一章
第3話 モブを目指して
具体的に破滅を回避するにはどうすればいいか。
多分、一番簡単なのは『何もしない』ことだ。
帝国を滅ぼした結果自分が滅ぼされるんだから当然の帰結だろう。
僕も初めはそう考えた。
ただ、その場合ひとつの問題が発生する。
本来、魔王軍に操られた帝国はアリオンの手によって消え去るけど、僕が何もしなかった場合その脅威は丸々残ることになる。
これでシナリオが変わって主人公一行が命を落としでもすれば最悪だ。魔王に立ち向かう人間が居なくなる。
そうなった場合、おそらく人類は滅ぶ。自分の命を守って人類が滅びても意味がない。
逆に言えば、人類が滅びる可能性と引き換えに怠惰を貪れるということだけど……さすがに僕もそこまで薄情ではない。
今の話に限らず、何か想定外の事態が起こらないとも限らないし。
だからこの二年間必死こいて準備を進めてきたわけだ。
◇◇◇
忙しなく動き続ける人の波の中をぼんやりと歩く。普段は肩肘張っているせいか、それだけでも随分と居心地がいい。
まあ気を抜いてるのは僕だけで、周囲の人たちはめちゃくちゃ真面目な表情で歩いているけど。
別に僕もふざけてるわけじゃないので許して欲しい。
「へー、実際に見るとこんな感じなのか」
見上げた視線の先にあるのはどデカい学舎だ。生で見るのは初めてだけど、画面越しでなら何度も見たことはある。
エルメルン魔法学院、『教会』が運営する王都随一の魔法の学び場。
この学院は地位や権力で入学の是非が決まることはなく、求められるものはたったひとつ。
魔法の実力。ただそれだけだ。
そのせいか『教会』が拾い上げた才能のある孤児とかもこの学院に入学したりする。地位はなくとも実力のある人間にとってはもってこいの場所だ。
すべては『教会』が掲げる魔族の討滅という理想を叶えるため。
『教会』としてはこの学院で魔族と戦える兵隊を育てたいってわけだ。
魔族や魔物との戦いにおいて、人間内の地位や権力なんて何の役にも立たないからね。
ちなみにここはシナリオの開始と共に主人公たちが通う学院でもある。
主人公はこの学院で才能溢れる仲間たちと出会い、力をつけ、様々な困難に立ち向かっていくわけだが……。
ぶっちゃけ僕には関係ない。
いや、もちろん主人公たちメインキャラクターに興味はあるし世界を救うためにもぜひ頑張って欲しいが、僕はその前に自分の命を救わなきゃならない。
人生ままならないものだ。早いところこの重圧から解放されたい。
何もかも終わったら僕、隠居するんだ……。
そのためにも、いい感じに合格はしないとなぁ。
今日はこの魔法学院の入学試験当日。
無論、僕も入学を果たすべくこの場に来ている。
まあ、理由に関しては他の人たちとはまったく違うだろうけど。
別に僕は魔法を学びにこの学院に来たわけではない。そもそも僕は魔法はひとつしか使えないし、これ以上増やしようもない。
じゃあ何しに来たんだというと、内情調査を兼ねた人探しといったところだろうか。
本当なら潜入捜査とかは僕よりカエデの方が向いてるんだけど、彼女にはいま帝国の方を張ってもらっている。他の面々のほとんどは潜入には向いていないか、学院に入るような歳じゃない。
というわけで、この場には僕とミレアが来ている。
別に僕一人でもよかったんだけど、不測の事態への保険&当人曰く護衛も兼ねているらしい。
ミレアたちに学院へ行くことを説明したときにアホっ娘エルフが『やだやだ、私も行く!』と駄々をこねていたが、僕とミレアによってあえなく却下された。
まああの子は目立たずに過ごすのが難しそうだから……。
能力的には向いてるんだけど性格的に長期の潜伏は厳しい。そもそも一緒に来たところで試験に受かるかも怪しいし。
アフターケアは他に押し付けてきたけど大丈夫だろうか。絶対なだめるのに苦労してそうだよなぁ。
試験終わったら様子を見に行かないと。
それまで暴走しないことを祈っておこう。
「しかし、何度見てもそのお姿は慣れませんね」
「そうかな、まあミレアは付き合いが長いから余計にそうかもね」
表情に乏しいミレアがぱちぱちと目を瞬かせている。
今の僕はいわば表向きの姿だ。
アリオンの特徴的な白髪赤目ではなく魔法によって黒髪黒目へ。
喋り方もほとんど素の僕のものだ。
名前もアーリと名乗っている。
変装としての意味が大きいけど、僕の息抜きにもなってちょうどいい。絶対的指導者を演じるのは結構疲れるからね。
ただの高校生だった僕にはどこにでもいるモブの役割が落ち着くんだ。
「とりあえずは目立ちすぎないように試験を通過しないと」
「はい、お任せ下さい」
フフンと、どことなく誇らしげに胸を張るミレア。彼女は過去の経験から表情には乏しいが、感受性自体は豊かだ。
何を考えているかは比較的分かりやすい。
多分、今は尻尾とかついてたらブンブン揺れてるはず。
そんなわけで、受付を済ませて試験会場に向けて二人で歩いていると。
「ほら、あいつらしいぜ、例の……」
「へえ、彼が……」
ざわざわと周囲が少し賑わうのを感じる。
試験前の雑談だとか、そういった感じじゃない。
「? 何でしょう」
「さぁ」
どうやら誰かが注目を集めているらしい。
興味本位で周囲の人間の視線を辿っていくと、やがてひとりの人間へと行き着いた。
「あ」
思わず飛び出たのは納得の声だった。
でも仕方のないことだ。実際にゲームをプレイしていた人間が、この男を前にして無反応でいられるはずもない。
陽を浴びて輝く短い金の髪、あどけなさを残した顔立ちながらも強い意志を感じさせる翠眼。纏う雰囲気は常人のそれとは違い、この少年には何かあると強く思わせる。
まさに天に選ばれたかのような、そんな
いや事実、彼はどうしようもなく選ばれている。祝福されている。
――名をベイル。この世界を救う
衝撃を何とか飲み干し、平静を取り戻す。
ベイルがここにいるのは分かっていたことだ。ただ、心の準備ができていなかっただけで。
何を隠そう、僕はベイルのファンだ。
理由はシンプルで彼がどうしようもないほど善人だから。
やっぱり良いやつっていうのは見てるとこっちの気分も良くなる。
「確か女神の加護を受けた勇者、ですか」
「そうだね」
この世界には空想ではない女神が存在する。そして、魔王に立ち向かうべくその加護を受けたのがベイルだ。
平民出身の彼は出自を問わないこの学院で成り上がっていく。
その人柄、実力を駆使して。
僕はそれを知っている。
だからこそ、目立ちまくること確定のベイルにはこちらから関わるつもりはない。こちとら正体バレのリスクを常に抱えた悪役魔族だ。
目的を果たすためにも、この学院では平凡なモブAを貫かせてもらおう。
……その前にまず合格しないといけないけど。
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