一国を滅ぼす悪役魔族に転生したので、正体隠して暗躍しようと思う。
夏月涼
序章
第1話 悪のカリスマ
人気のない王都の郊外にぽつりと存在する豪奢な洋館、その一室。
月明りのみが室内に差し込み、その場の異様さを鮮明に浮かび上がらせていた。
ひとつの長机を囲むように複数の人影が存在し、一際目につくのは玉座に似た椅子に腰かけるひとりの男。
夜の闇のような漆黒のローブに身を包み、その表情は真っ白な仮面の奥に閉ざされ窺い知れない。
ただ、堂々と片肘をつき足を組む様子からは、彼がこの場を支配しているということを如実に示していた。
事実、室内の人影たちは静かに彼の言葉を待っている。そう、まるで信託を待つ信者のように。
そこに一切の疑念や邪心は存在しない。あるのは絶対の信頼と忠誠のみ。
「計画に支障は」
仮面の男のよどみのない声が問いかける。
すると、応えるように金髪の美しい少女が進み出た。
「アリオン様の計画に問題などありません。手筈は整っております」
「そうか、ならいい」
仮面の男――アリオンは威厳に満ちた様子で満足気に頷くと、おもむろに腰を上げる。そして、室内の面々をゆっくりと見渡した。
――彼に付き従う六人の配下たちを。
「重々承知しているだろうが失敗は許されない。各自、油断することなく努めろ」
主からの言葉に、やる気と使命感に満ちた返答が次々と室内に響く。
士気はこれ以上ないほどのようだ。これならば問題はないだろう。
「この世界の安寧のために――行動を開始する」
その号令により、室内にいた六人は次々と姿を消していく。最後に残されたのは、アリオンただひとり。
彼がおもむろに仮面を外すと、その下から白髪に赤目の端正な顔立ちの少年の顔が現れる。
アリオンは月光が降り注ぐ窓辺に顔を向けると、憂いを帯びた表情で月を見上げ――
「頼む、誰か今すぐ僕と代わってくれ……!」
いきなり頭を抱え、先程までの威厳に満ちた振る舞いが嘘かのように情けない懇願を漏らした。
「いくらなんでも信頼が重すぎる。無理だ、もう隠居したい……」
己の配下たちの信頼に満ちた視線を思い出し、死んだ魚のような目で空を見つめる。自分から始めたこととはいえ、あまり慣れることはなかった。
「あぁ、胃が痛い。この世界にも胃薬があったらなぁ……」
叶わない願いを口にすると、玉座に似た椅子へと力なくくずおれた。キリキリと痛む胃を押さえる姿はもはや日常茶飯事だ。
威厳もへったくれもないその姿こそ、彼にとっての真実の姿。
そう、当人以外誰も知ることのない真実の姿なのである。
「……やっぱり、ただの高校生だった人間には無茶な役割だよ」
その嘆きもまた誰に届くこともなく、アリオンはこの世界で何度目とも分からないため息をつくのだった。
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