第19話

 行方不明となった学生の名前はくらしろユイナ。フェリス連合学園の2回生。自宅兼研究室にこもりがちの学生らしく、学園の方は1回生時点で卒業までに必要な単位を全て取り終えてしまったのでほぼ通っていないらしい。


「調べたところ、相当優秀な学生だったようですね。将来は科学者としての道を渇望されていたとか」

 プロフィール書かれた書類を私に渡しながら、カンナはそう言った。


「いっこ気になるんだけど、ユイナはフェリス連合学園の出身なんだよね? なのにどうして君はカラードでサドルを探してたの?」

「いつも私をサイクリングに連れていってくださる時はカラードまで行っていたので、ご主人様に何かあったとすればここだと思ってのことです」


「なるほどね。とはいえ、捜査範囲をカラードに絞るのはよくないかもね」

「そうですね。彼女のようなアンドロイドを作成できるほどの頭脳を持った学生です、何者かに拉致されたとすれば、無闇な捜査範囲の策定は得策ではありませんね」

「しかし、手がかりがないってのが困ったね」


 思春期にありがちな自分探しの旅であればよかったのだが、2ヶ月という期間は何かがあったとしか思えない。それに、


「プロフィールから読み取れる情報だと、精神的に成熟した子だったんじゃない?」

「比較的そうだったように思います。ただ……」

 言いづらそうに口をつぐんだ彼女に続きを促すと、

「ご主人様は、ご自身の考えが理解されないことに悲しんでいるようでした。だからこそ、私のような多機能アンドロイドを作成したのではないかと思うのです」


「考えっていうのは?」

「ご主人様は多くを話してはくれませんでした。しかし、常々過去を皆が受け入れるべき、とは仰っていました。私にはそれが何を意味しているのかはわかりませんでしたが……」


 過去を皆が受け入れるべき、とはどういう意味だろうか。あまりに抽象的過ぎる表現に頭を悩ませていると、それまで黙って話を聞いていたクレハがこう言った。


「貴方様。わたくしが考えている通りであれば、今回の一件、貴方様にとって望ましい結果には至らない可能性があります」

「それは、どうしてだい?」

「彼女のご主人様が言う、過去を受け入れるべきという発言。これがわたくしが考えている通りであれば、深入りをすればするほど、貴方様は不条理を目の当たりにするはずです」

「それは、ここでは言えないことなのかい?」


 クレハは小さく頷いた。狐の面によって、彼女の表情がどのようなものになっているのかはわからなかったが、なんとなくこちらの覚悟を試しているような気がした。


 ここで安易に頷くことはできる。しかしそれは、わざわざ私に問いかけてくれたクレハの気持ちを無下にしてしまうように思った。だから、


「皆寝ていないから、今日はもう休もうか」

 そう言って、私は時間を置くことにした。


 私室に戻ると、セリアが私に小声で話しかけてきた。


「どうしたんだい?」

「行方不明の学生さんですが、たぶん、ここにいます」


 セリアが表示したマップには、カラードの外れに存在するスラム街にマーカーが置かれていた。


「……IDカードから居場所を探したのか」

「はい……本当はよくない行為なんでしょうが……」

「そうだね。セリアの能力を使ってしまえば、学生達のプライベートが丸裸になってしまう。それは、彼女達も望まないだろうしね」

「でも……」

「わかってるよ。今回は事が事だからね。けど、次からは一言相談してくれると嬉しいかな」

「わかりました。それで、どうされますか?」


 この短時間で、随分と選択を迫られる日だ。


 あのクレハがわざわざ私に釘を刺すようなことを言ったのだ、きっと、行けば私は彼女の言う通り、望まない不条理を目撃することになるのだろう。だからといって、


「行かないわけにはいかないよねえ。大人としてそんな選択肢はない」


 ただし、不必要な不条理を背負うのは私一人だけで十分だ。

 ――大人が負うべき責任と義務。なぜだかそんな言葉が脳裏をよぎった。


「思い出すなあ」


 セリアが見つけてくれた場所は、スラム街のど真ん中だった。まだ中にも入っていないというのに、私のような身綺麗な格好をした人間が侵入するのを拒むような雰囲気を感じる。


 一歩、二歩。中へ入ると、明らかに歓迎されていない視線を感じた。ここ最近は感じることのなかった殺伐とした空気だ。懐かしさすら覚える。


 幸いにして、シャドウの脅威に怯える必要はない。早朝という時間帯は、最も彼らの活動が穏やかになる時間だからだ。万が一遭遇しても、動きが鈍っているはずなので走って逃げればいい。それよりも心配するべきは、


「手を上げろ。言うことを聞けば危害は加えない」

「やっぱこうなるよねえ……」

「なんのことだ」

「いや、こっちの話だよ」


 音もなく忍び寄ってきた推定少女が私の背中に固いものを突きつけていた。考えるまでもなく、銃口だろう。


「お前、外の人間だろう。ここに何をしにきた?」

 ややハスキーがかった声の少女は、私の目的を知りたいのかそう聞いてくる。


「人を探しにきたんだ。君達の生活を脅かすつもりはないよ」

「人探しだと?」

「うん。行方不明になってる子がいてね、ここにいるはずなんだ。ところで、君の顔が見たいんだけど、振り向いてもいい?」

「ダメだ」


「そっかあ。とにかく、そういう事情だから解放してほしいんだけど」

「認められないな。今すぐここから立ち去るのであれば見逃す。そうでなければ……」

「そうでなければ?」

「撃つ」

「撃たれるのは困るな」


 さてどうしたものか。通常であれば金品のやり取りで見逃してもらったりするが、今回金目の物は持ってきていない。


 それにそもそも、彼女はここから先には行かれたくないという意思を感じる。ひょっとすると、蔵白ユイナを拉致した関係者かもしれない。


「君、関係者でしょ」

「どうかな」

「ボスのところに案内してよ。見ての通り私は人間だから、君達に危害を加えようにも加えられないんだからさ、いいでしょ」


 少女はノータイムで「ダメだ」と言おうとして、途中で通信が入ったのかこう言った。


「……少し待て」

 言われた通り待っていると、

「許可が下りた。案内する。私の指示に従え」

「顔は見せてくれないんだね」


 少女はそれには答えず、相変わらず私に銃を突きつけたまま指示を出した。

 そうして15分ほど歩くと、目的地に到着したようだった。


「あの中にいる。行け」


 銃の気配がなくなったので振り返ったが、すでに少女の姿はなかった。代わりに、微かにゼラニウムのような匂いがした。


「一目見たかったんだけどな、しょうがないか」

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