第2話 物語が始まる前に
ラウンド・マジック。
それは国内でそこそこ流行ったRPGの名前だ。
ストーリーは良くも悪くも王道で、大まかに言うと魔王討伐を目指す勇者の物語といった感じだ。
あまりにも使い古されたテーマだったせいか目新しさがないなんて言われていたけど、個人的には結構楽しめた。
まあ取っ付きやすい題材+ゲームの部分もそれなりの出来だったから、程々の人気を得たわけだ。
後々にオフィシャルファンブックとかも出てたしね。
……さて、では今なぜそんな話をしているかというと。
アリオン・リース、それが現在の僕の名前だ。
今世の、という言葉の方がより正しいかもしれない。
日本生まれ日本育ちのごく普通の高校生だったはずが、気づけばファンタジー風の異世界にいたのだ。
これがただの異世界転生とかならまだ良かったのかもしれない。
……いや、全くもって良くはないんだけど、まだマシという意味ではそっちの方がいい。
僕が転生した先の人物、これこそが問題の元凶だ。
アリオン・リースとはラウンド・マジック内に存在する魔王と敵対する魔族であり、シナリオの中盤で死んでしまう悪役なのだ。
具体的に言うと、魔王軍の傀儡と化した帝国を滅ぼした結果、人間の勢力によって追い詰められて殺されてしまう。
まあ因果応報と言ってしまえばそれまでなんだけど、これが自分の立場となると笑えない。
ゲーム内においてアリオンが破滅を迎えるのが十七歳のとき。
そして僕が記憶を取り戻したのは十四歳。
ちょうど魔王軍による襲撃によって故郷が滅ぼされた時期だ。
アリオンの両親は魔族内において和平派の筆頭にあたる貴族で、魔族の意思統一を図る魔王にとっては邪魔な存在だったのだろう。
自分が産まれ育った場所が滅んでいく様子は中々辛いものがあったけど、そのときの僕には逃げる以外に取れる手段がなかった。
魔族内での立場を失った僕は、昔からのメイドであるミレアと共に人間の領土へ逃亡。
原作であればここでアリオンは魔王への復讐を誓うが、僕は自らの死の運命から逃れるべく、正体を隠しながら原作知識を活かして行動を開始した。
――それが、今からおよそ二年前のこと。
つまり今の僕は十六歳であり、破滅を迎える一年前ということになる。
ついでに言うと、ちょうどゲームのシナリオが始まる頃でもある。
当然のことではあるけど、記憶が戻ってからの二年間はただひたすら死を回避するために当てられた。
まず始めたのが自分の強化。
何をおいてもこれは優先された。
何しろ危険が多い世界だ。現代日本じゃお目にかかれないでかい魔物とかが平然と襲ってくる。熊とか虎とか比にならない。
まあさすがに都市部とかにはあんまりいないけど。
それに、魔族の身でありながら人間の領域に潜伏しているんだ。正体がバレたときのことも考えて、自衛が出来るようになっておいて損はない。
いざというときの保険は大切だ。
それで、肝心の強くなるための手段について。
これが結構厄介で、僕は頭を悩ませた。
なぜなら、ゲームなら当然のように存在するキャラクターのレベルなどがこの世界には存在しない。
パラメーターも見えないし、覚えられるスキルも表示されない。
……いやまあ、現実にレベルが存在する方が違和感があると言えばそれはその通りなんだけど。
レベルなどに限らず、ゲーム内においての当たり前がこの世界では通用しないこともあった。これに関しては、利点と欠点どちらもあるのでなんとも言えない。
ともかく、ゲームであれば魔物を倒してレベルを上げていけば勝手に強くなっていくわけだけど、この世界ではそういうわけにもいかない。
現実と何ら変わらない真っ当な努力が必要になってくる。
だから僕は鍛え続けた。
どちらかと言うとものぐさな僕ではあるけど、さすがに命には代えられない。文字通り死に物狂いだ。
その甲斐もあってか、そう易々と死なないようにはなったと思う。そもそもアリオン自体に圧倒的な才能があるのも大きかった。
まあ、原作でも国滅ぼせるくらいには強かったわけだし。おそらく原作以上に強くなった今の僕なら同じことはできる。絶対にやらないけど。
そして、修行と並行して行っていたことがもうひとつ。
ずばり、仲間集めである。
原作においてアリオンは強力な配下を率いて戦っていた。
僕も協力者は欲しいと思っていたし、それに倣って仲間を集めた。
例えば奴隷にされかけていたエルフを救ってみたり、暗殺を生業としているシノビを相手に大立ち回りを演じてみたり、時には魔物に襲われて滅びかけていた獣人の里を守ってみたり。
まあ、平たく言えば恩を売って回っていた。
誰かを仲間に引き入れるのにこれ以上手っ取り早い方法はない。
そして、その結果――
「……? どうされましたか、アリオン様」
こちらを覗き込むようにして小首を傾げる美しい人間の少女。
見慣れた金色のセミロングにメイド服がよく似合っていた。僕の姿を捉えて離さない碧眼はまるで湖のように澄んでいる。
十年近く僕の従者として仕えてくれているミレアだ。
――彼女を含めた配下たちに、絶対的指導者として崇拝されてるんだよなぁ……。
正直、君たち原作でもそんな感じだったっけと言いたいほどだ。この二年間、原作知識活用して訳知り顔で行動してたからめちゃくちゃ有能と思われたらしい。
信頼を置いてくれるのは確かに嬉しいけど、向けられる期待の重さに僕の胃は常にSOSを出していた。
それでも、僕はミレアたちの期待を裏切らないように全力でアリオン・リースを演じている。
目下、僕が頼れる相手ってミレアたちしかいないし。
それに、彼女たちだけは僕が魔族であることを知っている。もし僕がとんでもない失態を犯して裏切られでもしたら、これからの計画がすべてご破算だ。
それだけはなんとしてでも避けたい。
……まあ、頑張りますか。
何はともあれ、ようやくシナリオ開始だ。
破滅回避のためにも気合いを入れよう。
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