのか、お話しできませんか?】
【●月●日
文子先輩、ご丁寧にご連絡ありがとうございます。喉の調子が良くないため、手帳に書かせてください。そして、どうかこのことは秘密にしてください。お願いします。
実は私は、同じクラスのテラシママイと、野良犬の面倒を見てます。雨の中、
ですが、私が遭難する前日から、その犬の行方がわからなくなってしまいました。マイも捜してくれていたようなのですが、犬は片足が悪く、あまり遠くへは行けないのです。しかし、山への道に犬の足跡があったので、万が一のことを考えて、入ってしまいました。本当にごめんなさい。
本日、もしよろしければ部屋へいらしてください。あまり声は出せませんが、先輩の質問にお答えしましょう。】
――どこかの扉が開く音が聞こえた。
あたしが小さな悲鳴をあげると、トミさんが眉をひそめた。
「
「あ! はい! そこのことなら聞いたことあります! 昔、学院で祈りの間として使われていた場所のことです。戦争の爆発に巻き込まれて、使い物にならなくなったため……新しい、今の大聖堂が出来たと……聞いてるのですが」
「着物屋敷」
「だからここ、着物が多いのですね。着物屋敷。祈る時に、着替えるところだったのですかね?」
「戦争の爆発に巻き込まれて使い物にならなくなった。けれど、屋敷が潰されたわけではない。わざと埋めたんだわ」
天井を見ると、ただひたすら石の天井がある。
「何のために?」
「わからない。でも、これから調べる。この学院、意外と闇が深そう」
「まさか大聖堂の奥にあった井戸の中に、こんなお屋敷達が続いてるなんて、誰が想像できます?」
「他に何か書かれてないかしら」
「わん!」
トミさんとあたしが振り返った。部屋の前に、タマがいた。
「タマ!」
「わん!」
「あ、このブス!」
走り出したタマを追いかけて部屋から出ると、タマが廊下の曲がり角を走った。
「待って、タマ!」
あたしは懐中電灯を向けながら追いかけ、後ろからトミさんも追いかけてくる。タマが暗い道を走る。懐中電灯が揺れる。中庭が見える凹型の真ん中のドアの前で、タマが転がっていた。戯れているようだ。
「こら、捕まえた!」
「きゃうん!」
「え……やだ、タマ、足怪我してる?」
あたしが優しくタマの足をなでた。右前足の形がおかしい。
「可哀想に。おいで。だっこしてあげる」
「くぅん」
「もう離れちゃ駄目だからね」
「……こんな所、あったかしら?」
トミさんがドアを横に開いた。
「あ、ここ、さっき開かなかったところですよ」
中に、ひな壇にバラバラの順番に並ぶ雛人形が見えた。台の左右にレバーがつけられている。トミさんが近づき、左のレバーを回してみた。すると、ひな壇が動き出し、雛人形達が移動した。
「なるほど。左右のレバーで正しい並びにできるってわけ」
「あ、今度はお内裏様がいらっしゃいますね! トミさん、ここはあたしに任せてください! 戦後間もなく広いお屋敷を建ててくれたお父さんが、雛人形を買ってくれたんです! あたし、興奮して3月1日から3月8日まではべったりでした!」
「その後しまわれたの?」
「飽きました!」
「貴女らしいわね」
「だから順番は任せてください! あれ? ……女雛が2つある。うーん。……いいや、とりあえず無視しよう!」
あたしは右のレバーを回し、トミさんがあたしの指示で左のレバーを回した。上の段は親王雛。二段目は三人官女。三段目は五人囃子。四段目は随身・随臣。そして仕丁。お、なるほど。一体だけ裏に隠して姿を見せないのか。ならば、二体目のお雛様を隠して、これで正しい形だろう。
「完成しました!」
しかし、何も起きない。
「あはは! これ、おもしろーい!」
「でも何も起きないってことは、これじゃないみたいね」
「え? でも合ってるはずですよ? あたし、すごく見てたので、自信あります」
「最初の部屋で見た雛人形覚えてる? あれ、男雛がいた場所に女雛がいて、並んでいたでしょ。あの通りにしたらどうなるかしら?」
「あー。……えー」
「文句言わずにやってみる」
「であればー……」
もう一度あたしとトミさんがレバーを回し始める。パズルのように組み合わせていき、お内裏様の順番に二体目のお雛様を設置し、レバーを回し、位置を固定した。すると、ひな壇の下にあった引き出しが開かれた。飾りだと思ってた!
「あら! 何か開かれましたよ。トミさん」
「何か入ってるわね」
トミさんが引き出しに入っていた書物を開いた。
【神は、人間に役目を与えた。
男は種を持ち、女は受精する。そして新たな人間が産まれる。
男と男が交わることでは新たな命は芽吹かず、女と女が交わることでは新たな命は誕生しない。
これにより、人間は異性と交わるべきである。
同性と交わってしまった場合、体が汚れ、その罪は地獄へ行っても浄化されない。
罪を断ち切るには二つの方法がある。
一、二度と同性と交わること無く異性と交わる。
一、恵みの井戸にて身を投げ、罪を浄化する。
我ら、これを守られたし。】
「……。なんですか? これ? 交わるとか書いてますよ。えっちな本ですか?」
「宗教上、同性愛は禁止ってこと」
「ただでさえ日本国憲法というもので縛られているのですから、恋愛くらい自由にさせてくださいよ」
そこで気がついた。……お雛様が並んでいる理由。
「……同性愛……」
「鍵がある」
錆びれた鍵を、トミさんが取り、犬に近づかせた。
「ねえ、この鍵のドア、どこかわからない?」
「ああ、そういったお遊びはしたことないですね。タマ、わかる?」
タマが匂いを嗅ぐと、あたしの腕から離れ、変な歩き方で廊下を渡った。あたしは心配して追いかけ、トミさんも懐中電灯を握ってあたし達を追う。タマが閉じ込められていた部屋を通り過ぎ、その先にあった部屋の前で、タマがころんと転がった。
「わん!」
「おー、よしよし。ここなの? ぐっどぼーいだね! タマ!」
「きゃん!」
トミさんが鍵穴に鍵を挿し、ドアノブをひねると、ドアが開いた。また着物が沢山置かれた部屋であった。懐中電灯を向けると、長テーブルの上に鏡と書物が置かれていた。
「わあ、トミさん、見てください。素敵な鏡」
「あまり勝手に動かないで。ここ……」
「鏡くらい見たっていいじゃないですか。そろそろ前髪を直したいと思っていたんです。どっこいしょ」
あたしは座布団の上に座り鏡を持つと――あたしの肩に、白い女の顔が乗っていた。
「ひゃあぁあっ!!」
――懐中電灯が点滅しだした。タマが吠え、あたしは壁の隅に逃げた。
「トミさーん!」
女が一人立ち上がった。その左右にも、背の高い白い女が立った。
「トミさーーーーん!!!」
トミさんが塩を撒くと、三人が姿を消し、見事にあたしに塩が命中した。しょっぺ!
トミさんの足元に逃げようと腰を抜かしたまま動き出すと、床から足を掴まれた。
「かなりブスーーー!!」
トミさんが御札を投げると、床から生えてた手が消え、御札が破裂すると、手の持ち主の女が姿を現した。タマが吠えると、タマに向かって三人の女達が手を伸ばしてきた。そこをトミさんが数珠を投げた。数珠は三人分大きくなり、三人の女達を捕まえたが、二秒もしないうちに姿を消した。
その時、どうしてかあたしの中で耳鳴りと頭痛が起き、あたしは頭を押さえてうずくまった。気付いたタマがあたしに駆け寄り、優しく鳴き声をあげる。しかし、次の瞬間、突然タマが吠えだした。あたしは両手で耳を塞ぐと、白い手が床から現れる、あたしの両足を掴み、引きずり出した。
罪人は浄化せよ。
教師が生徒を守らねば。
罪人を浄化せよ。
でないと地獄へ落ちてしまう。
「ぁああ……ああ……っ……!」
なんだか胸がドキドキしてきて、背中がゾワゾワしてきて、怖いと思って声を出すと、トミさんが膝を曲げ、思い切り床を踏み始めた。床を大きく鳴らすと、あたしの足を掴む手が消えた。トミさんがうるさいくらい地団駄を鳴らした。すると今度は女達がうるさいと言うように耳を塞ぎ、姿を現した。床をうるさく鳴らすトミさんに三人が手を伸ばした。
トミさんがその三人の間をでんぐり返しでくぐり抜け、数珠を投げつけると、三人を見事にまとめて捕まえた。三人が手足をばたつかせると、トミさんが御経を読み始めた。三人が悲鳴を上げると、トミさんが三枚の御札を出し、床に貼り付けた。すると、三人の悲鳴は大きくなっていき――御札が破裂し、数珠が締め付け、悲鳴を上げた三人が姿を完全に消した。懐中電灯が正しく光る。
「……くぅん……」
「大丈夫だよ……。タマ……。うう……気持ち悪い……」
トミさんが右腕に数珠を巻き付け、落ちてた書物に気づき、開いてみた。
【ご連絡。
見回りの先生方にご連絡です。
先生方の人手不足もあり、生徒達にも見回りをさせるように致しました。
順番に見回りをさせますが、上級生を一人置き、三人体制で見回りをさせるようお願いします。
最近、山犬の目撃情報があります。生徒達には見つけたら、近づかないよう言っておいてください。】
タマが部屋から出ていき、部屋の前で待つ。トミさんがあたしに振り返った。
「体の調子はどう? 吐くならどうぞ」
「いえ……吐き気はないのですが……」
あたしは重たい体を起こした。
「なんか……重たいです……」
「顔色が悪いわね」
トミさんがあたしの顔を覗き込んだ。
「少し休みましょうか?」
「いえ……行きましょう……。ここ、寒いです……」
「……長居は無用ね。行きましょう」
あたし達が部屋から出ると、タマは廊下を歩いてきた方向ヘ戻っていき、中庭に下りた。水が流れる細い筋道を辿っていき、鳴き声を上げた。
「わん! わん!」
「そこに何かあるの?」
トミさんが中庭に下りた。あたしも体を震わせながら中庭に下りると――急に気分が良くなって、背筋を伸ばした。
「わん! わん!」
ポチが教えたくて、トミさんを誘う。ポチを追いかけたトミさんが懐中電灯を当てると、――そこには、頭から足の先まで、ポチの骨が残されていた。
「……」
トミさんが屈み、手を伸ばす。ポチの骨の隙間にあった、鍵札を拾った。トミさんが横を見ると、もう、ポチはいなかった。
「……見たことない鍵札ね」
トミさんが立ち上がった。
「奥に……まだ行ってないところがあった。そこに行ってみま……」
トミさんがあたしを見て、足を止めた。あたしは――きょとんとした。
「トミさん? どうかしました?」
「油断してた。そうだ。貴女、取り込まれやすい体質だった」
「ええ!? 怖いこと言わないでくださいよ! それよりも、あたし行きたいところがあるんです。行きましょう?」
トミさんが走り出した。あたしは驚いてトミさんを追いかけた。
「トミさん! どこに行くんですか!」
トミさんが暗い道を走る。あたしは追いかける。
「待ってくださいよ! トミさん!」
あ、こんなところに良いものがある。通りすがりに工具箱から道具を持って、トミさんを追いかける。
「トミさーん!」
懐中電灯を向けると、工具箱を拾った隣の部屋にトミさんが入っていった。
「あ、トミさんったら! 急にかくれんぼですか?」
あたしはトミさんの入ったドアに向かって、声を出した。
「トミさん、開けてください!」
あたしはドアを叩いた。
「こんなところで一人にしないでください」
ドアを叩いた。
「開けてください」
ドアを叩いた。
「開けてください」
トンカチでドアを叩いた。
「開けてください」
トンカチを打ち付ける。
「開けてください」
ドアを叩けば壊れていく。
「開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けてください。開けて。わかったから。そんなにポチが大事だったの。でも大丈夫。私がいるから。元の形に戻っただけ。私がいれば大丈夫でしょ。ハナ、開けてよ。また一緒に遊びましょう。王子様が隠れてどうするの。開けて、仲直りしましょう。私、怒ってないから。大丈夫。やり直せるから。だからここを開けて。開けろ。開けろ。開けろ。開けろ。さっさとここを開けろ」
ドアが壊れた。隙間からトミさんの姿が見えた。あたしは笑顔を浮かべた。
「トミさん」
あたしじゃない声が出た。
「ハナ、出て来てよ」
壁に貼られた札が破裂した。とんでもない強風が吹き、その勢いに耐えきれず、あたしは向かいの部屋まで吹き飛ばされた。ドアが壊れた瞬間、部屋の中にいた生徒達が飛ばされたあたしを見て、恐ろしそうな顔をして、悲鳴を上げて部屋から出ていった。
助けて!
きゃー!
やめてー!
廊下に出た瞬間、生徒達の体が破裂し、全員分の血が壁に飛んだ。壁は一瞬で血に染まったが、トミさんが部屋から出てくる頃には、それは色褪せたただのシミとなっていた。
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