第17話
レドの仕事は意外にも足で稼ぐものが多かったりする。
今回のサドルブロッコリー事件などはその最たる例で、複数の依頼人から被害内容を聞いて、被害範囲から犯人の活動範囲をセリアと協力して絞っていく。そこから聞き込みを行って目撃情報などから犯人の特定を行うのだ。
「今回は結構厄介だね」
セリアがまとめてくれた被害範囲の地図を前に、私は頭をポリポリとかきながら対面の席に座ってコーヒーを飲んでいるカンナにそう零した。
「そうですね。被害の範囲が思ったより広いです。それに、そう、無作為に感じます」
「だね。手当たり次第にサドルにブロッコリーを描いてる感じがするね」
「時系列順に並べると、スフィア駅の駐輪場を皮切りに、ウェストゲート、デパートの駐輪場などなど、カラード各地の駐輪場に出没しているようですね」
「なのに、目撃情報がない」
「そこが問題です。普通、これだけの規模で悪さをしていれば、何かしらの情報が上がってくるはずですが、現状、何一つとして有力な情報がない」
「セリア、被害のあった駐輪場周辺の監視カメラ映像は?」
「犯行が行われたと思われる時間一帯のファイルが全て存在しません。意図的に誰かが監視カメラに不正なアクセスを行い、電源をシャットダウンしていたんだと思います」
「なるほどね。そうくると犯人は相当な手練れだね」
「ですが、犯人はなんの目的でこんなことを行ったのでしょうか? 金品や自転車そのものを盗むならまだしも、ただの落書きにしては手が込み過ぎている気がします」
「それは犯人に直接聞いてみないとわからないね」
「そうなるとやはり、張り込みでしょうか? ですが、わたし達二人では人員が足りませんね……」
「実はそう言うと思って、助っ人を頼んでるんだよね」
「助っ人?」
「うん。そろそろ来ると思うんだけど……あ、きたきた。こっちだよー」
タイミング良く店内に入ってきた女学生に手招きする。
彼女は小走りで私達の座る席まで来ると、カンナの隣に腰を下ろした。
「自警団?」
「そうっす! お二人共はじめましてっすよね? 私はカラード自警団の
そう言って彼女は自らの身分を証明するIDカードと、ブレザーの胸に付けられたワッペンを見せた。
「自警団に応援要請なんて、いつの間に頼んだんですか?」
「さっきカンナが席を外した時にね。これは人手が必要そうだなーと思って頼んでおいたんだ」
「そうっすね。いやー、いきなりレドの行政官から連絡が来た時は何事かと思ったっすよ。あ、おねーさん、あたしにはアイスティーくださいっす」
手際よく店員に注文をしたアヤカに、急な連絡をしてしまったことと、ここの支払いは私が持つことを伝えた。
「いえいえそんな、自分の分くらいは払うっす」
「いやいや、わざわざ来てもらったんだから私に払わせて」
「そうっすか? それじゃ、ごちそうになるっす」
「うん。そしたらとりあえず、アヤカが代表者ってことでいいんだよね?」
「はいっす。連絡関係はとりあえずあたしにしてもらって、人員が必要になったらあたし経由で自警団の人を出すっす」
「頼りにしてるよ。とりあえず、これを見てもらっていいかな」
セリアが作成してくれた被害範囲の地図をアヤカにも見せる。
「これが被害範囲っすか? ずいぶん広範囲っすねー」
「そうなんだよね。で、アヤカ達にお願いしたいのは、ここに書いてある駐輪場以外の場所の張り込み。私達もやろうとは思ってるんだけど、流石に二人じゃ回れないからさ」
「了解っす。それにしても、自転車のサドルに落書きするなんて犯人は何考えてんすかね」
「愉快犯、にしては手が込み過ぎてるんだよねえ。わざわざ監視カメラの電源切ってるらしくてね。おかげで張り込みしかやることがないんだ」
「マジっすか? すごい気合入ってる犯人っすね」
「きっと何か理由があるんだと思うけど、ここまでの規模になっちゃうと調べないわけにはいかないからね。苦情も結構上がってきてるんだ」
「そりゃそうっすよー。誰だって自分の自転車に落書きされてたら怒るっす」
わざわざブロッコリー、というところに何か意味がありそうだが、今の段階で考えてもしょうがない話だろう。
「それで、張り込みはいつからするっすか?」
「犯行時間はいずれも早朝だから、今晩からやろうと思ってる。アヤカの方はすぐに人を出せそう?」
「大丈夫っす。そしたら、どこに人員を配置するかだけ先に決めたいんで、指示だけいただいてもいいっすかー?」
「了解。私達はアゲハ駅近くの駐輪場に行こうと思ってるから、それ以外の場所ならどこでも大丈夫だよ」
「了解っす。後で自警団の方に周知しておくっす」
アヤカはアイスティーをチューっと吸うと、思い出したようにこう言った。
「せっかくなんで、あたしもお二人についていってもいいっすか?」
「私は全然構わないよ」
「わたしも大丈夫です」
「ほんとっすか? やりー! 実はレドの行政官がどんな人なのか気になってたんすよね」
「私はそんな、大した人間じゃないよ」
「またまたー。エピフィルムに来て早々、アウスレーゼの問題を解決しただとか、極悪犯罪人の司法取引に成功しただとか、色々噂になってるっすよ?」
「クレハって他所だと極悪犯罪人になってるの?」
「彼女がこれまでにしてきたことを考えれば当然です」
カンナはため息混じりにそう言ってコーヒーに口をつけた。
「私はそう思わないけどなあ」
「行政官は甘すぎるんです! 大体、いくら位置情報装置を付けさせる必要があるとはいえ、わざわざチョーカーにしてプレゼントする必要なんてなかったのです。そのまま渡せばよかったんです」
「そ、そうかな?」
「そうです! あれでまたつけあがるに決まってます」
「あ、あたしなんか地雷踏んじゃった感じっすかね……?」
「あ、ごめんね。こっちの話だからアヤカは気にしないで大丈夫だよ」
流石に関係のない話をしすぎたと思ったのか、カンナは咳払い一つ「とにかく」と言った。
「わたし一人では何かあった時に行政官の身の安全を保証しきれないので、アヤカさんが同行することは問題ありません」
「そう言っていただけるとこっちとしても気が楽っす」
「うん。そしたら、今晩車でカンナと一緒に迎えに行くから、合流したら張り込み現場に行こうか」
「車で行くっすか?」
「張り込みって言ったら車じゃないの?」
「目立たないっすかね?」
「どうせドラマか何かに影響されたのでしょう」
「そうそう。この間見た刑事ドラマで張り込みをするシーンがあったんだけど、車の中であんぱんと牛乳を飲んでいたからそれを真似したいんだけど、ダメかな?」
「やっぱりですか……キケンな刑事ですよね?」
「あれ、一緒に見てたっけ?」
記憶が確かならあれは私室で一人で見ていたはずだけど。
「コホン。まあそれはいいんです。なるべく目立たない位置に車をつけましょう」
「あれ、今誤魔化した?」
「気のせいです」
「え、誤魔化したよね?」
「気のせい、です!」
「そ、そっか……」
なんだろう、そこはかとなく私のプライベートが侵されてる匂いがしたけど、きっと、たぶん、カンナの言う通り気のせいなんだろう。
とはいえ、部屋の戸締まりはしっかりしようと思った。
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