第18話
深夜3時。ここからニ時間程度が犯行が主に行われている時間帯だ。私達はアゲハ駅の駐輪場から少し離れた位置に車を停め、中から不審な人物がいないか張り込みをしていた。
「なかなか来ないねえ」
あんぱんと牛乳を早々に食べ終えてしまったため、退屈になってきた私はそう零した。
「確率で言えば来ない方が圧倒的に高いですからね。アヤカさん、他の駐輪場はどうですか?」
「ダメみたいっす。皆普通に自転車を取りにだけみたいっすねー」
「今日は犯人の子もおやすみなのかなー」
「かもしれないっすねー」
なんて話しをしながらそこから更に一時間ほど粘り、そろそろ日が上り始めた頃、
「マスター! 監視カメラがシャットダウンされました!」
「きたみたいだね」
この時間はエピフィルム人とはいえ多くがベッドの中にいる。人通りがなくなり、犯人からすれば絶好のチャンスだ。
僅かな異変も見逃さないようにと双眼鏡を覗きんでいると、明らかな不審者――いや、エピフィルムだと普通なのかもしれない――メイド服を着た女学生が歩いていた。
「怪しいっすね……」
「そうだね。けど、決めつけるのはよくない。もう少し様子を見よう」
彼女の行き先は明らかに駐輪場だった。トートバッグを肩に掛けている。あそこに落書きに使う道具が入っているのだろうか?
それから5分後、駐輪場に到着した彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、人がいないことを確認すると、自転車を物色し始めた。そして、
「どうやら、確定のようですね」
彼女は自転車に何かを描き込んでいた。
「だね。行こう。入り口はカンナ、左右は私とアヤカでいこう」
「了解っす」
バレないようにそっと近づいていく。彼女はサドルを物色することに真剣な様子で、まだこちらには気づいていない。
「これも違う……」
風に乗って聞こえてきた彼女の声は、どうしてか悲哀の色を含んでいた。不思議に思いながらも、
「お前がサドルブロッコリー事件の犯人だな」
カンナが入り口を固める。
「逃げ場はないっすよー。観念してお縄になるっす」
私も何かそれっぽいセリフを言いたかったが、何も出てこなかったので、
「はじめまして、レドの行政官だよ」
とりあえず挨拶をしておいた。
「……遅かったですね」
「遅い? どういう意味だ」
流石に場慣れしているカンナは、犯人の一挙手一投足を見逃さないといった様子で毅然とした態度で彼女と話す。
「そのままの意味です。私の計算ではもっと早くこうなると思っていました」
ゆっくりと彼女を包囲した私達だったが、彼女は最初から逃げる気がないのか泰然とした様子だった。
「どうしてこんなことをしたのか、話してくれる?」
「あなたはレドの行政官なのですよね?」
「うん。そうだよ」
「事情を説明するので、見逃してもらえませんか?」
「馬鹿にしているのか? そんなことできるわけ――」
「まあまあカンナ、とりあえず事情だけでも聞いてみようよ」
「行政官!」
カンナを手で制して、
「それで、事情っていうのは?」
「ありがとうございます。私は人型高性能アンドロイド、タイプE。識別コードVE―7型と申します」
「アンドロイド?」
「はい。初見ですか?」
「そうだね。初めて見たよ」
そういったものが存在するのは知っていたが、直に見るのは初めてだった。外見からはいわゆるロボット感はこれっぽっちも感じられない。
カンナとアヤカの反応を見るに、彼女達も同様に驚いている様子なので、いくら〝中〟とはいえ彼女のような存在はやはり珍しいのだろう。
「そうですか。私は、ご主人様を探しているのです」
さらっと私達の驚きは流されてしまったが、彼女が次に話した内容は、それ以上の問題に満ちていた。
「私を作成されたご主人様が、2ヶ月ほど前、なんの前触れもなく姿を消してしまったのです。僅かな手がかりは、サイクリングが趣味であったご主人様の自転車も一緒になくなっていたこと」
「なるほど……」
「ご主人様はママチャリのサドルに深いこだわりがお有りでした。一見それとはわからない特注の素材で作られたサドルをお使いだったのです。ですがご主人様は、自転車それ自体は特別ではない普通の自転車を愛用されていましたので、何か手がかりがないかと毎夜こうして探していたのです」
「それとサドルにブロッコリーを描くこととなんの繋がりがあるの?」
「私達二人だけにわかるサインのつもりでした。ご主人様はブロッコリーが大好きでしたので、こうしてサドルにブロッコリーを描いていけば、自ずと私がご主人様を探していることが伝わると考えてのことです」
「ということは、今まで君がサドルに描いたブロッコリーは、そのご主人様が使っていたサドルではないってことだね」
「はい。逮捕されるのは困りますが、話が大きくなればなるほどご主人様の耳にも入りやすくなります。ですので――」
「見逃してほしいってことか」
「はい」
「つまりは失踪ってことだよね。行方不明の届けは出したの?」
「E・P・Dの方に行くことは行ったのですが……」
「大方、IDカード無しということで突き返されたのでは?」
「その通りです。そのジャケットは、E・P・Dの方ですよね?」
「レドに出向中の身ではあるがな」
彼女が言葉通りのアンドロイドであるというのであれば、身分を証明するIDカードが行政から発行されるのは難しいのかもしれない。
「えーと、話をまとめると、アンドロイドちゃんのご主人様が行方不明になっちゃって、アンドロイドちゃんはご主人様に気付いてもらうためにサドルにブロッコリーを描いてたってことで合ってるっすか?」
「はい。その通りです。私としては、ご主人様の安否確認さえできればどうなっても構いません。なので、どうか見逃していただけないしょうか」
カンナに目配せをすると、彼女は私の判断に任せると言ってくれた。
「まず、サドルにブロッコリーを描くことだけど、これは認められない。被害ってほどの被害じゃないのかもしれないけど、実際に嫌がってる人がいるからね」
「そうですか……」
「その上で、レドとしてはE・P・Dと協力して君のご主人様を探すよ」
「っ! 本当ですか?」
「うん。けど、やってしまったことまではなかったことにできないから、ご主人様の安否確認ができるまで、君の身柄はレド預かりということになってしまう。そこだけ了承してもらえる?」
「問題ありません。よろしくお願いします」
「決まりだね。それじゃ、レドに戻ってもう少し詳細な情報を聞くとして……アヤカ」
「はいっす」
「自警団の子達には解散してもらって、悪いんだけどアヤカにはもう少しだけ付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「もちろんっす。最初からそのつもりでしたよ」
「ありがとう。それじゃ、とりあえずレドに戻るとしようか」
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